第18話「飛竜亭④」

その夜、ディーノは飛竜亭内にあるガストンの私室へ泊った。

ニーナ襲撃騒動の余波よはを受け、ディーノは宿探しが出来なかったのだ。

 

さすがにガストンは客商売をしているだけに気が利く。

ディーノが何も言わずとも、予備のベッドを貸してくれ、

「俺の部屋に泊まれ」と誘ってくれたのである。


ちなみにニーナ達女子スタッフは、飛竜亭の近くに、

ガストンが借り上げた宿舎で暮らしているという。

その為、既に帰宅しており、この建物内には居なかった。


そんなこんなで夜はふけて行く……


深夜となった……

もう日付けが変わったというのに、ディーノは中々寝付けなかった。

 

仕方なく、ごそごそしていると、

ガストンが……声をかけて来た。


「おい、ディーノ。眠れないのか?」


「は、はい……すみません、うるさくして」


「俺は大丈夫だ。じゃあ、少し話でもするか?」


「…………」


「はは、まだ昼間の騒ぎで気が張っているのか? 30分くらい話せば多分眠くなるだろう」


「ええ……そうかもしれません」


「はは、こんなじじいの話じゃあ、子守唄にはならんだろうが……」


「……お気遣い頂きありがとうございます。お願いします」


ディーノは素直に、ガストンの申し出を受ける事にした。

もしかしたら、父の想い出話を聞けるかもしれないと思う。


「ふっ、クレメンテがもう亡くなったとはな……」


「はい……」


「あいつまだ若いのに、年長の俺より先に逝きやがって」


「…………」


憎まれ口のようでいて、父クレメンテの死を悼む優しい労りの気持ちが伝わって来る。

ディーノは生前の父を思い出し、目の奥が熱くなる……


更に……

ガストンは軽くため息を吐いた。

そして、ぽつりと言う。


「俺はな、ディーノ。お前の父クレメンテの死に……責任を感じているんだ」


「え? 責任?」


責任とは?

どういう意味だろう。

ガストンは父の死に、直接かかわっていない……はずだ。


一体どのような話になるのだろうと、

ディーノは、ガストンから発せられる次の言葉を待った。


「お前の父が率いたステイゴールドは、元々俺が結成したクランだ」


「はい、ですね」


ディーノは昔の記憶を手繰った。

ガストンの言う通りだ。

亡き父は先輩のガストンを慕い、ステイゴールドへ入隊したと記憶している。


「8年前……ステイゴールドのクランリーダーだった俺の引退の際、サブリーダーだったお前の父に跡を継いで貰った。……凄くありがたいと思ったよ」


「…………」


「だが……そのたった3年後、クレメンテは依頼遂行中に致命的な重傷を負い、俺と同じく冒険者を引退する事になっちまった」


「はい、今回亡くなったのも、その古傷が原因だと医者は言っていました」


ディーノの言葉を聞き、ガストンは再びため息を吐く。


「……ステイゴールドの盾役タンクでもあった俺はな、引退した自分の後釜に、頑丈な戦士を入隊させておけばと……今更ながらずっと悔やんでいる」


「…………」


絶対に言えやしないが……

そのような事で悩んでいたのかとディーノは思う。

  

ガストンの話は、なおも続いている。


「クレメンテはな、そんなに身体が丈夫ではないのに、クランでは盾役と攻撃役アタッカー両方を兼ねていた……まさに後悔先に立たず……だな」


やはりガストンは必要以上に自分を責めている。

前リーダーとして十分な引き継ぎが行えなかった事を……


しかし、やはり「責任を感じ過ぎだ」と、ディーノは思ってしまう。


「そんな……父の死に関して、ガストンさんが気に病む事はありません」


「ふむ、だがお前は俺や父と同じ危険な冒険者への道を歩もうとしている」


何となく……

ガストンは冒険者になろうとする自分を止めようとしている。

ディーノはそう感じた。


しかし、やはり気持ちは変わらない。

父の死で臆するどころか、むしろ逆なのだ。


「はい。まず俺は自分を鍛えたい。今日みたいな事があるから、尚更です」


「今日みたいな事……そうか、ニーナはお前の事が大いに気に入ったようだ」


「え、そうですか? ニーナさんが俺なんかを?」


「はははは、とぼけるな、見りゃすぐ分かる。で、どうする? あの子を『想い人』にするのか?」


ガストンは良いも悪いもストレートな物言いをする。

回りくどくない。

だけどさりげなく気を遣ってくれる。

ディーノはそんなガストンが好ましい。


しかし……

ニーナに対しては、「理想の想い人かもしれない」と感じながらも、

思い切って踏み込めない。


自分に自信が全くないから。

女子慣れしていないので、上手くリードも出来ないから。

それゆえ、恋愛全てにおいて、凄く臆病になっているのかもしれない。


「ニーナさんは、こんな俺にはもったいないくらい素敵な女子だと思います。でも、こう言うのは本当に情けないのですが……まだ、そうするのか分かりません。第一、あまりにも未熟な俺が、ニーナさんにとって、最も相応ふさわしい男子なのかどうかって……」


「ふむ」


意外にもダレンは怒らなかった。

「情けない」とも嘆かなかった。 


「でも、愛し愛し合う想い人とは、絶対に巡り会いたいと思います。守るべき人が居れば、俺はより強くなれると思いますから」


「まあ、そうだろうな……」


「そして俺は広い未知の世界を見てみたい。自分が何者であるのか、どこまで行けるのか……知りたいのです」


「成る程、冒険者をしながら旅もしたいのか?」


「はい、自由気ままに旅をしながら、焦らず己の持つ可能性を探りたいと思います」


「己の持つ可能性か……」


「はい! 限界があるとしたら突破し、その先へ行けるのか、行けた時に何があるのか見極めたい! たった一度きりの人生ですから」


「ふむ」


「人生を懸け、思い切り挑戦してみたいのです」


「やはり冒険者になって、か」


今の言葉で、はっきりした。

やはりガストンは、ディーノが冒険者になって欲しくはないのだ。


まあ自分の人生だから、反対されても最終的には自分で決める。

その代わり、どのような結果になっても文句は言わない。

他人のせいにはしない。

 

しかし……

ガストンは、冒険者にはなって欲しくない自分に「どうなって欲しい」のだろう?


ディーノはふと、そう思ったのである。

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