第38話「山賊退治④」

鉄と真鍮しんちゅうで作られた、

ルイ・サレオンの指輪を装着した右拳を握りしめ、

ペンダントチェーンで首から提げた、胸にある銀製のペンタグラムに触れ、

ディーノは目を閉じて静かにゆっくりと呼吸する……

体内魔力が身体中に巡り、高まって行く。


ロランに言われた通り、言霊ことだまや呪文は不要。

2回目の今回は確信する。

だが、ケルベロス召喚時のスムーズさを思い出し、またも自然に口が動いた。


召喚サモン


ディーノが心の中で力強く言い放った瞬間!

前回同様、目の前に魔力の渦が湧き上がる。


この前と全く同じだ。

ディーノの5mほど前方に輝く奇妙な円形図が現れている。

魔力の渦が円形図から湧き上がった。


出現した魔力の渦が固まって来る。

徐々に物体化し、何かの形となって来た。


さあ!

いよいよ……

とディーノが感じた瞬間、

犬のような影が浮かび上がった。

ケルベロスの弟・冥界の魔獣オルトロスが魔法陣の中から現れたのだ。


やはりというか、現れたオルトロスは本体ではなかった。

そもそも本来のオルトロスは漆黒双頭の巨大な魔獣であり、

たてがみ全てと尻尾が蛇になっている。


しかしディーノの前に座るオルトロスは、

持つ風貌はやはり灰色狼風である。

 

ただ雪のように純白の体毛、茶色の瞳を持つ兄ケルベロスと異なるのは、

体毛が闇のように漆黒で、瞳は血のようなガーネットの如く真っ赤な事だ。


やがて……

オルトロスは完全に実体化すると、ディーノに向かって歩いて来る。

しかし間近に来たら、主のディーノには目もくれず、

隣の兄ケルベロスを睨み付けた。

何だか、様子がおかしい……

不穏な空気が漂っている。


オルトロスは挨拶もしない。

そして開口一番。


『おう! 兄貴、よくも好き放題ほざいてくれたよな?』


対して、ケルベロスも応酬する。


『ふん、武骨者の礼儀知らずが! あるじや俺に挨拶も無しか? それに好き放題とは何がだ?』


『とぼけるな! 異界に居たってちゃんと聞こえていたんだよ、俺の悪口を散々言いやがって!』


『悪口?』


『そうだよっ! 俺がアホで不真面目でやんちゃぁ? 子供でも出来る単純な仕事にも向いているぅ? 何じゃそりゃ!!』


身を乗り出して抗議するオルトロスに対し、ケルベロスはきっぱりと言い放つ。


『違う、悪口などではない、全て真実だ』


『し、真実ぅ!? どこがだぁ!』


興奮し叫ぶオルトロス。

片やケルベロスは至極冷静だ。


『自分でも分かっておるはず』


『分かるか! そんなもん!』


『落ち着け、愚か者め! 全てと申しておる。それに褒めてもいるぞ。言われた事だけはしっかりやるとフォローしてやっている』


『ふざけるな! 何がフォローしてやっているだっ! それじゃ俺がまるで、言われた事しか出来ない脳キン野郎だ!』


『ほう、違うのか?』 


『ふ、ふざけんじゃねぇ! いい加減にしないとぶち切れるぞ、こらぁ!!』


ディーノから見れば、このようなやりとりは不毛な兄弟喧嘩きょうだいげんかである。

時間も限られているし、当然、止めに入る。 


『まあまあまあまあ、ヤメロ、兄弟喧嘩は』


しかし、ケルベロスもオルトロス華麗にスルー。

言い合いを続けている。


ディーノはもう呆れてしまう。

だが、ここでオルトロスがディーノへ向かい呼びかける。


『おい、あるじ


『は?』


『は? じゃねぇ! こうなったら勝負だ』


『勝負?』


『主に対して、俺と兄貴のどちらがどれだけ有能か、公平に試して貰う。んで、負けた方はクビ! 当然俺が勝つがな!』


何と!

いきなり『兄弟勝負』の提案。

勝利宣言まで出たから、さすがにケルベロスが抗議する。


『こら、何勝手に仕切ってる! 主ディーノの契約者は戦友である俺ケルベロスだ』


正当さを主張するケルベロスに対し、弟は兄の女性経験の不足を指摘する。

どうやら……来襲するステファニーの事を言っているらしい。


『ははは、兄貴じゃ、この後、主に襲いかかるあの猛女の攻撃を防げやしねぇ。何せ、不器用で全く女慣れしてねぇからな』 


『だ、黙れ!! そ、それ以上、俺を愚弄ぐろうすれば容赦なく焼き殺す!!』


『上等だぁ! やってみろや!!』


『どうどうどう! やめろって!』


収拾がつかない兄弟喧嘩……


遂にディーノは世界の至宝たる魔道具の持つ力を使う。

突如、謎めいた内なる声が「使え」と命じて来たのである。


何故か、口が勝手に動き、口調も厳かとなる。


『争いをやめよ! ケルベロス! オルトロス!』


凛とした念話の声が心に響き、まるで雷撃が走ったように、

ケルベロスとオルトロスは共に身体を硬直させた。


そして2頭の態度はガラリと変わった。


『我が命に従え! 忠実なる冥界の魔獣達よ!』


『はは!』

『はは!』


『以降! 兄は弟を慈しみ、弟は兄を敬愛せよ、分かったな!』


『かしこまりましたっ!!』

『かしこまりましたっ!!』


数多の悪魔を支配し、自在に使役したいにしえの魔法王ルイ・サレオンの如く……

いつの間にか……

若きディーノの身体には凄まじい気合が漲り、

普段穏やかな眼差しの双眸そうぼうには、射抜くような鋭い眼光が宿っていたのである。

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