第52話「幽霊の遺産④」

ディーノがネリーから依頼を聞いて3日が経った。

その3日間に……

結局、断りの連絡等は冒険者ギルドからなかった。

これで正式に、ディーノは『旧ブルダリアス邸』を探索調査する事となったのである。


この3日間、ディーノは無為に過ごしていたわけではない。

新たな仲間となったジャンと話をし、契約条件を詰めた。

といってもケルベロス同様特に決まった報酬があるわけではない。

冒険の最中、何か気に入ったモノが見つかって、折り合えば渡すという曖昧なものであった。


そもそも何故、ジャンは初対面のディーノへ声をかけ、仲間になりたいと誘ったのか?

気になっていたディーノはまず理由を聞いた。

対して、ジャンは正直に告白してくれた。


『最初はさ、街の猫からまだガキの冒険者が大勢の山賊を退治した噂を聞いてよ、大金せしめたお前をカモろうと思ってたんだ』


『カモる? ……って何?』


『ほれ、かもがよぉ、ねぎ背負しょっって来るってよ、ことわざがあるだろ?』


『は? ……知らん』


『馬鹿か! ディーノよぉ! んなの常識だろ? 少しは勉強しろぃ!』


『す、すまん、以後、気を付ける』


ジャンにもケルベロス同様、ことわざを知らぬが為に怒られてしまった。

最初に会った時、『猫』のジャンは散々悪口を言っていた。

だから、『犬』であるケルベロスとの仲は悪そうな雰囲気ではある。

 

しかしながら、うんちくを語りたがるところなどは双方ともそっくりである。

実は……

ジャンとケルベロスは似た者同士かもしれないと、ディーノは苦笑した。


「つらつら」考えているディーノを見て、ジャンは顔をしかめている。


『ったく! しょ~もね~な、話を続けるぜ、ディーノ』


『ああ、頼む』


『でもよぉ、俺様は突然気が変わったんだ』


『突然気が変わったって、何故?』


『お前が着けてるその魔法指輪よぉ』


『魔法指輪……』


ディーノは右手にはめたルイ・サレオンの魔法指輪を改めて眺める。

肌身離さず着けた指輪は、ジェトレ村の商人クロティルドから贈られた稀少なものだ。


『それ見たら、ついふらふらっとなった』


『つい……ふらふらっと?』


『ああ、で、何故だか、だんだんわくわくして来たんだ、俺様の鋭い勘って奴よ』


『わくわく……鋭い勘ねぇ……』


『いやぁ、お前とつるめばよぉ、この先、いろいろ面白そうだってな、ピンと来たんだ』


『成る程……』


『猫は3年の恩を3日で忘れるってちまたじゃ言うけどよ、俺様は全然違う』


『そう……なのか?』


ことわざなのか、違うのか、先ほどといい、

ディーノには今の言葉の意味が全然分からない。

 

