第20話「飛竜亭⑥」

翌朝4時前……

まだ明けきっていない、王都の街をディーノは、ガストンが御す、

居酒屋ビストロ飛竜亭の荷馬車に揺られていた。


今日は午前中に登録の為、冒険者ギルドへ赴くが、それまでガストンの手伝いをしようと思ったのである。

このように早い時間に、どこへ行って何をするのかといえば、『仕入れ』を行う。

当然、飛竜亭の仕入れだ。


毎朝ガストンは、市場へ出向き、献立に沿った食材、そして酒を購入する。

併せて自分とスタッフで食べる賄い用の食材も確保する。

今から8年前、冒険者を引退、飛竜亭をオープンさせてからの日課だ。

ず~っと市場へ通っているだけあって、どこもかしこも馴染みの店ばかりである。


そのうちの一軒である肉屋へ、ガストンはディーノを伴い入って行く。

肉屋の主人は少々太めで貫禄ある中年男である。

ディーノが感嘆するくらい、肉をさばく包丁遣いが抜群だ。


「おはようっす、大将来たぜ。いつもの肉、頼まぁ」


「おお、ガストン、おはよう。連れてるのは誰だい?」


「ああ、亡き弟分の忘れ形見だ。俺にとって実の息子同様だ」


「だったら、彼に飛竜亭を継がせるのかい? ニーナちゃんと一緒にしてさ」


どうやらガストンは……気心の知れた相手には、昨夜語った夢を伝えているらしい。

相手はディーノで確定はなく、「ニーナに素敵な相手が居れば」と仮定で話しているのだろうが……


「ああ、俺はそれを望んでるんだが、こいつにはでっかい夢があってな」


「夢かぁ……若いっていいよなぁ」


「おうよ! 青春真っ只中って奴だ。俺もあんたも遥か遠~くに置いてきちまった失われた財宝って奴よ」


「ははは、ちげぇねぇ!」


と、肉屋の主人は笑い、


「坊主、頑張れ! 但し命だけは大事にしろよ」


と、励ましと労りの言葉をかけてくれた。


「ありがとうございます」


ディーノは主人へ礼を言い、頭を下げる。

その間、ガストンが頼んだ肉は揃えられ、即座に渡された。


肉はディーノが、ガストンに代わって受け取った。

結構目方がある。

少なくとも全部で15㎏ 以上はあるだろう。


しかしディーノは軽々と持ち上げる事が出来た。

多分、魔法の指輪の能力も加わってだと思われるが、運ぶのも楽勝そうだ。


そんなディーノの様子を見て、ガストンが目を細める。


「ディーノ、お前本当に変わったよ。えらく、たくましくなったなぁ」


感嘆するガストンの言葉と視線を受け、ディーノは市場で奮闘したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ガストンと共に、飛竜亭へ戻ったディーノは、食材を片付け整理し、下ごしらえを手伝う。

ついでに朝食―簡単な『まかない』も作り始める。


父と共にふたりで暮らしていた頃、そしてフォルスへ来てからは……

時たま、食事を作れと欲する、あるじステファニーの強引且つ我が儘な要望に従い対応する為、料理はしっかりと修業し習得した。


ディーノの慣れた手さばきを見て、ガストンが市場の買い物の時同様に、感嘆する。


「うん! やっぱりお前には料理人の適性がある」


「はぁ、まあ料理するのは嫌いではないですけど」


ディーノが今言ったのは言葉通りである。

武道や身体の鍛錬よりは、料理をする方が遥かに好きだ。

 

コツコツ作業するのが好きなディーノは度々、そう思った事がある。

だが……いろいろな人との出会いを経験した今、

決意は固く、後退、転身する気はさらさらない。


そんなこんなで、

やがて……ニーナ達スタッフ女子軍団が出勤して来る。

 

飛竜亭はお客スタッフともに、家族的な店だ。

開店してからは忙しいから、皆、別々に食事を摂るが、

朝だけはスタッフ全員でにぎやかに摂る。


スタッフの女子達は、ガストンと共にディーノが働いているのには、少々驚いたが……すぐに突っ込みが始まった。

当然ディーノとニーナの『恋ネタ』である。


「おっは! ディーノ、頑張ってるね、やっぱ愛するニーナの為?」

「おはよ~、朝から精が出るねぇ、若き二代目様!」

「うわぁ、おいしそ~。これなら嫁のニーナも大満足!」


どんどんエスカレートする突っ込みに対し、

さすがにニーナがブレーキをかけようとする。


「もう! 最近『からかいネタ』がないと思って、皆、私とディーノさんの事、すっごく面白がってるでしょ?」


しかし!

当然ながら、他の女子達から反撃が100倍くらい? 来る。


「当然! こんな面白い事、放置するわけないでしょ?」

「ディーノ君、大丈夫だよ、ニーナに悪い虫がつかないよう、私達がしっかり守ってあげるから!」

「だね! だからぁ、ディーノ君もどこかの可愛い子とウハウハ浮気なんかしちゃ駄目よぉ」


参ったなぁ……

とディーノは苦笑する。


しかしスタッフ女子達のからかいには、優しさこそあれ、全く悪意を感じない。

それにこのような女子達との、戯れ経験が全くないディーノにとっては凄く新鮮である。

正直……楽しく嬉しい。


けれども真面目なニーナにとっては、ディーノに対し申しわけなく感じるらしい。


「ディーノさん、本当にごめんね」


「いや、全然大丈夫ですよ」


ディーノが苦笑すると、ニーナは何故か無言となってしまう。


「…………」


「…………」


釣られて、黙るディーノ。

お互いが気になり過ぎて、会話が上手く続かない……

恋愛に不器用な男女によくありがちなパターンだ。


そんなふたりを、ガストンとスタッフ女子達は温かく見守っていたのである。

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