第34話 師弟激突
「では先生、始めましょう。先手は譲ります。いつでもどうぞ」
「教え子に譲られるほど落ちぶれていない。そっちこそ、いつでもかかってきなさい。叩きのめす結末に変わりはない」
天下と鋏、両者ともに先手を譲る。
天下は魔界の番人としての自負から、鋏は腐っても年上、復讐に燃えていようが冷静な部分がある。
「そこまで言われては仕方ないですね。行きますよ先生、一発で終わるなんて無様な姿は見せないでくださいよ。〈光線〉」
小手調べとばかりに天下は〈光線〉魔法で牽制する。一本の光の筋が鋏を瞬時に捉える。
シュン、と音を立てて〈光線〉魔法が鋏の手前で消え去る。鋏はどうやら先手を譲ると言いながら、防御魔法を先頭開始前から展開していた。
「うっわ、先に魔法を使っていましたか。自信満々なのは、事前準備のおかげですか?」
「先手は譲ると言ったが、魔法の発動まで譲ってないさ。それに魔法はこの空間に来る前から使っていた」
天下は鋏を責めることはない。事前に魔法を仕込むのは当たり前の戦術。卑怯でもなんでもない。
「この程度は予想済みであろう」
「当たり前です。俺だって仕込み魔法の一つや二つや百や二百は常に準備してますもん」
「ちっ、相変わらず化け物だな。一般の魔法使いは十もこさえたら立派だと言うのに」
「どういたしましーー」
「〈獄炎〉」
鋏の魔法が発動し天下を中心に炎の海に様変わりする。呑気な会話に見せかけて着々と魔法の準備を進める。一流の魔法使いなら普段の動作の中に隠すのは朝飯前の芸当だ。
「あっぶねぇな」
一瞬で辺り一面が炎の海になろうと天下にダメージはない。魔法が発動する前に感知し、〈獄炎〉が発生する前には空に逃げていた。
言葉とは裏腹に余裕の態度は崩れていない。
「暑いんだよ、〈氷獄〉」
〈獄炎〉が炎の海を作り出す魔法なら〈氷獄〉は雪と氷を作り出す魔法。天下の魔法によって灼熱の地獄は一瞬にして極寒の大地へと変貌する。
炎で溶けていた地面は雪が積もって見えなくなる。ついでに天下の目から鋏の姿も見えなくなる。
天下の魔法に合わせて姿をくらませた。
「さて、どうすっかな。小手調べとはいえ、昔の先生なら一瞬で氷漬けにする威力はあったはずだ。強くなったというのは伊達じゃなさそうだ」
天下に限らず、強者というのは最初から本気を出さない。本気を出して一撃で終わればつまらない。相手を正確に見極めるためにも、弱い攻撃から順々に強くしていく。
慢心と言い換えてもいい。
「復讐ね。復讐になんの意味があるのか、俺にはわからないよ」
天下は復讐について考える。天下自身は復讐したいと思ったことはない。復讐を成し遂げたとして、何を得られるかもわからない。
復讐を考えるくらいなら、もっと他の努力をしたらいいと思う。天下が感じるのは嫉妬だけ。最強の幼馴染みを羨むことはあっても、自分が強くなって叩きのめしたいとは思わない。
いつだって目標は隣に立つこと。
「星夜も復讐したいと思ってたり、するのかな」
星夜は魔法の実験体にされた過去がある。復讐心を育てるには十分な不幸体験だ。仮に星夜が復讐したいと言ってきたら、天下はどう答えるだろうか。
「考えても無駄だな。その時になってから考えーー」
「戦闘中に考え事とは随分と余裕だな」
天下を四方八方から〈光線〉の魔法が襲う。一撃一撃がドラゴンを瞬殺する威力が秘められており、天下も直撃したらただでは済まない。
鋏の姿は見えず、届くのは声だけ。
「〈光線〉魔法を物体に閉じ込めて、遠隔系の魔法と遅延系の魔法を組み合わせて操作しているのですか?」
「正解だよ。さすがは魔界の番人、分析はお手の物だな」
「分析「は」じゃなくて、分析「も」ですよ」
遠く離れた位置に天下を囲うように黒い物体が浮遊している。物体からは適宜魔法が放たれ天下を襲う。
所詮は〈光線〉魔法。防御していれば当たっても無傷。〈光線〉魔法に隠れた本命の魔法がある。天下は本命を警戒しながら、鋏の位置を探る。
バシュン、と天下の耳に聞きたくない音が侵入する。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ、〈電磁砲〉を仕込んでやがる」
金属片を高速で打ち出す〈電磁砲〉の威力は〈光線〉の比にならない。知識のある鋏が使えば威力・正確性・持続力などの全てで天下の〈電磁砲〉を上回る。
どうやら〈光線〉で時間稼ぎをしている間に〈電磁砲〉を仕込んだ黒い物体を動かしたらしい。事前に準備していたとしても鮮やかな手際である。
全力で防御しても、当たり所が悪ければ怪我では済まない〈電磁砲〉に天下は本気になる。
様子見ということで積極的な攻勢に出ていなかったが、そうも言ってられない。油断したら一気に持っていかれる危険な相手と認識を変える。
「先生の居場所を探るのは後。この鬱陶しい〈電磁砲〉を片付けないと。とりあえず、いつもの〈光線〉だ」
遠く離れた黒い物体を〈光線〉で狙うが、当たらない。黒い物体は鋏が直接操作しているので、天下の行動を先読みして回避される。〈電磁砲〉を避けながらなので、どうしても狙いが甘くなる。
