第29話「カミングアウト②」

ディーノの指摘通り、

『冒険者A』――マドレーヌはすっかり、事前に聞いた『話』を忘れているらしい。


なので、ディーノはきっぱりと言い放つ。


「思い出せ、マドレーヌ。俺は言ったはずだ」


「な、何をだ?」


「お前の犯した悪行をマスターへ、一切合切報告すると。そうなればクランの再結成など出来ん。お前のクランは全員除名されて、ギルド未公認の同好会になるのがオチだ」  


ディーノからそう言われ、マドレーヌはハッとした。

 

確かに……

すっかり忘れていた。

ディーノがマスターへ報告するという『切り札』を持ち、主導権を握っている事を。


「な!? わ、我が鋼鉄の処女団アイアンメイデンがあ、ギルド未公認の同好会になるだとぉ! ううう~」


「……よ~く分かったか? じゃあ、話を始めるぞ」


話すタイミングが来たと判断し、ディーノは『カミングアウト』を開始した。


幼馴染おさななじみと称するかつてのあるじステファニー・ルサージュとの超が付く重い生活……

ねちねちした意地悪、凄まじいパワハラ、ありえないモラハラ猛爆で……

ストレスが溜まる一方だった事を正直に告白したのだ。


一応ステファニーの名誉の事もあったから、自分を好きになった等云々は割愛したが……

彼女の父ルサージュ辺境伯から城館を追放され、故郷王都へ戻って来た事も話したのだ。


これまでの経過説明をした上で、ディーノはきっぱりと言い放つ。


「はっきり言うぞ、俺はステファニー様へ恋愛感情などない。幼馴染という想い出も感傷も全くない。唯一あったのは、単なる主従関係だけ、それも言った通り、いびつな関係だ! 断じて婚約者などではない!」


ここでマドレーヌが尋ねて来る。


「で、では! 何故、ステファニー様は、そこまでお前を婚約者だと言い張るのだ? お前に対する酷い仕打ちが事実だとすれば、全く腑に落ちない……」


しかし当然ともいえるマドレーヌの疑問に対し、

ディーノはまるで答えられなかった。


「そんなの、俺にも全く分からんっ! はっきりと本音を言わせて貰えば、解雇した従者など放っておいて欲しい!」


と、ここで「はい!」とニーナが手を挙げる。


「その方、もしかして本当にディーノさんの事が好きなのでは?」


ステファニーは本当にディーノの事が好き!? 


ズバン!

ニーナからの直球が音をたて、まっすぐディーノの心へ放り込まれた。


しかし……

ディーノは全く信じられない。


「え!? ステファニー様が俺を本当に好き!? そんな馬鹿な! ぜ、絶対に!

絶対に……ありえないでしょうっっ!!」


「でも、ディーノさん……愛には『いろいろな形』があると言いますから」


ニーナの言う事も然りかもしれない。

しかし、ディーノはやはり受け入れられない。


「いえいえっ、ニーナさんっ! 確かに! 愛にはいろいろな形があるやもしれません! ……だけど、もし万が一そうだとしても、受ける側からしたら、一方通行の押し付け愛などハタ迷惑という感じしかない」


