第51話「幽霊の遺産③」

「ごろにゃ~ん、にゃんにゃん」


「…………」


あろうことか、ジャンは……

往来の真ん中に寝そべり、甘えるような声で鳴いていた。

 

意図や原因は不明だが……

不思議と鳴き声だけは念話でなく肉声である。

 

と思ったら、同時に口汚いジャンの罵声が飛んで来る。

こちらは念話ではっきりと。

 

『うらぁ! がきんちょ! どうだぁ! 俺様は愛らしいだろう? ラブリーでプリチーだろうがぁ!』


元々、ディーノは動物好きである。

特に犬や猫は大好きだ。

目の前に居るジャンの『ごろにゃんポージング』は可愛いと言えなくもない。


『まあ……お前の姿は確かに可愛い……』


『だろ、だろ? 俺様はサイコーにプリチーなんだよぉ!』


『だが!』


『だが?』


『うん! だがジャン、お前は所詮は姿だけ、つまり見た目だけ! 何故ならばお前の言葉遣いや態度は最低! 中身はダメダメだ!』


『ダメダメ? はあ~? お前は何、寝言を言ってる? 中身なんか関係なく、金持ちで顔やスタイルさえ良ければ男は合格じゃん。少しいかれてんじゃねぇか?』


『中身が関係ない? 金? 顔やスタイル? お前こそ、何言ってる? 男の価値は中身だ! まっすぐな心だ! ズバリ! 己が立てたこころざしをまっすぐ貫けるかどうかなんだ』


『はぁ? 男は中身? まっすぐな心? 己の志を真っすぐ貫く? やっぱ、てめえはガキだ! ホント青臭ぇ!』


『青臭くて結構! ガキで上等! お前のいびつな価値観の全てが、うすっぺらで意味不明だよ』 


『くっそ! ほざくな! がきんちょめ! そもそも俺様のプリチーな姿を見て、何も感じないのなら、お前は人間じゃねえ!』


『は? 人間じゃないって? そこまで言うか? いい加減、勘弁してくれよ』


『くぉら! 勘弁してやるのはこっちだ、クソガキ!』


『…………』


『この俺様こそ! 創世神様がお創りになられた生きとし生ける者の中での世界最高傑作!』


『…………』


『普通の猫を、遥かに超越した可愛い姿! この姿を見れば何もかも全てを許す気になるだろう?』


『…………』


『この俺様を敬えば、お前は心を安らかに解放し、必ず幸福になれるだろうぜ』


『お前……何だか……純真な信者を騙しまくる怪しいインチキ宗教の教祖みたいだが』


『そ、そ、そんな事にゃい』


『にゃい? 何だよ、お前……いきなりなまってるぞ』


ディーノの指摘に対し、ジャンは慌てて口をつぐんだ。


『むぐ!』


『まあ、良い。俺はチームワークを大切にする。個の力より集の力だ。……というわけでサヨナラだ』


『そ、そんなあ……』


『じゃあな!』


ディーノが今度こそ去ろうとした時。


がた! ごと! がた! ごと! がた! ごと! がたごとぉ!!!


けたたましい音を立て、一台の馬車がやって来る。

妖精猫のジャンはディーノに断られたのがよほどショックだったのか、

茫然自失している。

馬車を避けようとしていない……


瞬時にディーノは判断した。


脱兎の如くジャンに駆け寄ると、彼がかれる寸前、

漆黒の小さい身体を抱え、ごろごろ転がった。

そのまま民家の壁へ突っ込む。


「ばっかやろ~!!! 気を付けろ~っ!!!」


去って行く馬車に乗る御者から放たれる罵声を背に受け……

ディーノはジャンをしっかり抱きかかえたまま、にっこり笑った。


打ち身なのか、身体全体に痛みをディーノは感じる。

だが、魔法指輪とペンタグラムのお陰だろう。

そんなに大した事はない。


一方、ジャンはディーノの腕の中で、驚き目を真ん丸にしていた。

震える声で尋ねて来る。


『にゃ、にゃぜ? にゃぜ、俺を助けた? 身体を張って命を懸けて……みゃだ仲間でもないのに……』


『命を助けるのに、理由なんか要らないだろ?』


即座にディーノが答えた瞬間。

ジャンの目から「ぶわっ」と涙がにじみ出た。

どうやら感極まっているらしい。


苦笑したディーノが惚けて聞く。


『あれ? 猫も泣くんだ?』


『バ、バカヤロー、こんなの! 心の汗だよ!』


と、ジャンが返したところ、一転ディーノが真剣な表情となる。


『なあ、ジャン、おまえを助けたのも何かの縁だ』


『んだよ! 急に呼び捨てするな、馴れ馴れしいぜ!』


『改めて名乗る、俺はディーノ。ジャン、お前の力を貸して欲しい』


『は!? どういう風の吹き回しだ?』


しかしディーノはジャンの問いかけには答えない。


『頼む! この通りだ』


ディーノが深く頭を下げる。

全く想定外の展開に、ジャンは慌てた。


『バ、バカヤロー! 男が簡単に頭を下げるな!』


『はは、大丈夫。俺は頭を下げるのが全然苦じゃない。……ずっとそういう生き方をして来たからな』


そう、ディーノは子供の頃からずっと頭を下げ、詫びる人生を送って来た。


ステファニーという暴君に仕える為に……

父子とも主家の機嫌を損ね、放逐されないように……


加えて言うのなら、頭を下げるのは偽りなきディーノの本心と誠意を示す癖でもある。


『バッカヤロ! お前こそダメダメだ、そんな生き方!』


『やっぱりダメか?』


『そうさ! 男はな、卑屈になっちゃ絶対に駄目なんだ! どんなに辛くとも胸を張って堂々と生きて行くんだ!』


『そう……だな』


『おうよ! 任せておきやがれ! 俺様がディーノを誇り高き男に、しっかり改造してやらぁ!』 


高々とぶち上げたジャンの改造宣言……

それはロランからのエールともダブる励ましの言葉。


ジャンからの熱いエールは、新たな仲間が加わった確かなあかしでもあったのだ。

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