第22話「炎の飛燕②」

ディーノは、サブマスター……ブランシュと名乗った若い女性剣士……

に連れられ、マスター室へ到着した。


扉の前で、軽く息を吐いたブランシュがリズミカルにノックすると、


「入って!」


と短く返事があった。

少しだけ『怒りの波動』が伝わって来る。


ディーノはルサージュ家へ仕えている時、

ある程度、人との接し方を学んでいた。

なので、自分から積極的には話しかけない大人しい性格だが、

いわゆる完全なコミュ障ではない。


しかしディーノは、全く人見知りをしないわけではなかった。

本来、彼が行う他人へのアプローチは極めて、生真面目且つ臆病だ。

相手が初対面であったり、機嫌が悪いのなら尚更、用心深くなる。


今回、面会するマスター、ミルヴァ・ラハティは状況からして、

『ふたつの条件』を両方完全に満たしている。

ディーノは超が付く慎重さをもって、事に当たらねばならなかった。

『冒険者登録』という、今後の人生を左右する大イベントならより一層、気合を入れ直さねばならない。


ディーノはサブマスターのブランシュ同様、軽く息を吸い込んだ。

気合がみなぎる。


ブランシュが扉を開けると同時に、ディーノは勢いよく深く頭を下げた。

そして頭を下げたまま、はっきりと言い放つ。


「マスター、初めましてっ! ディーノ・ジェラルディです。この度、自分の不注意でマスターをお待たせし、深く謝罪致しますっ! 誠に申しわけありませんっ!」


ちらっと見えたが……

ガストンの言う通り、ミルヴァはアールヴ族であった。

アールヴ族は、プライドが人間より遥かに高いというが……

丁寧に謝罪すれば、許しては貰えるのだろうか?


一瞬の沈黙。

どうなるかと、ディーノが身構えた瞬間。


「あははははっ」


いかにも楽しそうな笑い声がマスター室に響いた。

何と!

ミルヴァが大笑いしているのである。


「マ、マスタ―」


ブランシュが慌てるが、暫しの間、ミルヴァは笑い続けた。

そして、


「あ~、可笑しい。ディーノ君、貴方、ブランシュやネリーをかばってるでしょ?」


「な!?」


どうして?

という顔で呆然とするディーノへ、ミルヴァは「びしっ!」と告げた。


「ディーノ君! 貴方は嘘をついている。でもバレバレ」


「え? バレてるって?」


「うふふ、貴方の心が放つ波動が教えてくれるの。『ごめんなさい、マスター、ボクは真っ赤な嘘をついています』ってね」


言い放ったミルヴァは「すっく」と立ち上がり、


「気に入ったわ。さすがね、ガストンさんの推薦だけの事はある、貴方は優しい男の子なのね、ディーノ君」


「…………」


「私がこの王都支部のギルドマスター、ミルヴァ。ミルヴァ・ラハティ。ちなみにマスターなんて堅苦しい呼び方はナシ、ミルヴァでOKよ」


深い菫色すみれいろの瞳に、長い金髪をなびかせたクールビューティ。

長身痩躯ちょうしんそうくなアールヴ女子は……

その端麗たんれいな顔立ちを、面白そうに微笑えませながら、はっきりと名乗ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ギルドマスター室で、ディーノ達3人はいろいろと話をした。

まずは改めてお互いの自己紹介となったが……

もはや、ディーノは緊張していなかった。


さすがに呼び捨てなど出来ないが、

雲の上のマスター、ミルヴァを『さん付け』で呼べる余裕は出て来たのである。


ミルヴァの物言いや反応から、ディーノにとっては、

話しにくさ、やりにくさは全く感じられなかったのだ。


頃合いを見て……

ディーノはざっと自分の経歴を話した。

 

元々は王都で生まれ、長く住んでいた事。

亡き父と共に、ルサージュ辺境伯家へ仕えていた事。

父の死を機に『退職』し、故郷『王都』へ戻って来た事。

かつての父と同じく冒険者になりたい事など……


ミルヴァは頷きながら聞いていたが……

またも面白そうに笑った。


「ねぇ、ディーノ君、貴方はまだ肝心の事、話してないわね」


「え? 肝心の事?」


一瞬、まさか!

とディーノは思った。


先ほど、ディーノの『隠し事』を見抜いた事を気にしたのだ。

読心魔法、召喚魔法、そして亡霊ロランの事、謎めいたルイ・サレオンの指輪、

冥界の魔獣ケルベロスを召喚した等々、

今のディーノには、絶対に他言出来ない大きな秘密がいくつもある。


しかしとりあえずその心配は杞憂だった。

ミルヴァの指摘は全くの別件だったのである。


実は……

昨夜の『騒動』が早くもミルヴァの耳へ入っていたのだ。


「そうなの! 聞いたわよ、君の評判」


「は? 評判?」


「うふふ、か弱い女子を守る為、殴られてもひるまず、たったひとりで大勢のならず者へ立ち向かって行ったわよね?」


ああ、『その事』か……

表には態度を示さなかったが、ディーノはホッと胸をなでおろした。


「ま、まあ……アレは大した事は……ないというか」


「いえいえ! たいした事なくない! 武器を使わずに素手で、それも自分からは手を出さなかったんだって?」


「はい、一応……王都で暮らしていたんで、この街の正当防衛のルールを知っていましたから、……まあ最後は我慢出来ずにぶっ飛ばしちゃいましたけど……」


「わお! さすがねっ! 正々堂々と男気を貫いた君に比べて、女の敵ともいえる愚かな犯人はウチ所属の冒険者だった」


「ら、らしいですね」


「私は責任を感じたのと同時にめちゃ腹が立ったわ! あいつら、素手の君に対してあろうことか剣を抜いたんですって? ホント、さいってい!」


「は、はあ……」


「己への戒めとして私は今月分の俸給を返上したわ。そしてマスターの権限で奴らを厳罰に処したの。全員鞭百叩きの上、各自の全財産没収。加えて冒険者ライセンスをはく奪し、ギルドから永久追放の処分にしたのよ」


「な、成る程……」


どうやら、ミルヴァは規律遵守に関して、自分にも部下にも厳しいようだ。

 

ディーノから見て、犯人である冒険者達へのミルヴァの処分は厳しく重い。

加えて、彼らが裁判にかけられた上での追加処分もある。


そんなディーノの気持ちを見透かしたようにミルヴァは言う。


「冒険者とは……良く言えば荒くれで元気いっぱいのやんちゃ坊主、悪く言えば、どうしようもない屑のろくでなし……常に厳しくしないとタガがすぐに緩むわ」


「ま、まあ……そうでしょうね」


「で、話は、いきなり変わるけど……」


「は、はい……」


「しばらく貴族の従者を務めていた貴方は、冒険者になりたいと言った。お父さんの後を追ってね」


「ええ、確かに言いました」


「でもディーノ君、貴方は一体何者になりたいの? そして冒険者に何を求めるの?」


いつの間にか……

ミルヴァの柔和な笑顔が一転し、

厳しい眼差しで、ディーノを見つめていたのだった。

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