「ちっ! それなら、数の暴力に屈服しろ、〈光線〉乱舞」
ちまちま狙っていては回避されるだけで効果はない。一度に大量の〈光線〉を放つことで、黒い物体の逃げ道を防ぐ。
「まっ、予想通りだよ」
〈光線〉魔法は黒い物体に当たるがダメージはない。防御魔法を展開しており、〈光線〉では貫けない。
「どうした防戦一方ではないか。魔界の番人が聞いて呆れる」
「そんなに言うなら、やってやろうじゃないか。簡単には沈まないでくださいよ。〈煙幕〉〈熱暴走〉〈魔妨害〉」
天下を中心に煙が発生し、姿を隠す。周囲の気温を上げることでセンサーでの探知を無効化する。
煙と熱は〈電磁砲〉の軌道を少しずらしてくれる効果も期待できる。
物理的な探知から隠れても魔法の探知からは逃れられない。そこで活躍するのが〈魔妨害〉だ。この魔法は文字通り魔法を妨害する。
魔法の発動が難しくなり、魔法での探知を誤魔化す。身を隠すには打ってつけの魔法を行使したことになる。
「永遠に隠れていられるわけもない。出てきた所を逃さない。一時しのぎの悪足掻きだ」
〈煙幕〉と〈魔妨害〉の範囲は空の一部分だけ。鋏は範囲外からつぶさに観察し、わずかな異変も逃さない。
魔法の効果時間が切れるか、魔法の有効範囲から出た天下を確実に仕留める。自動で〈電磁砲〉を投射しているので、低確率で当たる可能性も捨てきれない。
「〈探知〉……オッケー、〈刻印〉……オッケー、これで終わりです〈爆縮〉」
煙幕から遠く離れた位置にある全ての黒い物体が一斉に爆発する。あり得ない光景に鋏は単純に驚く。
「バカな! 何をした、〈魔妨害〉で魔法は使えないはず」
「先生、人は空を飛べません」
黒い物体が爆発した影響で煙幕が晴れる。中には無傷の天下が空に浮かんでいる。
「何を当たり前のことを言っている」
「〈魔妨害〉は効果の範囲内なら、敵も使用者も関係なく魔法が使えなくなります。俺がいたのは空です。人は空を飛べません」
「なるほど。〈魔妨害〉の中にいたら〈飛翔〉魔法の効果も切れて、地面に真っ逆さまか。つまり、なんらかの手段で〈魔妨害〉の影響を逃れたか」
説明されれば理屈はできる。鋏が同様のことをしようとするのは不可能でも、天下が辿った道筋は理解できる。
わからないとすれば〈魔妨害〉の影響を逃れた方法だ。敵味方問わず魔法を妨害するのに、味方だけは大丈夫なら戦略が大きく変わる。魔法の常識を覆す大発見だ。
「〈魔妨害〉の影響を無視する方法については秘密です」
「手の内を明かさないか、当然だな」
〈魔妨害〉魔法は範囲内の魔法の発動を妨げる。魔法が不安定になるので形を維持できなくなる。この魔法が厄介なのは先に魔法を発動していても、侵食して魔法を不安定にさせる。
先に発動した魔法は消え去り、後から魔法を発動させることもできない。魔法使い殺しの魔法だ。
天下が〈魔妨害〉を逃れた方法は簡単だ。範囲内の魔法を妨害するなら、範囲外から魔法を発動すればいい。
異世界アウスビドンでは魔法がない代わりに魔術がある。魔術の発動には空気中に存在する魔力を操作する必要がある。
天下は魔術の発動プロセスをアレンジした。魔法は人間の体内のエネルギーを使う。そのエネルギーを〈魔妨害〉の範囲外まで伸ばして、そこで魔法を構築する。
〈魔妨害〉の範囲内に注意を向けていた鋏に気づかれず、天下は魔法を発動させたのである。
「その代わり、黒い物体を破壊した方法ならお話しできますよ」
「見当はついている。不要だ」
天下が黒い物体を破壊したプロセスは、まず〈探知〉魔法で位相空間内の全ての黒い物体の数と位置を把握。次に〈刻印〉魔法で黒い物体に印をつけて、動きと位置を常に把握できるようにした。最後に〈爆縮〉魔法で黒い物体に全周囲から圧力をかけ、内部圧力を上昇させた。
爆縮は爆発の圧力を内部に向かわせるので、本来は爆発はしない。だが、天下は爆発した方が格好いいという理由で〈爆縮〉を最後まで完遂させず、途中で止めることで黒い物体を爆発させた。
「さて先生、黒い物体は全て破壊しました。次の手を見せてください。もう終わりなんてことはないですよね」
「当たり前だ。誰が魔界の番人に策一つで挑むものか。本命も予備もまだまだ用意している」
「そりゃよかった。折角エマが殺風景な位相空間を拡張してくれた。隅々まで堪能しないともったいない」
策が通用しなくても鋏は落ち込まない。策が破られることくらいは想定済み。魔界の番人の称号は伊達ではない。
復讐を完遂するために天下のデータは無数に集めている。それこそ天下本人よりも詳しいつもりだ。天下が知らない癖や習慣も網羅している。
天下は天下で戦いを楽しんでいる。戦闘の当初は流されるままに戦っていたが、強者と戦うと新たな発見があって面白い。
天下は端的に言ってバトルジャンキーである。
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