第31話 研究の成果
「くそっ! どいつもこいつも簡単に魔法を覚えやがって。こっちの苦労なんて気にかけやしないっ!」
自身の研究室に戻ってきた鋏は部屋に鍵をかけて、憤りを吐き出す。
教え子の手前、表情を取り繕っていたが、内心は穏やかではなかった。
「見ただけで魔法を覚えられるなら、誰も苦労なんてしないんだよ」
物に当たり散らかすことはないが、いつ暴発してもおかしくない。
教え子の成長は自分のことのように嬉しい。それでも、年齢一桁の教え子に容易く実力を抜かされて穏やかでいられるほど、大人でもない。
さらには素人同然の女の子に才能の片鱗を見せつけられては、上手く隠せるようになった劣等感が沸々と湧き出してくる。
「このまま、負けっぱなしでいられるか。必ず報いを受けてもらう」
鋏の魔法の実力は並。強くもなければ弱くもない。教えることは向いているが、上には上がいる。
天下の魔法の師匠として認識されていれば、もう少し違った評価を受けていたかもしれない。しかし、天下に指導したのは短期間、世間が師匠として認めるには短すぎた。
天下が天才ゆえに指導が短くてもよかったことが裏目に働いていた。
「魔界の番人、その実力如何程か」
鋏の魔法は並。正面から戦いを挑んで勝てるほど、魔界の番人の称号は安くない。勝つためには策が必要だ。
「近年の魔法の飛躍は科学のおかげ。魔法で勝てないなら、科学で勝つまで」
産業革命以前の魔法は実際に試して、魔法使いが目で観測することで分析していた。それが科学の発展により、必ずしも魔法使いの観測が必要ではなくなった。
目に見えないような小さな魔法も顕微鏡を通して観測できるようになった。また、魔法遺伝子の発見に至ってはゲノム解析のおかけだ。
科学の発展に伴い、魔法も飛躍的に発展している。科学の恩恵を一番受けているのは魔法かもしれない。
「遺伝子編集の技術、存分に堪能してもらうぞ」
鋏の専門は遺伝子。
遺伝子の解析や編集を生業にしている。ただ魔法遺伝子の分野は遅々として進んでいないのが現状。
魔法を知らない人が遺伝子を解析しても、役割がわからない。必然、魔法使いでないと作業が進まない。
秘匿されている魔法と数少ない魔法使い。魔法使いが研究者になって、さらに魔法遺伝子を研究するのは世界でも数人しかいない。
逆に言えば鋏の独占状態。成果を誰かに奪われたり、真似されたりすることもない。
「ここまで、途方もなく長かった。だが、研究の成果は上々」
長い年月をかけて、鋏はプロジェクトを進めた。有効性を理解しない上役と対峙したり、共同研究者が辞めていったりと道のりは決して平坦ではなかった。それでも研究を成し遂げた。
魔法を直接研究する分野はなくても、生命科学の論文を読めばヒントになる研究や応用できる研究はいくらでも見つかる。
有益になりそうな研究を見つけてはひたすら試し、無益もしくは損失が発生するようなら直ちに取り止めた。有益なら研究を進めてさらなる成果を求めた。
他の分野と比べると遅れているのは否めない。それでも一定の成果は上がっている。
鋏が天下と対峙しても一方的に負けることがないくらいには成果はある。
「待っていろ、時計天下。必ず地獄を見せてやる、屈辱は晴らさせてもらう」
鋏の動機は教え子に簡単に抜かされて、惨めな思いをしたことだ。教師として働いているが、教える道に進んだ覚えはない。
教師として割り切ることができれば、また別の道も開けていたのだろう。しかし、鋏はプレイヤーを希望した。故に教え子に抜かされることはプライドが許さない。
「魔法遺伝子、この分野に進んでよかったよ。昔の自分に感謝だ」
現在発見されている魔法遺伝子は一種類ではない。
魔法界では魔法遺伝子は魔法を浴びることでスイッチが入る遺伝子のことを指すが、研究者の間では科学的な手法で魔法のスイッチが入る魔法遺伝子も発見されている。
まだまだ研究段階なので一般の魔法使いには知られていない。薬を使えば魔法遺伝子を発現することは可能である。
臨床試験の段階で人間への投与はほとんど行われていない。副反応も調べられていないが、鋏は既に自分の体で実験を終えている。
「これほどまでに遺伝子研究が盛んになるとは嬉しい誤算だ」
最初の投与では有効成分を少なくして、様子の経過観察を徹底した。薬効は十分に効果を発揮し、副反応も確認されなかった。
次第に有効成分の量を増やして実験した結果。鋏のスイッチの入っている魔法遺伝子は実験前と比べて、二倍以上になっている。
「これが科学の力だ!」
研究室で一人、鋏は最後の調整を行うのだった。
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