第2話「不当解雇!? 追放!」

ある日、ディーノにとって辛く悲しい出来事があった。

父クレメンテが死んだのだ。


依頼の最中に負った大怪我を何とか治し、恩義あるルサージュ家へ仕えていたクレメンテであったが……

古傷が悪化し、それが原因なのか、体調と体力が著しく落ちていた。

王都ガニアンから遥か南方のフォルスまで旅をしたのが、傷にこたえたのかもしれなかった。


クレメンテの葬式が終わった翌日の夜……

 

父との永遠の別離が心に満ち、必死に悲しみをこらえていたディーノは、

突如、あるじのルサージュ辺境伯から呼ばれた。


辺境伯となった後、ステファニー専属の従者となり……

当主ルサージュからは直接呼ばれる事は滅多になかったディーノは、主の書斎へ訝し気な表情をして入って来た。


ルサージュは椅子を勧め、ディーノを座らせると、

おもむろに話を始めた。


「ディーノ」


「は、はい」


「亡くなったお前の父には気の毒な事をした。今更だが、クレメンテを住み慣れた王都へ帰してやれば良かったと後悔している」


「お、お気遣い頂きありがとうございます」


「ふむ……」


「…………」


「…………」


しばし沈黙が部屋を支配する。


……ルサージュは中々用件を切り出さない。

ディーノは期待と不安が入り混じる。


やがて、ルサージュは重くなった口を開いた。


「言い難いが……結論から言おう」


この切り出し方でディーノには分かった。

凄く嫌な話なのだと。


「ディーノ、お前にはこの城館を出て行って欲しい」


「…………」


「いや、誤解しないで欲しい。お前が嫌いだからという話ではない。……むしろ逆だ」


お前が嫌いだからという話ではない?

……むしろ逆?


ディーノは一瞬戸惑い、混乱した。

城館を追い出されるのは、他に何か特別な理由があるのだと気付いたからだ。


「実はな、我が娘ステファニーが幼馴染おさななじみのお前を好きだ申しておる」


「は? 幼馴染!?」


ディーノは思わずポカンとしてしまった。


あの猛女が?

自分なんかと!?

それも俺と幼馴染だって?

 

違う!

絶対に違う!

たった4年間、仕えただけだろ?

それも奴隷のようにこき使われ、靴を舐めさせられた上、逆らえば容赦ないグーパンチだ!


勝手に幼馴染を自称しやがって!

人間の温かみなんて!

あの子には皆無だ!

 

加えて、俺の事が好き!?

じょ、冗談じゃない!


ディーノの反応は傍から見て、顔に出ており、まる分かりだったようだ。

苦笑するルサージュ。


「おいおい、そんな顔をするな」


「…………」


「ステファニーがお前に対し、日ごろきつくあたっていたのは私も知っている」


「…………」


いやいや……きついってレベルじゃね~から!


心の中で、ディーノは即座に否定した。

思わず実際に、首を横にぶんぶん振りそうになる。


「ふむ……ところでな、ステファニーは16歳になり、大人扱いされ、急に結婚を意識し出したようなのだ」


ルサージュの持ちだしたステファニーの話を聞き、ディーノは首を傾げる。

何とか言葉を戻す。


「そ、そ、それは分かりますが……でも何故そのお話を? 従者の私にはお嬢様のご結婚など全く関係ないのでは?」


確かにピオニエ王国では、満16歳になれば結婚する事が可能だ。

しかし何故かディーノの質問には答えず、ルサージュは話を続ける。


「可哀そうに……ステファニーは王都ガニアンから遥か南の、この地フォルスへ移り、親しかった友人達とも離れ、寂しさが増したようだ。美しく健康的な娘だったのに、日々やつれて行くのが父親の私にも分かる」


「はぁ……」


あの子が寂しがっている?

日々やつれて行く?

可哀そう?

全然そうは……見えないが……


ルサージュ様って、何という親バカだ。

 

と、ディーノは思う。

いらいらして、心の中で呟く言葉がどんどん汚くなって来る。


しかしルサージュは「しれっ」と一方的に話を進めて行く。


「だが、一緒に育った幼馴染のお前が居てくれて、くじけず、とても心強かったと申しておる」


「…………」


……それは、あいつが俺を欲求不満のはけ口にしただけだろ!

 

とディーノは思ったが、そんな事を口に出せるはずはない。

心の中で呟くしかない。


「お前と同じくステファニーには母が居ない。なのにめげずに頑張るお前が励みになったとも申しておる」


「…………」


めげずに頑張る俺?

あいつにお仕置きされるのが嫌で嫌で、やむなく頑張ってただけだ!


心の中で嘆くディーノへ、ルサージュから衝撃の発言が!


「ステファニーはな、お前が好きになって、遂には恋してしまったと言うのだ」


「はぁ!? こ、恋ぃぃ!?」


げええ!

んな、バカな!

俺が好き!?

マジなのかよ!


恋?

いや! ありえないっ!

絶対に!! 300%可能性なしだって!

ふざけてるだろ!! それぇ!? 


「それどころか、あの子は言った」


「な、何をおっしゃったのですか? ス、ステファニー様は」


「ディーノ、お前を私のモノにしたい……完全に支配したい、そう言った。はっきりとな」


「はあ!? か、完全に!? し、し、支配ぃぃ!? そ、それって!?」


「まあ、ほんの少し行き過ぎだが、愛情表現の範疇はんちゅうだろう?」


いやいや!

『支配』は、愛情表現じゃないって!

