第36話「山賊退治②」

ディーノ達が荷馬車で街道を南へ下り、早や3時間あまり……

それまで目を閉じて、荷台に寝そべっていたケルベロスが「ぴくっ」と耳を立てた。


『ディーノ、お待ちかねの客が団体で来るぞ! ヤバイ気配がぷんぷんしておる』


ケルベロスの警告を聞き、ディーノも大きく頷く。


『ああ、俺も敵が接近する気配を感じるぞ。ええっと騎馬で大体10人ってところか、山賊一味の総勢じゃないみたいだな、多分これなら何とかなる』


襲って来るのは総員の30人ではない。

多分これなら何とかなる。

 

けして気風きっぷが良いとは言えない。

だが怯えず淡々としたディーノの物言いを聞き、

ケルベロスは目を閉じたまま「ふっ」と笑う。

線の細かった戦友が確実に成長し、頼もしくなったと感じているらしい。


『ふむ、まずまず合格だ。気配感知を使う索敵もだいぶ板に付いて来たな、もう少し鍛錬を積めば、いきなり奇襲される事はほぼない』


『ケルベロス、サンキュー。……問題は相手の武器だな』


『うむ、確かにそうだ。魔法使いの攻撃魔法や弓などの飛び道具には要注意だぞ』


『むう……』


ケルベロスの更なる警告を聞き、ディーノは唸る。

彼は剣以外の攻撃手段を持っていない。

遠方から一方的に攻撃されたら苦戦は免れない。


『了解! じゃあ相手の武装をチェックし、出方には充分に注意しよう』


『分かった、ディーノ。俺はいつでも出撃出来るよう、スタンバっておく』


『ああ、俺達自体がおとり、つまりはえさなんだ』


『餌か……その言い方はあまり好きではない、俺が逆にかみ殺してやるわい!』


『おいおい、ケルベロス。……頼むから、殺すなよ』


『わあってる!』


ディーノとケルベロスの間に、そのような会話が交わされ、30分後……

「ごとごと」走っていた荷馬車は、周囲の茂みから飛び出し、奇声をあげる10騎の馬に囲まれた。


「ひゃっはー!」

「おらおらおらぁ!!」

「いやっほう!」


馬上に居るのは全てがやさぐれた傭兵、または冒険者の成れの果てというような、むくつけき男達である。

大勢で弱者を襲い、いたぶり、金品を奪い取る事がお好きな奴ら、

いわゆるパーティピーポー化した『ヒャッハーな方々』だ。


ディーノ達一行を見た『ヒャッハーな方々』――山賊どもは落胆した。

大きなため息を吐き、不満を露わにする。


「おいおいおい! 久々の獲物だって思ったら、しけてやんの!」


「オスのガキ一匹、イヌコロ一匹に、ボロ馬車と痩せロバかよ! 積み荷もろくにねぇみたいだぞ!」


「仕方ねぇ、あのオスガキを奴隷やらなんやらで売っぱらえば、はした金にはなるぜ」


一方、ディーノは違う意味でがっかりしていた。


襲って来た奴らの中に首領のバスチアンらしき人物が居ないのだ。

つまりここに居る『ヒャッハーな方々』はしょせん『雑魚』だけなのである。


『残念、首領が居ない。どうやら二度手間になりそうだ、すまん、ケルベロス』


ディーノが詫びると、ケルベロスは半眼で、山賊どもを見回した。


『ふん、問題ない。それにどうやら魔法使いも居ないようだし、弓さえ持っていないぞ』


『だな!』


『で、あればお前ひとりでやれ、良い機会だから、少しトレーニングをしてみろ。俺は最低限の援護だけする』


『分かった。じゃあ奴らを馬から落とすくらいのレベルで頼む』


『了解だ、ちなみにお前自身が俺の咆哮を防ぐ手立ては考えたのか?』


ケルベロスの言う通り……

麻痺効果のある彼の咆哮は魔法の弾と違い、狙い撃ちするものではない。

周囲の者、全てを巻き込む広範囲な波状攻撃なのだ。


ディーノが何も対策を講じていなければ、間違いなく、巻き込まれ行動不能となってしまう。


しかし!


『ああ、バッチリだ。しっかり耳栓してる』


『は!?』


『どうせ、ケルベロスとの会話は念話だろ? 魂同士で会話して、肉声は使わないから、耳栓が丁度良いと思ってさ』


『…………』


『…………』


一瞬の沈黙……

そして、


『ばっかも~ん! 俺の咆哮がそんな耳栓ごときで防げるかぁ!!』


ディーノの心の中には、ケルベロスの凄まじい怒声が響き渡ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ケルベロスの咆哮による身体機能の麻痺はディーノをも巻き込む。

ではこのまま通常攻撃しか出来ない?


そんな心配も苦笑したケルベロスが、簡単に解消してくれた。


『ルイ・サレオンの指輪は勿論だが、胸に提げているそのペンタグラムがお前を護ってくれるだろう』


『ええ!? こ、この……ペンタグラムが?』


ディーノは指輪と共に、肌身離さず着けている亡きロランの遺品ペンタグラムを見て触った。

鈍い光を放つ銀製のペンタグラムは金属特有の固い感触を伝えて来る。


『前にも言ったが、そいつは大した魔道具だ。まあ、あくまで俺の見立てで確証はない。実際には試してみないと分からん』


『りょ、了解!』


『では、行くぞ!』


ちなみに……

長々と会話しているように聞こえるが、念話のやりとりは通常の肉声会話とは大きく異なる。


実際は山賊共が現れてから、ほんの数分くらい、

僅かな時間しか要してはいない。


そんなこんなで……


いよいよディーノは『デビュー戦』に臨む。

以前の冒険者との乱闘騒ぎは単なるお遊びであり、

これが本格的な戦いの序章となる。


ディーノは御者台に座りながら身構える。

と、同時に、頃合いと見たのか、ケルベロスは力強く跳び、

取り囲んだ山賊どもの真ん前に躍り出た。


意外な闖入者ちんにゅうしゃに驚いたのは山賊共であった。


「な、なんだぁ!? こいつ!」

「犬コロめ! 主人を守ろうっていうのか?」

「は! とんだ忠犬だぜ!」


そんな山賊共の雑音は、この直後、

またたく間にき消えたのである。

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