第26話「流言飛語」

「ただいま、もっどりましたぁ!」


ディーノは大きな声で、帰還を宣言し、飛竜亭へ入った。

厨房に居るガストンはともかく、ニーナを始めとした飛竜亭給仕スタッフ女子が、元気良く迎えてくれると思いきや……


反応が全く無い……

完全に放置プレイであった。


「あれ?」


ディーノが帰って来たのを知っているはずなのに。

スタッフ女子達は冷たい視線を投げかけるだけ……

誰も近寄って来ないのだ。


ショックで「ぼけっ」としていると……

ようやくニーナだけがこちらへ歩いて来た。

 

しかし何故か表情が険しい。

怒りで目が吊り上がっている。

 

このような状況でも、ディーノはつい「可愛いなあ」と思ってしまった。

しかし「ぽけっ」としている場合ではない。

状況確認が必要である。


「ニ、ニーナさん、機嫌が悪そうですが、どうしたんですか?」


「どうしたんですか? ……じゃないですよっ!」


「は?」


「ディーノさんはとんでもなく! 酷い人……だったんですねっ!」


「えええええ? と、とんでもなく!? ひ、ひ、ひ、酷い人って……」


「もうっ! 頭にきちゃいますっ! 私には、ひと言も言ってませんでしたよね?」


「へ? 私には? ひと言もって?」


一体、何だろうと思う。

でも、この雰囲気は多分、

ディーノが秘密にしている……亡きロランや魔獣ケルベロスの事ではないだろう。


……それはすぐ明らかとなった。

ニーナの非難するような口調で……


「ディーノさん、貴方にはちゃんと、将来を誓い合った『婚約者』がいらっしゃるんでしょう?」


「はぁ!? しょ、将来を、ち、誓い合った、こ、こ、婚約者ぁ!?」


「はい、しっかりと聞きました。遠くの地へ『婚約者』を残し、この王都に出て来たって」


「な、な、な!?」


「……まあ、確かにこのピオニエ王国は一夫多妻制を認めています。だから、私みたいな子は第二夫人でも、もしくは愛人でも構わないとお考えになったんでしょうお!」


「え? な、な、なにを?」


「何を、じゃありません! そういう『あざとい気持ち』なら、先に仰ってください、私、勘違いしますから! みんなもディーノさんは最低だって言ってました!」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」


「私はディーノさんほどの方ならば、素敵な婚約者が居ても仕方がない……構わないと思っています」


「ニ、ニーナさぁん! スト~ップ!」


「何ですか? 今更……」


「あの、俺には全然話が見えなくて……わけが分かりません」


「話が見えない? わけが分からない?」


「ええ、断言します。俺には婚約者など居ません!」


「え? でも親同士が、幼い頃のディーノさんとほぼ同じ年齢の婚約者さんとの結婚を決めたって……」


「ち、違いますよ! い、一体、だ、誰ですか、そんな大嘘おおうそをほざいているやからは!」


「輩? はい、あそこに居ます」


「は?」


ニーナは店内の一画を指さした。


ディーノが見やれば、テーブル席にひとりの少女が居た。

少女は栗毛で髪型はショートカット。

濃紺の革鎧を着込んで、腰から剣を提げている。

見た目は冒険者という出で立ちだ。


ディーノは指輪の魔力により、視力の向上した目で凝視したが……

全く見覚えがない顔である。


念の為、再び見たが……やはり少女には見覚えがない。

すなわち『赤の他人』だ。


しかしその『赤の他人』が、何故そのような『偽り』を話し、広めようとするのか……

直接話せば、はっきりするだろう。


まあ、そういう流言飛語を広めるよう命じる人物は……

たった『ひとり』だけしか思い当たらないが……


しかしこのまま放置など出来ない。


「俺……きっちり話をつけます! そんな根も葉もない噂どころか、『でたらめ』を広められては困るんです!」


「でたらめ? じゃあ!」


「はい! さっきも言いましたが、俺には婚約者など居ません! そんな話は完全なデマです。ニーナさん、流言飛語りゅうげんひごに騙され踊らされてはいけません」


 ディーノは憤懣ふんまんやるかたないという表情で、少女の居るテーブル席へ向かったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ディーノはつかつかと歩き、少女の座ったテーブル席の前に立った。

