第13話「未来への選択肢」

「昨夜はやばかったなぁ……山賊が襲って来た上、怖ろしい魔獣らしき咆哮まで聞こえたぞ」


「本当に……すんません、俺、お役に立てなくて」


「いやいや! 山賊は正体不明の魔獣に吠えられて逃げ出したし、幸い魔獣もこちらへ襲って来なかった。ディーノも含め全員怪我や被害がなくて、本当に良かった」


商隊3台の馬車のうち、先頭の馬車の御者台にブノワとディーノが並んで座っていた。

ふたりは昨夜起こった『騒動』の話をしていたのだ。


ケルベロスが気配を察し、指摘したように……

商隊がキャンプをしている場所から、さほど遠くない地点にまで、山賊の小隊が迫っていたのである。


足音を忍ばせ、こっそり近付いて来た山賊どもの中へ、ケルベロスがいきなり踊り込み、大きく咆哮し、威嚇いかくした。


仰天した山賊どもは大混乱。

散り散りになって、ほうほうのていで逃げ出したのである。


当然、騒ぎは商隊のキャンプにも伝わった。

護衛担当の冒険者達がすわ一大事と守りに入ったが、

「大山鳴動して鼠一匹」という結果になった。


結局、山賊どもの襲撃は失敗し未遂となる。

商隊のメンバーの怪我人は皆無、積み荷等の被害もゼロ。

加えていえば、襲撃を企てた山賊どもも、

ディーノの指示を守ったケルベロスが深追いしなかったので、無傷であった。


だが……ここで疑問に思う方も居るだろう。

強大な力を得たのに、ディーノは何故、直接戦わないのかと。


もしも聞かれたら、彼はこう答えるだろう。

まだまだ早いと。


ここへ来るまでにディーノの身にはいろいろな事があったし、起こった。

確かに数多の新しい力は得た。

しかし昨夜実践するには条件が悪すぎた。

準備も整ってはいない。


もう少し、じっくりと得た力を見極めたい。

その上で、地道に鍛錬したいと思ったのだ。


格言にある。

能ある鷹は爪を隠すと。

まだまだ自分の力を派手に披露する時ではない。


召喚したケルベロスが上手く制御コントロール出来た事、

ケルベロスを使えば、傭兵崩れの山賊10人などものの数ではない事。

それだけが分かっただけでも、慎重なディーノは「良し!」としたのだ。


とその時。


「なあ、ディーノは王都に着いたらどうする?」


つらつらと考えるディーノへブノワが尋ねて来た。

この質問はいずれ来ると予感していた。

なのでディーノは躊躇なく答える。


「冒険者ギルドへ行きます」


「冒険者ギルド……」


「ええ、とりあえずギルドで登録して、冒険者になろうと考えています」


「うむ、冒険者か……」


何となくブノワが次に告げる言葉もディーノには予想がついていた。


「ならば……商人は選択肢にはないのか?」


やはり、そうだ。

ブノワは真面目なディーノに対して好意的だ。

労を惜しまず、懸命に働く事も気に入っているらしい。

良かったら一緒に働こうと暗に誘われた事もある。


しかし……

ここで曖昧あいまいにするのは良くない。


「興味はあります。だから、いずれは商人になるかもしれませんし、冒険者をやりながら、商人を兼業するのは多分間違いありません」


「う~ん、冒険者と兼業か……」


ディーノの答えを聞いて、ブノワは残念そうである。


ここでちゃんと理由を言わないとディーノはまずいと思った。

だからはっきりと言う。


「ブノワさん、明確な理由はあります!」


「む、明確な理由?」


「ええ、俺はもっともっと強くならないと……今の実力のままでは何かあった時、戦えません。抵抗さえ出来ません。大切な人が現れても守りきれません」


「成る程……大切な人って女性か?」


「はい! いずれどこかで巡り合う想い人です!」


「うん……いずれどこかで巡り合う想い人の為に強くなるのかぁ……正論だな」


力を得た事は明かしてはいない。

だがディーノが述べた理由を聞き、フォルスでの彼の日常を知るブノワは納得してくれたようである。

気を良くしたディーノは、更に話を続ける。


「ええ、俺はろくに魔法も使えませんし、剣技もほんのちょっとかじったくらいですから……このままでは駄目なんです」


「ふむ」


「なので、冒険者になって鍛え抜きます! 何事にも動じない度胸をつけて、実戦経験も積みたいんです!」


再びきっぱりと言い切ったディーノ。

対して、ブノワは何か考え込んでいる。

そして、何かを聞きたそうに呼びかける。


「おい、ディーノ」


「は、はい?」


「話は変わるが……」


「は?」


「お前の大切な人ってもしかして……」


「???」


「ステファニー様か?」


遂に! 出てしまった!

あの『悪魔』の名が!

消しさりたい『暗黒歴史』を作った張本人の名が!


当然ながら、ディーノは断固否定する。

首をぶんぶん横に振った。


「ち、違います! 絶対に! 100%違います!」


ディーノは否定した。

しかし、ブノワは首を傾げる。

何か思い当たる事がありそうだ。


「100%違う? おかしいなぁ……俺が思うに、あの子はディーノに大変な好意を持っていると思ったが……実はお前が大好きだと本人から内緒で聞いた気もするぞ」


「だ、断じて違いますっ! それにステファニー様とは身分だって違いすぎます! 良く考えてください! 貴族と平民ですよっ! 単なる主従関係ですよっ!」


「そうか? 確かに身分は違いすぎるし、主従関係だが……ステファニー様曰はく、仲の良い幼馴染同士だそうだし、お前とはお似合いだと思ったけど……」


「はぁ? 仲の良い!? お似合いっ!?」


どうやら……

ブノワはディーノとステファニーとの間柄を大いに誤解しているようだ。

 

ディーノは一瞬寒気が走る。

否、激しい悪寒が全身を襲って来た。


あらぬ想像をしたのだ。

ステファニーが自分を追いかけて、王都へ来るというおぞましい想像を……


ヤバイ!

とディーノは思った。


火のない所に煙は立たぬというではないか。

ブノワが口を滑らせて、そんな噂が広まって欲しくない!

万が一なんて想像もしたくない!


怯えるディーノの血相が完全に変わった。


「ブノワさん、やめてください! そんな話、けして他所よそでしないでください! 余計な事は言わないと誓ってくださいっ! 約束ですよっ!」


「わ、分かった!」


いつにないディーノの迫力にブノワは気圧されたようになった。

しかしディーノはきっぱりと言い放つ。


「俺の大事な人、想い人の女性はこれから探すんです!」


「そ、そうか」


「そうです! 俺の想い人は断じてステファニー様ではありません! そんな選択肢は絶対にありません! これから起こる素敵な出会いに期待しているんですっ!」


「わ、分かった! 誓うよ、他言しないと約束する……」


「必ずですよっ!」


馬車から落ちそうになるくらい熱く語ったディーノ。

そんなディーノを、ブノワは呆然と見つめていたのである。

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