第3話「ざまあの置手紙・絶縁宣言……にはなりそうもない!」
翌朝4時……
まだ太陽は東の空へ登り切ってはいない。
昨夜のうちに、退職金、新生活支度金等々の手当てを受け取ったディ―ノは冒険者の出で立ちをした。
ルサージュの協力もあり、ステファニーにばれないよう城館を抜け出し、
商業用の貨物馬車へ、こっそりと乗り込んでいた。
多くの貨物を積み込んだ馬車は、王都ガニアンに在るラバンという商会から南方への商取引を委託されたものだ。
南方から王都へ戻る途中で、このフォルスへ立ち寄った。
段取りを組んだという領主ルサージュの口利きでこの馬車へ乗り、ディーノは王都へ向かうのだ。
幌で囲まれた馬車の荷台で膝を抱えて座りながら……
ディーノは物思いに
意外であった。
ディーノをまるで人間扱いせず、家畜のようにこき使い、口汚く罵る猛女ステファニーが、よりによって俺と結婚したい!?
そして俺を完全に『支配』するだとぉ!!
非道な行為は大好きの裏返し!?
何じゃ、そりゃ!
ふ・ざ・け・る・なっ!!
親馬鹿のルサージュ様が言うのも一理あって、
あの子は、心は鬼畜で外道だが……
『顔とスタイルだけ』は良くて、『可愛いくて凛々しい』
だから……
逆らう事などは全く考えなかった……
それにもまして、マスターレベルに近い剣技と格闘術も覚えたステファニーには、
喧嘩しても絶対に敵わない。
いつか目撃したゴブリンのように粉みじんにされるのがオチだ。
そう言えば、ステファニーを襲って来た人間の女子に目がない肉欲本能の塊みたいなオークも哀れな末路をたどったっけ……
たくましい筋骨隆々のオークが一方的にぼこぼこ殴られ、顔がいびつに変形した挙句、剣で切り刻まれ……
「オークスライス肉処分、グラムが銅貨1枚叩き売り」
みたいにされた事も忘れられない……
その後、同じくオークをギタギタに惨殺した、腹心の副従士長ロクサーヌ・バルトとともに凱歌を上げていたなあ……
忍耐強く温厚なディーノは、表面上冷静を装ってはいたが……
従者として凶悪令嬢ステファニーに仕えたまま大人になり、己の人生は枯れ木のように朽ちて行くのかという悩みが……
積もり積もったストレスと共に、心の中にはよどみ重くたまっていたのだ。
しかし長年、父と共に世話になったルサージュ家から、
自分勝手に出て行くわけにはいかない。
ずっと悩んでいたそんな心の葛藤が……昨夜一気に解決された。
主家に全く角を立てず、それも結構な『手切れ金』まで貰い、
当主ルサージュ様からは、感謝され出て行く事が出来るのだ。
『恩知らず』にならなくて済むのだ。
敬愛した父の死は確かに悲しい。
だが、新たな人生を踏み出す丁度良いタイミングだといえるだろう。
ちなみにディーノが着ている革鎧は、父が冒険者時代に愛用していたもの、いわば形見である。
そんなこんなで、やがて……
出発の時間が来た。
フォルスの正門が左右に大きく開けられる。
と、同時に馬車もゆっくりと走り出した。
ディーノは徐々に実感する。
かつて父クレメンテが自分と同じくらいの年に王都へ出て冒険者になったように……
自分も淡く、しかし大きな夢を持ち、王都へ旅立つ。
父と同じ冒険者になるのか。それとも……
「あれ?」
ここでふと、ディーノは思い出した。
何か大事な事を忘れている気がしてならない。
実は先ほどまでさんざん悩んでいたのに……
フォルスから旅立つディーノは、ステファニーが、
「自分が居なくなってどう思うか」等をすっかり忘れていたのだ。
しばし考えて、ようやく懸念事項を思い出した。
「ま、いっか。ステファニー様は俺の事なんて忘れるだろうし、大勢に影響はないだろ」
もう細かい事を気にしなくても良い。
そう考えると、ディーノの気分は晴れやかに軽やかになって行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ステファニーに悟られないよう、
ディーノが辺境の町フォルスをこっそり出発して、2時間後……
「パパ~っ! パパぁ~っ!」
ルサージュ家の城館内にまたもステファニーの大声が響いていた。
「おお、朝早くからどうした、ステファニー」
「朝早くからどうしたじゃないわ! 大事件なのよっ! ディーノが、ディーノが!」
「ディーノがどうしたね?」
「どこにも居ないのよっ! 彼の部屋はからっぽだわっ! な~んにもないの! 彼のお父さんが亡くなって可哀そうだから、たまには優しく慰めてあげようと思ったのにいっ!」
「聞きなさい、ステファニー」
「何よ! 何よ! パパ!! 今私はそれどころじゃないの! つまんないお説教なら後にしてよぉ!」
「これを……ディーノから預かった」
ルサージュが差し出したのは手紙のようである。
訝し気な表情のステファニーが受け取り、表を見れば……
『ステファニー様』と記してあった。
「…………」
……何だか、嫌な予感がする。
ステファニーの顔付きが一気に険しくなった。
ルサージュは視線を合わそうとせず、愛娘へ手紙だけを渡そうとする。
「構わないから、封を開けて読んでみなさい」
「…………」