「確かに、押し付けられるのは……ハタ迷惑……ですよねぇ……それも良く分かります」


荒くれ冒険者どもから、酷いストーカー行為を受け続けていたニーナは、同意して頷く。


ニーナを見て、同じく頷くディーノ。

何故か、今度はマドレーヌへ問いかける。


「おいマドレーヌ、俺、思ったけど……ちょっち聞いて良いか?」


「な、何だ?」


「今回お前のやった事って、ステファニー様やロクサーヌから命じられた事なのか?」


「え?」


「え? じゃね~よ。何か違和感があっておかしいと思ったんだ」


「違和感? おかしい?」


「いやいや、突然現れて、俺をびっくりさせ、脅かし、動揺したところを絶対服従させる! ……というのがステファニー様のご気性なんだ」


「む、むむむ!」


「配下のお前を使って、事前に噂を流すなど、遠回しなやり方は考えられない」


「むうう……」


「ルサージュ家副従士長のロクサーヌだって、あるじのステファニー様から命じられない限り、そんな事は実行しないだろうから」


「…………」


黙り込んだマドレーヌを、ディーノは何気なく見た。

すると、異変が起こっていた。


「おい、マドレーヌどうした? 大丈夫か? 額に汗が滝みたいに流れてるぞ」


ディーノが心配してくれたのに加え、本能的に危険を感じたのだろう。

ぽつりと、いきなりマドレーヌは答えた。


「……私が勝手にやった」


「はぁ? 勝手に?」


「今回は私の独断でやったのだ……ディーノ、お前へのかく乱を考えてな、……ま、まずかったか?」


「……ああ、多分まずいと思うぞ、もしもステファニー様が知ったら、メンツを潰されたと確実に激怒する」


「ステファニー様が確実に激怒? だが所詮は貴族のお嬢様、私はちょっとだけ叱責されて終わりだろう?」


「ちょっとだけ叱責? いや、ステファニー様は、マドレーヌが考えてる貴族のお嬢様とは根本的に違うと思うぞ」


「根本的に? ど、どう違う?」


「いや、俺以前、ステファニー様が拳をグーにして、オークを一発で殴り殺したのを見た事がある」


「グーパンチで!? オ、オークを!? い、一発で!? な、殴り殺す!? げげ! どどど、どうしよう?」


オークを『ぐー、一発』で殴り殺す猛女……


飛竜亭がし~んとなり、マドレーヌも戸惑い、慌てふためく。

だが、ディーノは腹を決めたらしい。


「……分かった、俺に考えがある」


「ディ、ディーノにか? 良い考えがあるのか?」


「ああ、でも条件がある。まず俺とマドレーヌが全面的に協力し合う事だ。……約束出来るか?」


「あ、ああ、や、約束する! 助けてくれるのなら絶対に守る!」


「よっし、じゃあ同盟成立だ! ……今回の件は何もなかった事にしよう」


「何も? なかった事に?」


「ああ、口裏を合わせるんだ。マドレーヌ、お前は一切余計な事を言うな! 今回の顛末は勿論、俺に会った事も。お互いに知らないふりをするんだ」


「じゃ、じゃあディ、ディーノは? ステファニー様が王都へ来たらどうするのだ?」


「お前が教えてくれたから、俺は心構えが出来た。なのでステファニー様が現れたら、表面上は大袈裟にびっくりする。不意を衝かれたって感じで。……所詮フリだけどな」


「な、成る程! それならバレず、怒りのグーパンチは私へさく裂しない、ロクサーヌ様にも叱られない」


「だな! それに俺は必ず約束を守るから、今回の一件はギルドのマスターとサブマスターには伝えない」


「た、助かる! 本当に助かる! ありがたい!」


「但し、そっちが裏切ったら、俺はけして許さん」


「わ、分かった! や、約束する。私はディーノを絶対に裏切らない!」


「よし! 約束だぞ。それにマドレーヌ、バレたらお前はステファニー様から確実に拳一発こぶしいっぱつで抹殺される。オークが殴殺されたようにな! 俺が許す以前に絶対そうなる」


「う、うううう……」


「大丈夫だ、任せろ! 俺は以前のディーノではない、何かあったら、すぐに言って来い。お前を必ず、ステファニー様から守ってやる!」


「ほ、本当か? か、必ず守ってくれるのか?」


「ああ、必ず守る! 話してみて分かった……けしてお前は悪い奴じゃない、基本的には良い奴なんだ。俺はそう思う」


ディーノがそう言うと、感極まったのか、マドレーヌは泣き出してしまった。


「ううわ~ん! あ、ありがとぉ!!」


「おいおい泣くなよ」


「ディーノぉ! お前は凄く優しいなぁ! これは嬉し涙だっ! ステファニー様が好きになられるのも分かるぞ」


「それだけはやめろ! それより、ほらほら、ハンカチだ。涙をふけ」


「うん!」


そんなディーノとマドレーヌのやりとりを、

ニーナ、ガストン達、飛竜亭の人間は優しく見守っていたのだった。

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