第30話 星夜の魔法特訓

「では、早速見せてもらおうか。星夜君の実力を」


 魔法練習用の部屋に移った一行。

 鋏は星夜の実力を見極めるべく、とりあえず魔法を使わせてみる。


「まずは、得意な魔法で構わない。今の実力を教えてほしい」

「はい、わかりました。それでは、魔法使います。……はっ、〈湧水〉」


 ぴちょんぴちょん、と星夜の伸ばされた手の先に数滴の雫が滴る。


「いや、魔法を見せてほしいのだが……」


 〈湧水〉は水を出す魔法。その水の量は少なくてもバケツを満杯にするくらいは出る。星夜のようにコップ一杯ですら満たせないのは魔法と呼べるか怪しい。


「すまん、先生。星夜はこれまで全く魔法に触れてこなかったから、魔法の発動さえ覚束ないんだ」

「つまり、先程の汗と見まがう雫を出すのが精一杯だと」

「はい、その通りです。申し訳ありません」


 星夜はいたたまれない気持ちになる。魔法歴が浅いので仕方ない一面もあるが、全力で運動した汗の量より少ないのは恥ずかしい。

 冬の日の結露より少なくてはわざわざ魔法で水を出す意義がない。


「いや、謝る必要はない。天下君の義妹と聞いていたから、勝手に期待してしまった。星夜君は魔法については素人同然、できないのは仕方ない。これから覚えていけばいい」

「そうだぞ、あたしだって最初は魔法に振り回されたものだ。もぐもぐ、へんしゅうすればあむあむだぞ」

「行儀が悪いので食べるか喋るかのどちらかにしてください」


 リビングからお菓子を持ち込んだエマは星夜にアドバイスをしようとしたが、お菓子の誘惑に勝てなかった。

 いいことを言おうとしていたようだが台無しである。

 そして、食べるか喋るかの二者択一を迫られたら答えは明白。


「あむあむ、もぐもぐ、むしゃむしゃ」

「あなたという人は……」


 食べることを選択したエマに呆れる星夜だ。天下には見知った行動なので特に反応はしない。鋏もある程度予想済みかつ教授として特異な生徒を受け持った経験があるから、表情に出さない分別がある。


「ちなみに普段はどのような指導をしてるのかい?」

「魔法の構築の仕方やエネルギーの配分についてだ」

「それは完全に中級者から上級者向けの内容だね。素人の星夜君には早すぎる」

「自覚はあります。ですが、俺にはこれより簡単な指導ができないんです」

「天才ゆえの弊害か。スター選手が必ずしも名監督になるとは限らない典型だな」


 天下は自分の魔法練習メニューを作ったり、魔法の実力を向上させるのは得意だ。しかし、感覚的な部分を他人に分かりやすく説明するとなると別問題。

 天下では教えられないから鋏が呼ばれたのである。


「それで先生、星夜は魔法を使えそうですか?」

「魔法が完全に発動しないのならともかく、歪に発動してる。この歪みを正せば、星夜君は上手く魔法を発動できるようになる」

「あっ、本当ですか。義兄さんやエマさんの言いたいことが全然理解できなくて困ってたんです。どうかご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

「今日一日でどこまで教えられるか分からないが、全力は尽くさせてもらうよ」

「ありがとうございます」


 星夜の魔法は独学と言っても差し支えない。手本になる人が規格外過ぎて手本にならず、独自に解釈するしかなかった。それでも発動までこぎ着けたのは本人の努力が大きい。


「魔法が上手く発動しないのは、正確性が損なわれているからです。正確な形を一度経験したら、魔法が発動できるようになると思います。見た感じですが、魔法の構築はかなり綺麗です。天下君を手本にしたと思うのですが、天下君の魔法は綺麗すぎますから、上手く真似するだけで魔法が発動します」

