第35話「山賊退治①」
冒険者ギルドでネリーと話した3日後……
王都南正門を出て、街道を南へ向かう1台の荷馬車があった。
やせこけたロバが曳く貧相な馬車である。
御者台にはディーノが、荷台には一見灰色狼風の犬、
『戦友』の魔獣ケルベロスが乗り込んでいた。
ちなみに、この荷馬車は『貸し馬車屋』から、
最もレンタル料が安かったものを、1日あたり、いくばくかの金で借りたものだ。
また、いかつい狼風のケルベロスも、王都を出る際に一緒に居ると目立つ。
門番から、いちいち突っ込みがあると面倒だ。
なので、正門を出てしばらく走り、周囲に人けがないのを確かめてから召喚したのである。
馬車を操るディーノの手綱&
誰が見たって中々の腕前である。
元々、ディーノは乗馬や馬車の操縦は『ずぶの素人』であった。
しかしステファニーが、ディーノへ乗馬の習得と、馬車による自身の送り迎えを命じた。
なので、乗馬と馬車の走らせ方を散々練習させられたのだ。
付けられた師匠はオベール家専任の御者であり、厳しくスパルタ式で鍛えられた。
上手く行かない時、御者からは何度か殴られた事もあった。
記憶を
このまま、ず~っと道なりに南へ下ると……
フォルスまで到達、猛女ステファニーの下へ戻る事となってしまう。
もしかしたら、ステファニーはディーノが二度と逃げられないよう、
城館の監獄にぶち込むかもしれない。
あの子ならやりかねない、ディーノはそう思う。
否、絶対にやる!
と、ディーノは確信する。
もしも監禁されてしまえば、現在ある自由は完全に失われてしまうだろう。
勿論……
ディーノは、あの辛い日々に時間を巻き戻す事も、まるで悪鬼が待つ地獄のような、ルサージュ家の城館へも足を踏み入れるつもりはない。
閑話休題。
馬車はわざと速度を上げず、「ごとごと」のんびり走った。
ディーノは自身を敢えて『囮』としたのである。
まもなく……
ギルドマスターのミルヴァから受けた、『特別な依頼』を遂行する場所である。
そう、山賊バスチアンが出没する地点はもう間近なのだ。
ディーノは依頼遂行の際の『成功条件』をもう一度確認する。
期限は受注から1か月以内、成功条件は山賊の首領バスチアン・アジェの身柄確保。
報酬はバスチアンのみで確保の場合は金貨400枚、死亡させた場合は半額の金貨200枚。
またバスチアンの手下の身柄確保にも追加手当が付く。
手下ひとりの確保につき金貨10枚、死亡させた場合は半額の金貨5枚である。
そもそも、生まれてから今迄、ディーノはまだ人をあやめた事はない。
フォルスに居た頃、狩猟に参加したから兎などは狩った。
またゴブリンやオークなどの魔物を倒した事はある。
だが……いまだに人間に手をかけ命を奪ってはいないのだ。
先日、冒険者と乱闘した際も、だいぶ手加減した。
今回もバスチアン達を殺すつもりはなかった。
報酬も半額になってしまうし。
正直、作戦はもう立ててあった。
ネリーから依頼内容を聞いた時にピンと来たのだ。
ディーノは背後の荷台に居るケルベロスへ話しかける。
無論、念話だ。
『なあ、ケルベロス』
『何だ? ディーノ』
『さっき依頼の概要は話したけど、今回も相手の命は取らないで欲しいんだ』
ディーノが頼むと、ケルベロスは「またか」というように鼻を鳴らす。
『ふん、久々に呼ばれたと思ったら、お前は全然変わっとらん。相変わらず甘ちゃんだな』
『はは……』
『で、どうするつもりだ?』
『ああ、俺のデビュー戦に際して、ケルベロスに少しだけ力を貸して貰おうと思ってさ』
『少しだけ? ふん、お前の考える事などお見通しだ』
『はは、分かる?』
『おうよ! どうせ俺に勢子役をやらせた上、ひと吠えして、奴らをかなしばりにしろと言うのだろうが』
『当たり!』
ここでいう勢子とは、狩猟の補助者である。
狩りの際に茂みに潜んだ獲物を駆り出したり、逃げ出すことを防ぐ役目をする。
また先日話した時に、ケルベロスの咆哮は相手を麻痺させる『金縛りの効果』があるとも聞いていたのだ
『たわけめ! 何が当たりだ。魔界ほどではなくとも、この世界だって弱肉強食。相手を倒す事にためらっていれば、お前みたいな未熟者は簡単に命を落とすぞ』
『ああ、分かってる。俺の父親も魔物の親子に出くわし、倒すのを
『ふん! そんな理由で死ぬなどくだらんな。で、あればお前は亡き父親を、人生の反面教師にする事だ』
『ああ、忠告ありがとう』
……ケルベロスの言葉と口調は表向き辛らつだ。
しかし、ディーノの心へは、『無駄死にするな』という慈愛の波動が、
しっかりと伝わって来ている。
つまり、
『ま、まあ……確かにお前の考えも一理ある。生きたまま奴らを捕えれば報酬は段違いなのだろう?』
『ああ、殺すと半分になっちまうからな』
『うむ! ならば戦友の俺が助力し、お前のデビュー戦を
『ああ、頼む』
と、ディーノが頭を下げると、
ここでいきなりケルベロスが、
『まあ、今回はひとつだけ褒めてやろう』
『え? 褒めてくれるの? 珍しい』
『黙れ! ……いかにも弱そうなお前と痩せたロバが曳くオンボロ荷馬車、そして唯一凛々しい若犬の組み合わせならば、格好の獲物だと山賊どもは思うだろう』
『…………』
『己を囮にするとは、不器用なお前にしては上出来の罠だな』
『質問!』
『何だ? 尋ねてみよ』
『唯一凛々しい若犬って、一体どこに居るの?』
『……さあ、そろそろ敵が襲って来そうな気配だ、油断するなよ』
ケルベロスめ、スルーかい?
上手く誤魔化したな……
ディーノは「ふっ」と笑うと、
周囲を見回し、とりあえず異常がないのを確認すると、大きく頷いたのである。
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