第32話 星夜の魔法練習の成果
「それでは星夜、魔法の成果を見せてくれ」
鋏の指導から数日。
天下は星夜の魔法の実力を確認するために、わざわざ〈位相〉魔法を使って別世界を作り出していた。広さは体育館ほどで、壁や床に装飾のない殺風景な場所だ。
星夜の魔法の実力は鋏の指導により飛躍的に伸びている。万が一を考えて、自宅マンションの魔法練習部屋から位相空間に移った。
たとえ暴発しても天下が抑えるので、自宅マンションでも構わない。はっきり言って天下の杞憂で終わる。
「ここなら、周りを気にせず魔法を使える。全力で使え」
「わかりました、義兄さん。まずは〈湧水〉」
星夜の伸ばされた手から勢いよく水が噴き出す。鋏の指導以前と比べると雲泥の差だ。
お風呂の水を溜めても余りある量の水が噴き出している。
「見間違えたな。やっぱり先生に見て貰ったのは間違いじゃなかった。他の魔法も使えるようになったか?」
「はい、一通りは使えると思います」
「そうか。なら体力が許す限り魔法を使え。魔法の上達は使うのが一番だからな」
魔法に限らず、新しいテクニシャンやスキルを身につけたいなら実践が一番である。
間違っていたら天下が正す。
「それでは〈火矢〉から行きます」
「〈火矢〉か。なら、的があった方がいいな。すぐに作ろう〈成形〉」
天下は床の形を変えて的を作る。距離は30メートル、的には綺麗な同心円の線が描かれている。
「同じことを私がしようとしたら、どのくらい時間と手間が……いえ、考えても栓ないことですね。今できることに集中しないと」
星夜は魔法を覚えたばかり。上を見ていても仕方ない。一つ一つ着実にステップアップするしかない。
人は急には変われない。少しずつ変わっていくしかない。
「行きます、〈火矢〉」
細長い火が現れてはゆっくりと的に向かって進む。程なくして的に当たった火は消え去る。火は的の一番端の円に当たって、表面を少し焦がしている。
「速度は遅く、精度も低い。実践では使えない、手品レベルだな」
「私は誰とも戦いませんよ」
星夜に強くなりたい願望はない。覚えたら便利だから魔法の練習をしている。天下のように幼馴染みの横に立つ目標はこれっぽっちもない。
「次は〈岩玉〉です。よいしょ、よいしょ、いっけぇ」
星夜はしゃがみこむと手を地面に向ける。地面がうねうねと動き出し、一所に集まり丸い塊になる。その塊を魔法で投げ飛ばす。
岩の塊は的から大きく外れた位置に落ちる。からんころんからん、と音は軽いので中身がすっかすかなのも感じ取れる。
「…………よし、次に行こう」
「何か感想を言ってください、義兄さん」
「これからだ、これから。不得意なだけかもしれん」
個人によって魔法の得意不得意、向き不向きはある。星夜の適性が何かはまだわからない。
「気を取り直して、次は何を披露してくれる?」
「次は〈爽快風〉です」
「だったら、岩の的は分かりにくいな。〈噴霧〉」
天下の魔法が発動し、的を中心に霧が発生する。位相空間では風は吹かないので、霧はその場に留まる。
ちなみに、霧の成分は水なので吸っても無害である。
「準備オッケー、いくらでもやってくれ」
「お膳立てされても私の実力が低いことに変わりませんよ。いきます、〈爽快風〉」
優しい風が空間内に吹く。そよ風と言って差し支えのない風が起きて、少し緊張している体を優しく冷やしてくれる。
霧は渦を巻くように左右に別れて、風の通り道を示す。霧を吹き飛ばすような威力はない。
「凧揚げはできないか。熱いお茶を冷ますくらいには役立つだろ」
「それは普通に氷水を使った方がいいと思いますよ」
「……確かに」
星夜の風は弱い。風が欲しいなら扇風機で十分かもしれない。
「他には何か覚えたか?」
「後は一応、〈雷光〉が使えます」
「ふむ、〈雷光〉か。それなら的は金属にして、ちょっと細工をしよう。少し待て」
説明不十分なまま天下は的に向かって歩き出す。残っていた霧を即座に散らして、的を金属製に変更する。さらに加工を施して、的の上にランプを取り付ける。
少しと言いつつ、数秒で終わらせるのが天下クオリティ。
「何をしたのですか、義兄さん?」
「的を金属にして、配線をランプに繋いだ。〈雷光〉が的に当たればランプが光る仕組みにした。分かりやすいだろ」
〈雷光〉は名前の通り雷である。電気の性質を持つので、ランプを光らせるのに打ってつけだ。
「……余計なことを」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も言ってませんよ」
「そうか、なら早速試してみよう。〈雷光〉」
天下が弱めの〈雷光〉を使い的に当てるとランプがピカッと光る。継続的に電気を発生させる仕組みはないので、ランプは数秒と経たずに輝きを失う。
今回の目的は動作確認である。配線に問題ないことを確認した天下は星夜に場所を譲る。
「よし、問題なし。じゃあ星夜、やってみて」
「わかりました。いきます、〈雷光〉」
星夜の発生させた稲光は空気を高速で伝って金属の的に向かう。雷は突起などに向かう性質があるので、まっすぐ進んだ雷は勝手に的に向かってくれる。
的に雷が当たり、ランプがぼやーと光る。電力が足りないので光も弱々しい。
「一応、光ったな」
「ええ、そうですね。おそらく光りました」
仕方ないのだ。星夜は魔法を覚えたの初心者。当人は威力が足りないことを自覚していた。しかし、天下は過去の自分を思い出して、これくらいならできるだろと自分基準で考えた。
二人の考えの違いが微妙な空気を生み出した。
「ま、まあ、ともかく魔法が使えるようになって、おめでとう」
「えーっと、ありがとうございます?」
星夜が知っている魔法は世界を作り出したり、一瞬で形を変えたり、災害みたいな事象を起こしたりとハチャメチャである。自分の貧弱な魔法を魔法と呼んでいいのか甚だ疑問が残る。
「それだけ魔法を使えたら、一般人に襲われても返り討ちにできるだろ」
「どうでしょう? いざという時に冷静に使えるかは別問題ですよ」
魔法は勝手に発動してくれる便利な機能はない。暴漢に襲われても心を乱せば魔法は使えない。
「そこは、要練習ということで」
「私がピンチの時は義兄さんに助けてもらいます。だから私に特訓は要りません」
「使えて損はないだろ。練習をサボるなよ」
「義兄さんは、私がピンチになっても助けてくれないのですか?」
「助けるに決まってるだろ。だが、それとこれは別! 甘えるな」
「はーい、わかりました。ちゃんと練習します」
二人きりの空間ということで普段は見せない表情を見せる星夜。義理の兄妹になって時間が短いとはいえ、立派に兄妹をしている。
そんな兄妹水入らずの空間に闖入者が現れる。
「やあ、ご機嫌いかがかな?」
「……先生」
位相空間に現れたのは、ついこの間再開したばかりの鋏神、その人だった。
天下が自宅に招待して以降、再開の約束はしていない。
「先生をこの空間に招待した覚えはないのですが? それに、ここは先生のような魔法使いが侵入できるほど、甘いセキュリティではありませんよ」
天下は位相空間を念のため隠蔽している。魔法を知らない一般人に見つかっても厄介なので、秘匿している。仮に魔法使いが見つけても、無断で入れないように施錠している。
鋏のような一般的な魔法使いに遅れを取るような天下ではない。
何かが起こっている、天下は漠然とした不安を抱きながら鋏を観察するのだった。
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