第21話「炎の飛燕①」

ディーノは飛竜亭の面々にしばしの別れを告げ、冒険者ギルドへ向かった。

ポケットにはガストンが記した、ギルドマスター『ほのお飛燕ひえん』こと、アールヴの魔法剣士『ミルヴァ・ラハティ』宛の紹介状が忍ばせてある。


ガストンに告げた通り、まずは冒険者ギルドで登録証を発行して貰わねばならない。

登録証は王都市民証代わりとなり、氏素性、身分を問われた時、提示すれば、身元のあかしとなるからだ。


ディーノは幼い頃から……

飛竜亭同様、冒険者ギルドへも父クレメンテに連れられ、良く行った。

場所さえ変わっていなければ、すぐに分かるはずである。


道行く人に聞いてみたところ、ギルドの住所は以前と変わっていないようだ。

 

ディーノは中央広場を突っ切り、広場に面した官庁街区へと入って行く。

官庁街区の一番手前に冒険者ギルドはある。

つまり出入り口を中央広場へ向けている事になる。


さてさて!

冒険者ギルドの混雑時間、すなわち『ラッシュアワー』は、

朝の7時から9時までである。


何故『ラッシュアワー』と言うのか?

オープンから2時間の間、条件の良き依頼を求める冒険者が殺到するからだ。

その事を良く知るディーノは、ピーク時から1時間ずらして午前10時にギルドへ足を踏み入れた。

……ちなみに夕方の4時から6時までも、依頼完遂報告を行い、報奨金を手にして、

一杯飲みたい冒険者達で大混雑する『ラッシュアワー』である。


出入り口へつながる大きな正門の両脇には、屈強な守衛がふたり立っているが、滅多に呼び止めはしない。

彼等の経験則からなる、よほどのヤバイ挙動不審な奴以外は敢えてオミットしているのだ。

 

いちいち来訪者全員を呼び止めていたら、入場さえままならなくなるからである。

という事で、ディーノは問題なくギルドの敷地内へ入り、入口へと向かって行く。


入り口から入ると、すぐ傍に受け付けカウンターがある。

受け付け担当の女性職員へ用件を伝えれば、すぐに対応し、各担当カウンターへ通してくれる設定だ。


本日ディーノはマスター宛の紹介状を所持している。

なので、名前を言い、「マスターに面会したい」と来訪の趣旨を告げ、

職員へ紹介状を渡した。


「しばらく、お待ちください」


「はい」


果たして……ガストンの紹介状は効力があるのか?


10分経った。

20分経った。

30分が過ぎた……

そして待ったまま1時間が過ぎようとしている。


しかし……

まだ呼び出しは来ない。

何故か、事務受け付けの女性はディーノと目を合わそうとしない。

 

このまま突っ立って、待っていても意味がない。

少し躊躇ちゅうちょしたが、仕方なくディーノは、申し入れをする。


「すみません。必ずこの1階フロアに居ますから、この場を離れても構いませんか?」


待つ間に周囲を見回したら、フロアの片隅に掲示板があった。

そこに紙を「ピン止め」したものがたくさんあった。

多分、膨大な依頼書の一部が掲出されているのだろう。


ディーノは現在どのような依頼が出ているのか、

今後の参考に見たいと思ったのだ。

しかし、女性職員の返事はにべもなかった。


「マスター含め、ギルド幹部に面会の場合、この場でお待ち頂くのが規則です」


「ふ~ん、立たせたまま、ずっと放置ですか?」


「はい、先ほど連絡を入れましたら、『既に伝えてある』と取次ぎの者から言われました」


「そうですか……」


「何なんだ?」と思う。


ディーノには不可解だったが、まあ、仕方がない。

マスターはきっと忙しいのだろう。

よくよく考えてみれば、自分は正式にアポイントも取っていないのだから。


でも、困った!

このままだと、ず~っと待たされる気がする。

なので、決めた!


ディーノは、女性職員へ告げる。


「すみません、申し訳ないのですが、これ以上待てないので、面会は、もうやめます」


「え? やめる?」


「そう、中止です」


「ちゅ! 中止ぃ!?」


「ええ、もう1時間以上待ちました。これ以上、時間を無駄には出来ないですから」


「…………」


「よくよく考えてみれば、マスターへ事前にアポイントも取らずに来た俺が悪かったんです。だから、紹介などなしで、普通にランク判定試験を受け、ギルド登録して貰います」


「ええ~っ」


「お忙しいところ、お手数をおかけしました。じゃあ、マスターにはそうお伝えください」


「こ、困ります!」


「貴女は別に困らないでしょう? そのまま報告して構わないですよ、脚色一切なしで」


と、その時。

奥に会った魔導昇降機らしい扉が開くと……

革鎧に身を包んだ幹部らしき、人間族の女性剣士がひとり現れた。

訝し気な表情をしており、カウンターへ呼びかける。


「お~い、ネリーさん、どうしたの? マスターがず~っとお待ちかねよ」

 

「は?」


「は? じゃないわよ、ネリーさん。先ほど貴女へ使いをやったはずよ。マスターがすぐに会うとね」


「使い? いえ、サブマスター! そんな連絡は私へは一切来ていません!」


受付の女性職員は、ネリーという名前らしい。


そして……これだけ待った原因が判明した。

どうやら連絡に不備があり、『行き違い』となったようだ。


ずっとこの場に居たディーノも、『サブマスターの使い』らしき人物は目にしてはいない。 


間違いなくネリーは忠実に職務を遂行した。

だが、彼女の抗議は一切受け入れられなかった。


人間族の女性剣士……サブマスターは一方的に糾弾したのである。


「ネリーさんったら、何を言ってるの? こちらから人をやって連絡したのは間違いないわよ」


「ええっ? で、でも!」


「もう1時間も経ってるわ。駄目じゃない、大事なお客さんをこんなに待たせちゃ。貴女には厳重注意の上、ペナルティものね」


「わ、私がペナルティ!? うう、そ、そんなぁ……」


と、ここでディーノが「ずいっ」と身を乗り出した。


「すんませ~ん、俺が全部悪いんで~す! ふらふらと勝手に席、はずしましたぁ! この人は……ネリーさんは全く悪くありませ~ん」


「は?」

「な、何?」


ポカンとするネリー。

驚くサブマスター。


「サブマスターさん、じゃあ、行きますか? マスターへは俺からお詫びしまっす、土下座でも何でもしまっす」


「ぺこり」と頭を下げたディーノは、曖昧な表情で微笑んだ。

しかし、ネリーは真面目な性格らしい。


「ディ、ディーノさんが!? ど、ど、土下座!? お、お詫びだなんてとんでもないですっ!」


「いや、土下座くらい……何でもないです、楽勝です」


……いつも、前の主人に土下座を強制されていましたし、靴も舐めさせられました。

と言いかけてディーノはやめた。


悪夢の日々を思い出し、苦笑するディーノへ、ネリーは更に言う。


「連絡の行き違いにより、お待たせしたのは、こちらですし、全然ディーノさんの責任じゃあないですよっ!」


すがるような眼差しのネリーへ、ディーノは「ひらひら」と手を横に振る。


「いいから、いいから、じゃあサブマスターさん、行きましょう」


「は、はい」


今度は、戸惑うサブマスターを促し、

ディーノは階上へ向かう魔導昇降機へ乗り込んだのであった。

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