怖すぎるぞ、それぇ!!


「だが不思議だ。……どこにでもある平凡な容姿で魔法もあまり使えない。腕っぷしだって強くないお前に何故、絶世の美少女ステファニーが惚れたのかは『謎』だな」


「…………」


『謎』って何だ?

俺にだって分からねぇよ!


あいつが俺を好きになった理由なんか、知りたくも分かりたくもない!

まあ……たま~に優しくしてくれた時は、ほんのちょっぴりだけ嬉しかったけどさ……


「だが色は思案のほかたで食う虫も好き好きというではないか」


「…………」


たで食う虫?

失礼な!

 

さえないのは確かに自覚しているけど……

その言い方って……ないだろ!

俺は、最低のゲテモノ野郎かよ!


憤るディーノへ、更にルサージュから衝撃の言葉が告げられる。


「ここからが本題だ、良く聞け、ディーノ」


「は、はぁ……」


「ステファニーは単にお前が好きとか支配したいというだけではない。今すぐに結婚したいとまでせがまれた」


「はぁ!? け、け、結婚んん!!?? い、い、今!? す、すぐに!! けけけけ、結婚!!!」


「ディーノ、さすがにびっくりしたのか? そうだろうな」


びっくりどころか!


じょ、じょ、冗談じゃない!!

け、け、け、結婚なんて!!


この地獄のような日々が一生続くなんて!!

完全に支配されるなんて!!

絶対に嫌だあ~~!!!


い、いや、ステファニーの事だ。

もしも俺が死んだら、死霊術師へ頼んでゾンビにして、身体が腐ってなくなるまで、目一杯こきつかうに決まってる!!


「あうあうあう……」


「いじめるのはな、大好きの裏返しだと私にも分かるぞ」


いや、いじめじゃないだろ!

「男子が大好きな女子へ意地悪する」とかと、俺への『いびり』は全然違うから!


そもそも!

一歩間違えば、いじめは犯罪なんだ!


ステファニーの行為は、『いじめ』って言葉とは……違うだろ!

絶対に!

断じて違う!


俺のはもろ、完全に虐待で犯罪だからあ!!!


「…………」


「あの子はお前の我慢強く優しいところがとても好きだそうだ。それが理由で結婚したいとまで申しておるのだ」


「そ、そ、そんな馬鹿なぁ!」


ステファニーが自分に好意を持つと聞いてでも、ディーノは全く信じられなかった。


「うむ、確かに馬鹿な話だ。常識的には考えられん、完全に想定外だ」


「は、はぁ……」


「もう一度言おう。私はな、ディーノ。お前の事は嫌いではない。世話になったクレメンテの息子という愛着もある」


「は、はい……」


「だがな、ステファニーは上級貴族の娘、お前はしがない平民且つ使用人、いくら可愛い娘の願い事とはいえ、そのまま通すわけにはいかぬ。ルサージュ家の跡取り娘と使用人のお前を結婚させるわけにはいかぬのだ!」


「…………」


「かといって、お前との結婚は駄目だと告げれば、あの子は猛反発するだろう」


「…………」


「なので、断腸の思いだが……ステファニーを刺激せぬよう、お前が父の死をきっかけにして、一身上の都合により従者を辞し、出て行くという形を取りたい」


「え? えええっ!? お、お、俺、い、いえ私が!? で、出て行くのですか?」


「そうだ! この城館を出て行ってくれ! いや、フォルスからずっと遠くへ行ってくれ!」


「……………」


「しかし! 念の為に言っておく。放り出すのではないぞ、あくまで円満退職えんまんたいしょくだ。証拠に退職金、そして新たな生活を始める為の支度金したくきんは弾むからな!」


「円満退職……退職金に支度金……を、わ、私が! い、頂けるのですか!?」


「そうだ、ディーノ! お前が路頭に迷わぬよう、当座の暮らしに困らぬよう、たっぷり払おう!」


「……………」


「あれ、嬉しいのか? ディーノ」


「い、いえっ! う、嬉しくなんかありません! すっごく悲しいですっ!」


あざっ~す!

ルサージュ様、大感謝っす! 

本当にあざっ~す!

スーパーラッキーチャンスを頂きありがとうございまっす!!

これでようやく最底辺から、脱出が出来ま~す!!


とばかり、思わず顔がほころんだディーノであったが……

大慌てで顔を思い切りしかめ、うつむいた。


そんなディーノを見て、ルサージュは納得して言い放つ。


「うむ! そうだろう、そうだろう! だがすまぬ! そんなに悲しい顔をするな! 私も悲しいのだ! だから頼む、ディーノ。目立たぬよう明日の朝早く、出て行ってくれ。お前が出発する段取りはラバン商会のブノワ・アングラードへ頼んである」


ルサージュから見れば、ディーノは追放されるショックで落ち込んでいるとしか見えないだろう。


しかし……

うつむいたまま、ディーノは感動と喜びに満ち溢れ、全身を震わせていた。


改めて実感!!

や、やったぞお!!

 

た、大金貰って、追放って……ス、ステファニーとこれで!

堂々とあの子と『さよならバイバイ』だ! 

 

きっぱりと、おさらば出来るぅぅ!!

追放? 全然ネガティブじゃないぞお!! 追放大歓迎だぁ!!


一方的な解雇と追放を言い渡され、表向きは沈痛な顔付きのディーノであったが……

実は内心、渡りに船!!

という『浮き浮きアゲアゲ気分』だったのである。

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