対して、少女は訝し気な表情をした。


改めて見ればディーノよりほんの年長、

20歳前の少女……というか女性である。


……このような時は、単刀直入に問い質すに限る。


「おい、どういうつもりだ?」


ぞんざいな聞き方をしたディーノを、女性は睨み付ける。


「何だ、ガキ? お前、いきなり喧嘩売ってるのか?」


しかしディーノは全く臆さない。


「……念の為、聞こう。『俺に婚約者が居る』などという、とんでもないデマを広めているのはお前か?」


「婚約者が居る、とんでもないデマ? お~、お前がディーノ、ディーノ・ジェラルディだな?」


どうやら……女性はディーノの事を知ってはいるようだ。

但し、顔は全く知らないらしい。


「確かに俺がディーノだ。お前は?」


「名乗るほどの者ではない。ただの通りすがり……お前が冒険者をあっさり倒したという噂を聞いて確かめに来ただけだ」


「通りすがり? 何カッコつけてる。お前が適当な事を言いふらしたお陰で俺はすげ~迷惑してんだ」


「適当な事? いや、全て事実だろう?」


「何が事実だ! はっきり誰の指図か言ってみろ。まずはちゃんと名乗れ!」


「ふん! ノーコメントだ」


散々嘘をいいふらした挙句、黙秘!?

ディーノはだんだん、女性に腹が立って来た。

読心魔法を使う事は可能だが、それは『最後の手段』である。


とりあえずディーノは詰問する。


「おい、いい加減にしろ。俺に何度も同じ事を言わせるな」


「ほう、やるのか? ひょっこ」


女性は腕に自信があるようだ。

「売られた喧嘩は買うぞ!」との意思をはっきり見せた。


しかし、ここで大立ち回りを演ずるわけにはいかない。

そしてディーノのポリシーもある。


「……本来ならぶっ飛ばすところだが、俺はなるべく女性を殴りたくない。だから勝負をしよう」


「勝負だと? お前如きが、この私に勝てると思っているのか?」


「ああ、勝てる。だからお前が負けたら素直に全てを白状するんだ、約束だぞ」


「…………」


「約束出来ないのなら、お前のやった事を、マスターとサブマスターへ報告する」


「な!?」


ディーノの物言いを聞き、女性は驚いた。

更にディーノは言う。


「どうせお前は、ギルド所属の冒険者だろう?」


「…………」


「本来はやりたくないし、嫌なやり方だが……仕方あるまい。さすがのお前でもギルドの調査には、『完全黙秘』出来ないだろうから」


「…………」


「調査の結果、流言飛語の事実が発覚すれば厳しい処罰がくだる。例えば……除名とか、もしくは追放だな」


「じょ、除名!? つ、追放っ!!」


「ああ、先日あの子を襲おうとして、この店で暴れた冒険者には厳しい処分を科すとマスターからは聞いている。お前も同じような処分を受けるだろう」


「くうう、ならば仕方ない! 勝負を受けよう」


「重ねて言うが、約束は守れ。全て白状した上で、しっかり訂正し、謝罪して貰うからな」


「う~、わ、分かった」


「はは、聞きわけがいい。本当に良い子だ、よしよし」


「わ、私を馬鹿にするなっ! それより勝負の方法は!」


「これさ!」


ディーノは自分の腕を叩く。

女性は……ポカンとしている。


「?」


「シンプルな腕相撲だよ、それで勝負だ」


ディーノは「にやり」と笑い、はっきりと言い放ったのである。

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