第14話「王都到着」

遥か南方のフォルスを出発、約2週間の旅が終わり……

ディーノはピオニエ王国王都ガニアンへ到着した。


ガニアン入場に際しては厳しい手続きがある。

市民でも入場の際には身分証、すなわち市民証を提示しなくてはならない。 

身内でさえそうなのに、市民以外、外部の人間ならなら尚更だ。

 

しかし今回、ディーノは商隊に随行したという形にして貰っていた。

チェックは軽い上に、入場手続き全てをブノワが対応してくれた。

結果、ディーノは問題なく王都へ入る事が出来たのである。


そもそもこの王都はディーノの生まれた場所――故郷である。

13歳になる直前まで住んでいたから、戻るのは2年と少し振りになる。


ふと記憶が甦る。


……幼い頃、仲が良かった友達は、

父と共にルサージュ家へ仕えるようになって4年の間に疎遠となってしまった。

 

更に2年前、ルサージュが辺境伯に陞爵しょうしゃくし、南方のフォルスへと引っ越した。

なので、ディーノも父に連れられ移住した。

それ以来、王都の知己とは完全に没交渉である。


しかし……

悲しい別れがあれば、素晴らしい出会いもある。


既にロラン、ブノワ、クロティルド……

人生の素晴らしい先輩達3人に出逢う事が出来た。


その中で天へ還った死者ロランだけは、今後再会する事はないだろう。

しかしロランは、ディーノを遠くからちゃんと見守っている。

そう……信じたい。


ディーノは思う。

この王都では、どのような人々に出会えるのだろうと。

中でも、愛し愛される『想い人』との出会いがとても気になる。

……ブノワには散々いじられたが、

あのステファニーが想い人じゃない! ……事だけは確かだ。

 

遠い日の郷愁に加え、未来への期待と不安が交錯し、何ともいえない感情がディーノの心を満たしていた。


改めてディーノは街並みを眺めた。

王都の風景は殆ど変わってはいない。


入場の為、混雑する正門前。

夢が詰まった面白いおもちゃ箱みたいな街並み。


敷き詰められたおもむきのある古びた石畳。

行き交う着飾った大勢の人々。


「懐かしい……な」


思わず「ぽつり」と呟くディーノに対し、ブノワが尋ねる。


「なぁ、確かディーノは少し前まで王都に住んでいたんだよな?」


「はい……」


答えたディーノの目が遠くなる。

記憶が再び甦って来る。


負傷する前の父は勿論健在であり、

ディーノが生まれてから数年間は……まだ母も元気であった。


人は言う。

幼い頃の記憶は年々薄れて行くと。

確かにディーノの持つ記憶に母の面影は殆ど無い。

無理に思い起こそうとすれば、とても優しい笑顔の女性がぼんやりと浮かんで来るだけだ。


つらつら考えるディーノへ、ブノワが話しかけて来る。

ハッとして周囲を見やれば、いつの間にかラバン商会王都支店のある区域、

商業街区へ入っていた。


「そろそろ、さょなら……だな」


「は、はい」


「だがディーノ……お前と縁が切れるわけじゃない。何かあったら気軽に来てくれ。こういう出張以外は大体商会に居る」


「ありがとうございます、ブノワさん。またご相談します」


 やがて……

 ラバン商会王都支店が見えて来た。

 重厚な造りの建物は商業街区の中でも特に威容を誇っている。


 一抹の寂しさを感じたブノワは、ディーノの肩をポンと叩き、優しく笑ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ラバン商会で、ブノワ以下商隊のメンバー全員へ、別れの挨拶をした後……

 ディーノは王都ガニアンの街中へ出た。


 全く見ず知らずのジェトレのような村ならともかく……

 ディーノにとって、王都は勝手知ったる場所である。


 それにディーノはこれから行く場所を決めていた。


 ルサージュ辺境伯へ仕える前……

 亡き父とふたり暮らしをしていた時、食事面でとても世話になった店だ。


「えっと、確かこっちだったよな」


 目的の店は中央広場最寄りにある。

 ディーノは、記憶を手繰りながら歩いて行く。


 見覚えのある街中を歩くうちに、だんだん記憶がはっきりして来る。


「うん、道は合ってる」


 やがて……

 ディーノは目的の店に到着した。


 目の前にあるのは古びた2階建ての木造建築である。

 入り口の真上で、木製の看板が掲げられていた。

 『飛竜亭』と記されている。

 その看板自体、製材した板を使用せず、丸太を半分に割り、断面に焼きごてを押したような武骨なものだ。


 開け放たれた入り口から喧噪が聞こえて来る。

 いわゆる冒険者が好む居酒屋ビストロだ。


 ジェトレでは、酒場へ足を踏み入れなかったディーノであったが……

 父と良く来たこの店なら問題ない。


「よっし!」


 入り口から入ると……

 目の前に見慣れた飛竜亭店内の光景が目に入って来た。


 カウンター席が全部で20。

 4人掛けのテーブル席は10。

 ぐるりと見やれば、ほぼ満席である。

 ただ丁度、カウンターの端っこだけが空いていた。


 何とか着席出来そうだ。

 ディーノが安堵した、その時。


「いらっしゃいませ!」


「は、はい?」


 声をかけて来たのは、「すらり」としてスタイル抜群なメイド服姿の少女である。


 そう、この飛竜亭は給仕担当スタッフが全員若い女子だ。

 女子達が着用するユニフォームは、凝ったデザインの魅力的なメイド服。


 ディーノに挨拶した少女も給仕担当のひとりらしい。

 栗色の髪を三つ編みにした、顔立ちが端麗な美しい少女だ。

 年齢はディーノより少し上……17歳か、18歳くらいか。


 だが、ディーノは少女の顔に見覚えがない。

 以前父と一緒に通った時には居なかった。


 多分、ディーノが王都に不在の間、この飛竜亭に勤め出したのであろう。

 素敵な彼女の笑顔がまぶしくて……思わずディーノは尋ねてしまう。


「ええっと、貴女は?」


「はい! この店の給仕担当でニーナと申します。お客様は、お食事です……よね?」


 ディーノに問われ、名乗った少女――ニーナは可愛らしく首を傾げたのであった。

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