第37話「山賊退治③」

ケルベロスは力強く跳び、

荷馬車を取り囲んだ山賊どもの真ん前に躍り出た。


意外な闖入者ちんにゅうしゃに驚いたのは山賊共である。


「な、なんだぁ!? こいつ!」

「犬コロめ! 主人を守ろうっていうのか?」

「は! とんだ忠犬だぜ!」


そんな山賊共の雑音は、瞬く間にき消える。


「がはぁああああああああああああああっ!!!」


凄まじい落雷らくらいのようなケルベロスの咆哮が、耳まで開けた真っ赤な口から、大音量で発せられた。


びりびりと大気が振動し、地面までもが激しく揺れる。


「!!!」

「!!!」

「!!!」


瞬間!


バタバタバタっ!と、まるで殺虫剤にやられた小虫のように、

山賊どもは無言で転げ落ち、馬は悲鳴も上げずに「どう!」と大地へ崩れた。


片や『金縛り』を懸念していた耳栓を付けたディーノはといえば……

全くノーダメージである。


但し、哀れにも荷馬車を牽くロバは気絶していたのだが……


『あら? 平気だ』


 とディーノが安堵すれば、同時に満足げなケルベロスの声が彼の心に響いて来る。


『うむ、さすがは俺だ! 見立て通りだろ?』


自画自賛するケルベロス。

しかし、ディーノはつい反論したくなる。


『いや、もしかして、平気なのは俺の「耳栓」のお陰じゃね?』


『違う! 断じて違う!』


断固として否定するケルベロス。

これ以上いじると激怒する事は必至である。


なので、ディーノはほこおさめる事にした。


『あはは、充分分かってるって! やっぱ指輪とペンタグラムの効果は凄いや』


『たわけ! 感心してる場合か! 早く山賊どもを縛り上げろ』


『了解!』


答えたディーノは荷馬車からロープの束を持って飛び降りると、

倒れている山賊どもを手際よくロープで拘束して行く。


意外ともいえる手際の良さに、今度はケルベロスが感心する。


『ふん、ディーノ、やるじゃないか? お前結構器用だな』


『ああ、……嫌な思い出さ』


『嫌な思い出? 俺は褒めているんだぞ……わけが分からん』


思わず遠い目をしたディーノを見て、ケルベロスは理解不能という顔付きだ。


『いや、実は前のあるじステファニー様が、私、しばるのが大好きとか、至高の趣味とか言って、しょっちゅう縛られてた。それで逆に俺も縛り方を覚えたんだ』


『はあ!? 何じゃそりゃ?』


『あいつ曰く……俺を縛り上げると凄く興奮するんだと。縛るたびに快感!! って目をうっとりさせ、嬉しそうに大声で叫んでた……』


ディーノがそう言うと、ケルベロスは大きなため息を吐く。


『はぁ……完全に壊れてやがる。指輪の中で話は聞いていたが、とんでもない女だ』


『ああ、だから彼女の父親から解雇されたついでに、ざまぁして逃げ出したんだ』


『うん! 分かる! 俺もそんな悪役を遥かに超えた「変態令嬢」に仕えていたら、逃げ出したくなる!』


そんなとりとめのない会話をしながら……

ディーノは襲って来た『ひゃっは~な山賊共』全員を縛り上げた。


意識を失ったままなので、皆、芋虫のように転がっている。

彼等が乗っていた馬も倒れたままぴくりともしない。


『う~ん……』


ディーノは考え込んだ。

この後の段取りについてである。


『さてと……こいつらどうしようかな?』


『どうって、このまま放置で構わないだろうが』


『さすがにそれは……他の山賊や魔物に襲われたら抵抗出来ないし』


ディーノの答えを聞き、ケルベロスは呆れ、嫌味まで言って来る。


『は! お前は全く甘ちゃんだ、相変わらずお優しい事で』


『ああ、自分でも嫌になる』


 自嘲気味に呟くディーノを見て、ケルベロスも観念したようである。


『ふん、仕方がない、助っ人を呼ぶか……とりあえずこいつらの「番」が出来れば良いのだろう?』


『助っ人?』


『そうだ、と言って無関係な奴を召喚すれば、話を通す説明に時間と手間がかかる』


『ま、まあ、そうだろうなって! 召喚という事は俺が呼ぶのか?』


『当たり前だ! 他に誰が居るというのだ』


『でも大丈夫かな? 既にお前を召喚してるし』


ディーノの懸念は尤もだ。

魔法に疎いディーノでも召喚魔法の常識くらいは知っている。


召喚魔法とは召喚された人外と魂の契約を結び、使役する魔法だが、

対象を際限なく呼べるわけではない。


常人ならば基本的には1体、達人級の上級魔法使いでも2体までが限度と言われている。

召喚している間に消費する体内魔力量も半端ではない。

それ故、物理的にもこれ以上の召喚は無理なのだ。


ディーノは既にケルベロスを召喚していた。

これ以上の召喚は魔力枯渇の怖れがあると懸念したのだ。

万が一、体内魔力が完全に枯渇したら、活動停止の上、死に至る可能性がある。


『ノープロブレム! 大丈夫だ! だからこその指輪なのだ』


『あ、ああ、そうか! そうなんだ!』


『うむ! ルイ・サレオンの指輪はな、お前のキャパをいろいろと広げてくれる。特に召喚魔法に関しては』


『そ、そうか! グッドアドバイスをありがとう』


『で、だ! 話を戻すぞ。俺の弟を呼ぶがいい』


冥界の魔獣ケルベロスには弟が居る。

デイーノの頭にはすぐ名前が浮かんだ。


『お前の弟って……ああ、オルトロスか!』


『そうだ! オルトロスだ! あいつは才ある俺と違い、アホで不真面目でやんちゃだが、言われた事だけはしっかりやる。子供でも出来る単純な仕事にも向いているから番犬にはぴったりだ』 


実の弟に対するケルベロスの悪口を聞き、

ディーノは呆れてしまう。


おいおい!

アホで不真面目でやんちゃ?

言われた事だけはしっかり?

子供でも出来る単純な仕事に向いてる?


あのね……ケルベロス君。

一応、君の『弟』でしょ?

それなのに、アンタえらく無茶苦茶言ってますけど……


しかしケルベロスはディーノが呟く心のつぶやきを華麗にスルー。

更にディーノへ次の指示を出す。

 

『どうせこいつらの首領は、人間の言うアジトとやらに隠れているのだろう。魔法で所在を吐かせ、俺とお前で押し入り、一気に殲滅する』


『りょ、了解! でも殲滅って……しつこいけど、殺すなよ』


『分っておる、何度も言うな! さあアホの子オルトロスを呼べ!』


『おいおい、アホの子って……』


再びケルベロスの凄まじい毒舌を聞き、弟のオルトロスに対して、

大いに同情したディーノであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る