手紙を父から受け取ったステファニーは歯を思い切り噛み締めた。
そんなステファニーへ父は「しれっ」とひと言。
「ディーノは出て行ったよ。……今朝早く」
「何故!」
「一身上の都合だと言っていた」
「嘘!」
「ふむ……よほど父の死がよほどショックだったのだろう。思い出のあるこの地を離れ、思い切って他の場所でやり直したいと言っていた」
「嘘だわ、大ウソ! パパが嘘を吐く時は分かるの、私とけして目を合わさないから!」
さすがは我が愛娘……完全に見抜かれてる。
ルサージュはわずかに親バカの感情が湧き上がり、再び目をそらした。
このような時は、沈黙が金。
ノーコメントに限る、そう考えたのだ。
「…………」
しかし……
ステファニーはすぐ原因が思い当たったようである。
「あ~っ! 分かったぁ!! 分かったぞぉ~~!!!」
「…………」
「パパ!」
「な、何だ?」
「私がディーノと結婚したいと言ったからでしょ?」
「…………」
「図星ねっ! 私からディーノを無理やり遠ざけたのねっ!」
「聞き分けなさい、ステファニー。貴族のお前と平民のディーノを結婚させるわけにはいかない」
父の言葉もろくに聞かず……
ステファニーは手紙の封をもどかしげに破り、中身を取り出した。
取り出した一片の紙を食入るように読み耽る。
……それはディーノから送られた『絶縁』の手紙であった。
麗しきステファニー・ルサージュ様
これまで亡き父と共に大変お世話になりました。
改めて御礼を申し上げます。
急な話で恐縮ですが、この度勝手ながら、一身上の都合でお暇を取らせて頂きます。
ステファニー様がこの手紙を読む頃、私はもうこの世には居ない……じゃなかった、
フォルスには居ないでしょう。
そして誠に嬉しく……
否! とてもとても寂しくはございますが、ステファニー様とは、
二度と会う事もないでしょう。
ステファニー様へ、これ以上お仕えする事が叶わずにとても残念ですが、
私は新たな人生を踏み出す為の旅へ、とうとう出発したのです。
長く困難な旅となるでしょうが、今の私は希望に満ち溢れております。
何故なら、この広い世界のどこかで私を待つ、愛しい『想い人』を探す人生の旅となるからです。
『想い人』に出会える期待と共に、自分が果たして何者なのか、
または何者となるのかを自由に夢見て考え、思い通りに行動しようと思います。
人生は出会いと別れの連続といいますが、私がルサージュ様とステファニー様に出会った事はまさに言い得て妙でしょう。
王都の片隅でひっそりと生きていた亡き父と私が、偶然おふたりと出会った事がご縁となり、大勢の皆様と知り合い、深い心の絆を結び別れるのですから。
これからの人生、私は必ず幸せになれると信じ、精一杯頑張ります。
同時に、ステファニー様のお幸せも遠い空の下からお祈り致しております。
では……失礼させて頂きます。
ディーノ・ジェラルディ
ところどころ歓喜の感情が伝わって来るディーノの手紙……
読み終えたテファニーは、手紙を「ぐしゃっ!」と思い切り握り潰し、目が大きく吊り上がり、完全に憤怒の表情となった。
「な、何よお! この『ざまぁ!』な手紙はっ!! ディーノの奴! 愛しい想い人を探しに行くって、一体何なのよぉっ!!! ありえないわっ!!!」
「…………」
「何ほざいてるの!? あいつの『想い人』は、もうここに居るわっ!」
「…………」
「ディーノ・ジェラルディの想い人は私なのよっ!」
「…………」
「
「…………」
「ステファニー・ルサージュしか居ないじゃないのよぉっ!!!」
猛り狂うステファニーは、まるで飢えた
「パパ! さっきから安っぽい置物みたいに黙ってないで!」
「う、うぐ!」
殺気のこもった愛娘の眼差しにルサージュは身も心もすくむ。
少しだけ……ディーノの気持ちが理解出来る気がした。
否、「しまったあ!」と後悔しているのが正直な気持ちだ。
何とか保たれていた平和が、ディーノを失って壊れる、そんな気がするのだ。
そう!
もしもディーノを呼び戻さなければ、激怒し大暴れした愛娘ステファニーが、この城館を壊滅させるかもしれないからだ。
「もう一度聞くわっ! パパは! ディーノに!……もの凄~く余計な事を言ったでしょ?」
「い、い、言ってない!」
「嘘!」
「…………」
「黙って誤魔化そうとしたって駄目よ! 絶対に駄目だからねっ! 私の居ないところで、ディーノへ何を話してどうしたのか、はっきりと白状して貰いますっ!」
「…………」
「この際だから、はっきりと言っておくわ、パパ!」
「…………」
「私とディーノは運命の出会いをしたのよっ! だから! 私は絶対にディーノを諦めないっ! 地獄の果てまで追っかけて、必ず連れ戻してやるっ!! 身も心も完全に『支配』してやるわあっ!!」
悪鬼のように怒れる愛娘ステファニーが怖くなり、またも目をそらせながら……
亡き悪妻……じゃなかった可愛い愛妻にとても似て来た……
まるで『生き写し』だと実感する父ルサージュであったのだ。
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