「そんな、俺はエマに追い付くために色々やった結果です」

「ぶー、ずるいぞ天下だけ褒められて、あたしも褒めてっ!」

「エマメリア君の魔法は有り余るエネルギーで強引に魔法を発動させています。力業なので決して真似をしてはいけませんよ、星夜君」

「ぶーっ」


 天下の魔法はいかに効率よくエネルギーを使うかに焦点が当てられている。対してエマの魔法は莫大なエネルギーを惜しげもなく利用して発動する。

 天下が効率を求めたのはエマの膨大なエネルギーに正面から立ち向かうのはバカらしいからだ。

 並々ならぬ努力の結果、世界でも屈指の魔法の構築力を身につけた。


「不幸中の幸いなのは、星夜君が完全に魔法を発動していないことです。変に癖がついていたら修正が大変でした」


 一度染み付いた癖を修正するのはかなりの労力がかかる。星夜は魔法を積極的に練習していないので、癖はまだない。


「魔法の練習をサボってたのがよかったのか」

「サボっていたのではありません。新しい環境に慣れるために生活していたので、魔法は後回しになっていただけです」

「言い訳見苦しいぞ」

「言い訳じゃありません、事実です」


 星夜が時計家に引き取られたのは四ヶ月前。新しい住居、新しい家族、新しい交友関係、全てが変化したので日々の生活を送るだけで精一杯だった。

 余裕ができたのは最近のこと、本格的に魔法の練習をするのは片手で数えられるくらいだ。


「まあまあ、エマも星夜もそれくらいにしろ」

「はーい」

「義兄さんが言うなら」


 二人のいさかいは所詮はじゃれあい。第三者が中に入れば簡単に止まる。


「ともかく、星夜君には早速、魔法の発動を経験してもらいましょう」

「へぇー、どうやるんですか先生?」

「これは魔法を指導する上で基本中の基本なんですが、二人の場合基本なんてすっ飛ばしていましたから、知らないのも無理はありません」


 鋏が天下を最初に指導した時、基礎は教えていない。基礎はできていたので、魔法のバリエーションや魔法を早めるための細かいテクニックなどを指導した。


「簡単ですよ。手を繋いで魔法を発動させる感覚を相手まで伸ばす。相手は擬似的に魔法の発動を体験できます」

「そんな面白い方法があったんですね。先生、星夜にやるついでに俺にもやってください」

「ズルいぞ、あたしもやりたい」

「構いませんよ。同時に複数人にやったことはありませんので、失敗するかもしれません。ですが安心してください、失敗しても痛くも苦しくもありません」


 手を出してください、と鋏は言って四人で手を繋いで輪っかになる。失敗したら一対一でやり直せばいい。


「それではいきます。星夜君は魔法が発動する感覚を意識してください。天下君とエマメリア君は自分の魔法を発動しないように気をつけてください」

「おぉ、これが先生の魔法ですか。…………でも、このノイズ……」

「ほおー、面白いな。なんだかいつもの魔法とは全然違うな。無駄がない」

「すごい、これが本物の魔法!」


 三者三様に驚く。

 天下は自分で発動した時との違いを明確に理解した。

 エマは普段の魔法がいかに大雑把だったかを知る。

 星夜は本物の魔法の感覚に感動する。


「いかがでしたか?」

「大変面白かったです」

「うむ、あたしの魔法とは全然違って綺麗だった」

「素晴らしい経験でした。直接答えて教えてもらい、私の魔法が未熟だと理解できました」


 魔法の発動の体験は魔法の答えを教える行為に等しい。最初は真似から入って、後から独自のアレンジを加えていく。


「では星夜君、先程の体験を忘れない内に魔法を使ってみましょう」

「はい、わかりました。いきます、〈湧水〉」


 星夜の手から先程とは比べ物にならない水が湧き出す。バケツ一杯とはいかないが、コップを優に溢れさせる量の水が溢れる。床を水浸しにして余りある量だ。


「できました。ありがとうございます」

「さすが先生です。教える技術は一級ですね」

「いえ、たった一度の経験でここまで見事に成長するのは極めて稀です。やはり天下君の義妹というのは侮れませんね」

「なんたって、自慢の義妹ですから」


 星夜の著しい成長に驚きを隠せない鋏。通常は何度も繰り返して、感覚を少しずつ掴んでいく。コツを掴んで一気にステップアップすることはあっても、最初から一足飛びにゴールに迎える人はいない。

 普段から綺麗な魔法を見ているにしても異常である。

 名前しか知らない資格試験の答えを教えられて、一発合格したようなもの。簡単にできるなら資格教室や教材の意味がなくなる。


「ともかく、魔法が上達したようで何よりです。教えた甲斐……教えたというほどでもありませんが、よかったです。今後は魔法の発動感覚は天下君に教えてもらいなさい」


 鋏の魔法の発動も綺麗だが、やはり世界トップクラスには敵わない。天下の魔法を真似していたら、すぐにでも魔法の実力はメキメキ上がっていくに違いない。

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