もしかしたらジャンは、ケルベロス以上の諺好きなのかと、

ディーノは思わず笑いそうになる。


『あたりきしゃりきのこんこんちきよぉ! お前には命も救って貰ったじゃね~か』


『まあ、当たり前の事をしただけで、大した事じゃない』


『バッカヤロー! 大した事だよ! そもそも俺様はこう見えても、結構義理堅い性格なんだ』


『ほうほう』


『この恩はよぉ! 俺様はぜってぇ、忘れねぇ、一生な!』


『はぁ、どうも』


『けっ、さっきから反応の薄い奴だぜぇ、もっと喜べや!』


『サンキュ』


反応の薄いディーノに、焦れたらしいジャンはずいっと身を乗り出した。


『こらぁ! よっく聞け! 俺様がいかに使えるのか、教えてやるぜ!』


『あ、ああ頼むよ』


『俺様はな、顔がすっげ~広いんだ。この世界ナンバーワンの情報通だぜ』


『この世界ナンバーワン? ふ~ん、そうなのか?』


『相変わらず薄い反応すな! 舐めんじゃねぇ。この王都の猫は全員俺様の言う事を聞くし、世界各国には舎弟しゃていがわんさか居るんだぜ』 


『舎弟の猫がねぇ……それがどう情報通につながるんだ?』


『バッカヤロ! 少しはない頭を働かせろ!』


『すまん』


『いいか? 普通の猫ってのは、俺様と違ってそこら中にわんさか居る。いわば空気みたいな存在だ。人間は密談をしている場に猫が居たって全く気にやしねぇ』


『まあ、大事な内緒話をしていたって、言葉が分からない猫なら気にしないだろうなぁ』


『だが、それは人間の誤った常識って奴、大きな間違いなんだぜ』


『え? 間違いって?』


『ズバリ! 猫は人間の言葉が分かる。理解も出来る。ただ話せないだけだ』


『成る程! じゃ、じゃあ!』


『ああ、はっきり言って世界全ての猫が俺様ジャンの手下だ。最高の情報網だろ?』


『すっげぇ、すげぇぞ、ジャン』


『極秘情報ってのは時に大金にも勝る。憶えておけや、ディーノ』


『了解!』


『で、次にその話絡みだが、この俺様はクランで言えば超一流のシーフポジションだ』


『超一流のシーフポジション? そりゃ、冒険者の俺にとっては役に立つなぁ』


『だろ! ざっと言うとだな、普通の猫の5倍以上、10mくらいまでは楽勝でジャンプ出来るし、30mくらいの木なら目をつぶっていてもささっと登れる!』


『お、すげぇ!』


 重ねてディーノが大きく反応してくれたので、ジャンはとても嬉しくなったらしい。


『だろ! 俺様は普通の猫より倍速く走れるし、倍夜目も利く。犬っころが自慢する鼻だってひけはとらね~、どんなご馳走も嗅ぎ分ける!』


『おお……』


『でだ! バトルもよぉ、大が付く得意とくらぁ、見ろ』


ジャンは前足を挙げ、アピールする。

話の流れからすれば、どうでも良い事だけど、こいつの肉球は可愛いとディーノは思った。


『しゃき~ん!』


擬音を発したジャンの前足から「しゅっ」と爪が出た。

形状は普通の猫と殆ど違いはない。

だがジャンは胸を張って誇らしげに自慢する。


『この魔爪まそうはな、鋼鉄とまでは行かないが、あの犬っころの皮くらいは、楽勝で引き裂く事が出来るぜ』


『犬っころの皮を引き裂くって……あのね……喧嘩はするなよな』


『スルー! でだ! 俺様の極めつけの特技、それは変身だ!』


ジャンが叫んだ瞬間、ボンとベタな音がした。

「ぷわっ」と煙が立ち昇り、晴れた中には……

何と!

ディーノそっくりの少年がこちらを見て、

「にやにや」しながら立っていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


10分後……

ジャンはもう元の姿に戻っている。


ディーノはさすがに感嘆していた。

当然ジャンの持つ能力に、である。


『さすがにびっくりしたよ、あの変身。俺そっくりだな』


『だろ、だろ、変身は魔力を結構使うが、俺様一番の自慢なんだ』


と、ここでディーノが手を挙げた。


『質問!』


『あんだ?』


『変身して服とか装備とかも、俺そっくりなのは何故に?』


ディーノの疑問は尤もである。

しかしディーノの答えはあっさりしたものだった。


『固めた魔力を似せてざっくりと作ったんだ、つまりは嘘っこだな』


『へぇ! 魔力ってそんな事も出来るんだ、成る程、納得』


『どうでぇ、大いに納得したか? 俺様はあんな犬っころより全然使えるだろが!』


あくまでもジャンはケルベロスと張り合うらしい。

刺激し過ぎてもまずいので、ジャンは考えた挙句、慎重に言葉を選んだ。


『ま、それは今後どっちが頑張って結果を出すかで決まるな』


『なんでぇ! ディーノは成果主義者って事かよ! うぉ! 上等だぁ! 燃えるぜぇ! ぜって~犬っころに勝つ!』


……どうやらジャンのモチベーションを上げる結果になったようだ。

ディーノは安堵して、張り切るジャンを見つめていたのである。

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