第19話「飛竜亭⑤」

いろいろ話してみて分かった。

様々な複合的理由があっての事だとは思うが……

ガストンはやはりディーノには、自分や父と同じ冒険者にはなって欲しくないのだ。

 

だから尚更、ディーノはきっぱりと告げる。


「はい、色々考えて、考え抜きました。やはり冒険者になりたいんです。それに俺はもう、ある人の遺志を受け継ぎましたから」


「ある人の遺志? その言い方は……お前の父親クレメンテではないようだな……」


「はい、違います。父ではありません。詳しい事は言えませんが、その人の大切な形見も併せて受け継ぎました」


「ふうむ……大切な形見を受け継いだか……そりゃ、責任重大だな」


「はい! 責任重大です。なのでガストンさん、どうあっても俺の意思は揺るぎません」


「ははは……揺るがないか、分かった! じゃあ、これはじじい戯言ざれごとだと思って、気を悪くしないで聞いてくれ」


「は、はい!」


「俺はな、昔のお前を良く知っている。はっきり言って線が細く、ひ弱だった。冒険者みたいな荒事あらごとは到底無理だと思っていたよ」


やはりガストンは、はっきり言う。

余計なおべんちゃらなど無駄口を殆ど叩かない。


本来、自分は冒険者には向いていない。

ディーノも、ずっとそう思っていた。


「でしょうね。父も俺に冒険者になれとは一度も言わなかった」


「ああ、それに冒険者は実力は勿論だが運の良さに成功が左右される。お宝に当たれば成功者の大金持ち、当たらなきゃ、しがない『ただのばくち打ち』で終わる」


「…………」


「ま、割合としては成功者よりも、この俺みたいな『当たらない奴』の方が圧倒的に多い……そして下手打てば、人生を全うせず、あっさり死ぬ」


「はい、父もそうでした」


ディーノはそう言うと、唇を噛み締めた。

『大けが』がもとで、亡くなった父の死で改めて実感する。

生と死が隣り合わせ、その狭間はざまで命を懸け仕事を遂行するのが、冒険者なのであると。


実際、迷っていた。

商人ブノワ・アングラ―ドに同行し、「商人になるのも悪くない」と考えたのだ。


しかし……ディーノは思い直した。


夢の中で亡きロランと出会い、励まされ、自ら締め切っていた心の窓を、思い切り開け放って貰ったからだ。


そして最後には、自分で決めた。


「でも、俺……覚悟の上です」


「ははは、荒事よりも料理が得意なお前なら、この飛竜亭で俺と一緒に仕事をするのが適任だ思っていたよ」


「…………」


「お前はフォルスで暮らしていたが、もしも再び会えたなら……飛竜亭の跡継ぎに丁度良いとも思っていた。ニーナも居るからな」


「ニ―ナさんがって?」


「ああ、俺はニーナの親代わりだ」


「親代わり……ガストンさんが?」


「ああ、あの子から聞いただろう。身寄りがない『みなしご』だと」


「ええ、ニーナさんから聞きました、自分はひとりぼっちだって」


「だから俺は、ニーナには必ず幸せになって欲しい。無論お前もだ」


「…………」


ニーナと自分には必ず幸せになって欲しい。

ガストンの温かい言葉を聞き、ディーノの心は癒される。


「もしもお前とニーナ、ふたりが恋仲になれば俺の夢が叶う」


「…………」


「恋仲になって、お前とニーナが結婚し、一緒になって貰い、晴れて飛竜亭を継がせる。幸せになって貰う、ひたすらそう願っていたよ」


「…………」


「……だが、考えがガラリと変わった。まずはお前がニーナを守り抜いた今日の戦いぶりを見たからだ。そしてお前の固い決意も聞いた。というわけで今の話はとりあえず忘れてくれ」


「…………」


「大したもんだよ。多勢に無勢なのに、お前は全く臆していなかった。そしてあの腕っぷし……どうやら俺の目は節穴ふしあなだったようだ」


「…………」


「これまで、心身共に相当無理して鍛えただろ?」


無理して……鍛えた?

ふと、ステファニーの悪鬼顔が思い浮かぶが、激しく首を振り、消し去った。


「まあ、多少は……」


「ははは、やたら謙遜けんそんするのは、父親のクレメンテ似だし、お前がガキの頃と大して変わってないようだな」


「…………」


「で、明日にでもギルドへ登録へ行くのか?」


「はい! しばらくフォルスで暮らしていましたから、王都の市民証は失効しています。冒険者ギルドの登録証を貰えば、市民証と兼用になりますから」


「分かった! じゃあ、どれくらい効果があるか分からんが、俺の紹介状を持って行け」


「ガストンさんの書いた紹介状?」


「ああ、『ほのお飛燕ひえん』への紹介状、つまり俺からの推薦状だな……当然お前を『推し』にするって内容さ」


「え? 炎の飛燕……ですか?」


「ああ、クレメンテとお前がフォルスへ旅立ってしばらく経ってから、王都支部へ赴任して来たからな、知らんだろう?」


「は、はい……知りません」


「うむ! 王都支部の現ギルドマスターは人間族じゃねぇ、アールヴ族なんだ」


「え? アールヴ族! ……なのですか?」


補足しよう。

ガストンの告げたアールヴ族とはエルフとも呼ばれる、北の妖精族の末裔まつえいである。

彼等は北方にイエーラという国を創り、ソウェルという長に率いられ暮らしている。

しかし人間とも深い交流があり、こちらの社会へ溶け込んだ生活をしている者も多い。


「おうよ! 『炎の飛燕』っていうのはな、アールヴのギルドマスター、剣聖と言われる魔法剣士ミルヴァ・ラハティのふたつ名だ。俺が彼女への紹介状を書いてやる。多分、悪いようにはならんだろ」


「あ、ありがとうございます」


「礼はいいって。だが、ニーナの事だけは絶対に忘れないでくれよ」


「はい! 忘れません! 今回みたいに何かあれば守ってみせます!」


それからしばらく、ガストンと話していたディーノは……

いつの間にか、深い眠りに落ちたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る