第15話「飛竜亭①」

ニーナと話すディーノの腹が突然「ぐう」と鳴った。

気が付けば……結構腹が減っていた。


「やっちまった」と、バツが悪そうに頭を掻くディーノを見て、ニーナがくすりと笑った。


「えっと!」


場の雰囲気を、何とか誤魔化した……

否、変えたいディーノは改めて相手の名前を確かめた。


「あ、あの、貴女は、ニ、ニーナさんって、お名前なんですか?」


「はい」


「な、な、何度も聞いてすみません。あ、改めまして。俺はディーノといいます。よ、宜しくお願い致します」


美しく可憐なニーナを目の当たりに見て、ディーノは胸が高鳴り、何度も言葉を噛んでしまった。


そんなディーノを見て、ニーナは柔らかく微笑む。


「うふふ、ディーノさんですか、こちらこそ宜しくお願いします」


「ニーナさん」


「何でしょう?」


「俺、この店、久しぶりに来たんです」


「久しぶりなのですか?」


「ええ、2年かな、いや、この店に来なくなってからだから、3年ぶりくらいですね」


「3年ですか……それは確かに久しぶりですね」


ニーナは相変わらず柔らかく優しい笑顔を向けて来る。

とても癒される。

何かにつけてガンガン、悪鬼のように怒るステファニーとは大違いだ。


「はい、以前は父と良くこの飛竜亭へ来て、メシ食いました。店主のガストンさんにも良くして貰いました」


「ガストン爺に?」


「はい、俺、今まで南の町フォルスに居たんです。でも幼い頃母が死に、先日父が死んでひとりぼっちに、天涯孤独になったので、それを機会に故郷でやり直そう、頑張ろうって思い、王都へ戻って来たんです」


「…………」


ディーノが身の上を話すと……

何故かニーナは黙り込んでしまった。


何か、まずい事を言ったのか?

いや、客とはいえ、いきなり馴れ馴れしかった……か。


仕方なくというか、ディーノはニーナに対し、本来するべきお願いをした。


「えっと……ニーナさん、空いている席へ案内して貰えますか」


「…………」


ディーノは「おそるおそる」という感じでお願いすると、

ニーナは無言で頷き、いざなうように歩き出した。


『場』の空気が凍り、固まるのをディーノは感じる。


何か……腹が鳴った以上にきまずい……

深く後悔したディーノも同じく、黙って付いて行く。


……ディーノは予想した通り、カウンター席の端へ案内された。

その間、ニーナはひと言も喋らない。

相変わらず無言のまま、椅子をゆっくりと引いてくれた。

「座ってください」という意思表示なのだろう。


仕方がない。

飛竜亭へ来るのはしばらく差し控えよう。

ニーナに会っても淡々としていよう。


ディーノが決意した、その時。

ぽつりと、ニーナが呟く。


「私も……です」


「え?」


「私も……ひとりぼっちなんです」


「な!?」


いきなり話しかけられ……

情けない事にディーノはまともな言葉を戻せない。


そんなディーノへ、ニーナは優しく微笑む。


「ディーノさん、後で、いろいろお話しても良いですか?」


「は、はいっ! か、構いません!」


どんよりと曇っていた空に、いきなりひと筋の光が射した。

歓びの気分に満ちたディーノは、噛みながらも大きな声で返事をしていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


やがてニーナの手により、料理と飲み物が運ばれて来た。

父と来た時には、ディーノお好みのいつも頼む定食だ。


食べるのはニーナに告げた通りの時間……3年ぶりである。

味は……全く変わっていなかった。


美味い!

凄く美味い!


夢中になって食べていると、誰かが近付いて来る。

この気配は……ニーナだ。

ニーナがこちらへやって来る。


やはり、右手中指にに装着したルイ・サレオンの魔法指輪が原因だろうか。

五感が、否、五感以上に気配を読み取る力が感じられる。

それも先日、山賊の襲撃を感じた時よりも、遥かにはっきりとニーナの気配が感じられたのだ。


「うふふっ、美味しそうに食べますね、あ、ごめんなさい、お食事の邪魔をして」


「はは、構いません」


と、ディーノは笑い、続けて言う。


「実は大好物なんです、この定食」


「そうなんですか?」


「はい! 飛竜亭に来るとホントこればっかり、子供の頃から、この定食のみです」


「あはっ、それ凄いですね。でもウチは他の料理も、凄く美味しいですよ」


「ご尤もなんですけど……つい、この定食を」


「うふふ、そういう事ありますよね?」


他愛もない会話であったが……

これで完全にディーノとニーナは打ち解けた。


「さっきの話……」


「え?」


「私……孤児なんです」


「孤児……」 


「だから、ディーノさんと同じひとりぼっち……寂しいけど、お店の人には良くして頂いていますから、頑張っています」


「…………」


「いやだ! 何言ってるのかしら、私……」


「……頑張っているニーナさんは、凄く素敵ですよ」


「え?」


「貴女はまぶしいくらいに輝いています」


「…………」


「天涯孤独の俺に……元気をくれましたから」


「…………」


「ありがとうございます」


「そんな! こちらこそありがとうございます」


 お礼を言い合い、ディーノとニーナは顔を見合わせる。

 なんとなく可笑しくなり、


「あはは」

「うふふ」


と、ふたりが笑い合ったその時。


「お~い、ニーナ、わざわざ来てやったぞぉ!」

「俺達全員に、おっぱいとケツくらい触らせろや!」


店内に大きな声が響き、どやどやと、冒険者風の男達4人が入って来た。


ニーナが身体を硬くし、ディーノの心へ彼女の怯えの波動が伝わって来る。


「お! 居た、居た」


冒険のひとりが、ディーノと話していたニーナを目ざとく見つけた。

すると全員で駆け寄り、ディーノとニーナを取り囲んだ。


ただならぬ雰囲気が漂う。

このまま何も起きないわけがなかった。


だが、ディーノは止めに入った。


「あの、彼女はひどく怖がっていますし、店にも迷惑だから、やめて貰えませんか?」


「うるせ~! くそガキ、邪魔だ」

「さっさと、どけ!」

「目ざわりなんだよ!」

「人の恋路を邪魔すると、ぶっ殺すぞ!」


ルサージュ家へ仕える前のディーノなら、大人の男達の脅しを聞き、怯え震えあがっていただろう。

更に男達の人相は悪い。

凶悪で冷酷そうだと言い切っていい。


しかし……

ディーノはまるで怖くなかった。

何故? と考え、すぐに理由が分かった。


理由その1、ケルベロス。

冥界の魔獣に比べれば、こいつらは所詮同じ人間。

怖いと思うわけがない。


理由その2、ステファニー。

男達が「殺す」と言っても、単なる脅しにしか聞こえない。

しかし、あのステファニーが「ぶっ殺す」といえば、

本当に殺されるかと身体が震えすくむ。

実際、半殺しにされて死にかけたし……

だから、こんなおっさん連中は怖くない!


ステファニーの悪鬼のような怒り顔を思い出し……

ディーノは思わず「くすり」と笑った。


「てめぇっ! 何が可笑しい? 舐めるんじゃねぇっ!」


冒険者のひとりが激高した。

どうやら自分が笑われたと思ったらしい。


どぐわっしゃ!


激高した冒険者のひとりは、いきなり拳をふるい、ディーノの顔面へ叩き込む。

重く鈍い音がし、パンチを受けたディーノは、吹っ飛んでしまったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る