第28話「カミングアウト①」

何の前触れもなく、いきなり居酒屋ビストロ飛竜亭へやって来た正体不明の怪しい冒険者女子……

仮に『A』としておこう。


『A』は一般客を装い、飛竜亭店内でディーノに婚約者が居ると勝手に吹聴。

それも、ディーノ本人へ全く確認を取らずに。

結果、ニーナを始めとした、飛竜亭スタッフ女子軍団の人心を大いに惑わした。


さすがに怒ったディーノ本人から糾弾、追及されたが、

吹聴した内容は勿論、頑なに名前身分等さえ明かそうとしなかった。


だが『A』の顔をうっすらと憶えていたガストンの記憶が呼び覚まされ、

更に鋭い突っ込みが行なわれた。


結果、Aの正体は『荒れ狂う猛獣』こと、ロクサーヌ・バルトが率いていた、

女性メンバーオンリーの冒険者クラン、

鋼鉄の処女アイアンメイデン』のメンバーだと遂に判明する。


デイーノから責められ、内情を白状し始めた『A』からは『鋼鉄の処女』再結成、

及び 『ステファニー王都来襲』というおそるべき事実が語られたのである。

後は『A』から、更に詳しい事実を吐かせるだけである。


と、いう事でディーノがAに詰問する。


「おい、冒険者女子A」


対してAは、呼ばれ方に納得しないようだ。

不満を露わにする。


「ディーノとやら! その名称で呼ぶんじゃない、どこぞの容疑者みたいじゃないか! 私にはちゃんと名前がある」


「じゃあ冒険者女子B」


「それじゃあ全く変わらんだろ! 嫌だっ! 絶対に嫌だぞっ!」


「おいおい、腕相撲で俺に完敗した癖して、偉そうにするな」


「あんなの、まぐれだ、まぐれだ~」


わめき叫ぶAを見てディーノは嘆息した。

呆れたような感じで、肩をおおげさにすくめる。


「はあ? 10回もやって、まぐれもへったくれもね~よ」


「ほっとけ!」


「それにめんどくさいからさ、お前の呼び方は冒険者女子AかBで良いだろ?」


「嫌だぁ! 嫌だぁ!」


あくまでも拒否するAに、ディーノは苦笑する。


「そもそもだな、お前が『通りすがり』とかカッコつけて、ちゃんと名乗らないからいけないんじゃね?」


と、ディーノは諭すのだが……

『A』は相変わらず聞く耳を持たず、絶叫する。


「うるさい! うるさい! うるさい~っ!」


「もう、うるさいのはこっちだよ。近所迷惑だから静かに落ち着いて喋れ」


再び諭したディーノに対し、『A』はそろそろ頃合いだと見たのだろう。

何かを決意した雰囲気となる。


「よ、よっし! では特別に教えてやろう」


「お、ようやく名乗る気になったか?」


「うむ! 私の名はマドレーヌだあ! よっく憶えておきやがれぃっ!」


「はぁ? 憶えておきやがれぃって、何じゃそりゃ?」


マドレーヌという名は勿論、彼女の『がらっぱち』ぶりにもディーノは呆れた。


「うるさい! うるさい! うるさい~っ!」


「……それにお前がマドレーヌ?」


「そうだ! 良い名前だろ!」


「マドレーヌか、お前の言う通り、確かに素敵な名前だ。が、しかし!」


「しかし?」


「そんな甘いお菓子みたいな可愛い名前は、毒舌で、けんかっ早くて、がさつなお前のキャラに合わん、全く合わん」


「な、何ぃ~!」


お気に入りの名前がキャラクターと合わない、

ディーノからそう言われ、さすがに怒ったマドレーヌ。


と、ここでニーナがフォローに入った。

ちなみに先ほど、ディーノへ見せた怒りの色は、とっくにどこかへ消え失せていた。


「まあまあディーノさん、少し落ち着いてマドレーヌさんから詳しい話を聞きましょうよ」


「まあ、待って、ニーナさん」


「え?」


「こいつが広めようとした根も葉もない大ウソのお陰で、どん底の不幸になりかけた『哀れな少年』がここにひとり居ます」


ディーノの言う通り、確かに危なかった。

これまでひたすら主に尽くし、不幸を引きずっていた、ディーノへ……

ようやく明日への光が射したのに。

 

マドレーヌが仕組んだ謀略のお陰で、

またも暗黒面へ堕ちる所であったから。


でも、ディーノはマドレーヌと真っ向から勝負した。

 

何故なら抵抗も何もせず、座して、死を待つなどとんでもない。

懸命にもがき、手を伸ばす。

人任せにせず、人生を己の手で切り開く。

そうディーノは決めているのだ。


と、ここでマドレーヌが突っ込む。


「誰がだ! お前が『哀れな少年』ってタマか?」


しかし、ディーノはこれを一喝。


「シャラップ! まずは完全な事実をニーナさん、ガストンさん始め、皆さんへ告げておく。マド公もよっく聞け」


「馬鹿者! 誰がマド公だ!」


「スルー! マド公、俺の話を良く聞き、事実をちゃんと認識してから白状するんだ、いいな?」


「うるさい! お前の命令など一切聞かんぞ、ふざけるな!」


「おい! すっかり忘れているようだから改めて言おう。俺はすぐ気が変わる。悪党への扱いなら尚更だ」


「???」


ディーノは水を向けたが……

彼の指摘通り、マドレーヌはすっかり『話』を忘れていたのであった。

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