師弟対決編

第28話 星夜の魔法練習

「うーん、どうにも上手くいきません」

「右と左でバランスが崩れてるから、まともに発動しないんだ。だいたい2%くらいズレてる」

「そんな細かい指摘をされても理解できません。もっと分かりやすい説明をお願いします」


 場所は天下の自宅マンションの魔法練習用の部屋でのこと。

 星夜が魔法の練習に勤しんでいるが、上手くいっていない。魔法そのものは発動しても、安定性に欠け、出力も乏しい。

 実践投入にはほど遠い。


「義兄さんの指導は素人に細かすぎます。もっと分かりやすい説明はないのですか?」

「そう言われても、素人に指導した経験がないから仕方ないだろ」


 天下も魔界の番人として魔法の指導を依頼されたことはある。相手は一流の人だったり、将来を嘱望された新人だったりで、ズブの素人を相手にしたことはない。

 天下の指導は基礎ができている人向け。一定のレベルに達した魔法使いの無駄を指摘したり、応用方法を教えた経験しかない。


「義兄さんだって最初は素人だったはずです。その時のことを思い出してください」

「いやー、それは無理かな。魔法使いの家系に生まれた子供は物心つく前からは魔法を教わるんだよ。物心ついた時には魔法が使えるようになってる。思い出すのは無理だ」

「それではエマさんも同じですか?」

「同じだな」

「はぁ、私の魔法修行は前途多難なようですね」


 魔法は触れている時間が長い方が魔法遺伝子のスイッチが入る可能性が高くなるので、魔法使いの家系は子供にできるだけ魔法を使わせる。

 赤ちゃんの頃に大人の魔法を見て覚えて、いつの間にか使えるようになっている、とは天下の認識。

 魔法使いは総じて人に教えるのに向いていない、かもしれない。


「では、魔法使いの先生というのは存在しないのですか?」

「いや、あくまで基礎を体系的に教えるのが難しいだけで、魔法使いの先生はいる。俺だって子供の頃は先生に教えてもらってたし」


 赤ちゃんがハイハイを教えなくてもできるようになるように、魔法使いの赤ちゃんは勝手に魔法を覚える。それでも勝手に覚えるのは最初だけだ。

 歩き方を覚えても自転車に乗るには誰かの教えや練習が必要なように、魔法を自由自在に使えるようになるには教えを受けないといけない。

 星夜の場合はハイハイを覚える段階なので、赤ちゃんのような無垢な心を持って、見様見真似で覚えてもらうしかない。


「俺も先生に魔法の使い方を教わったのは基礎ができてから。自転車で言うなら転けないように普通に乗れるようになってから」

「私は自転車にも乗れない未熟者ですか」

「仕方ないだろ。今まで普通に暮らしてきたんだ。常識が邪魔をする」


 魔法使いの赤ちゃんは世間の常識を知る前に魔法を知る。対して星夜が魔法に触れたのは中学生になってから。

 頭では魔法を理解しても体がついていかない。また、魔法の発動はどの運動とも系統が違うので、一から手順を構築しないといけない。

 今までの常識を覆して、新たに動かし方を身に付けるのは至難である。


「義兄さんから知り合いの話って聞きませんね。その先生は、今はどうなさっているのですか?」

「どうだろ。連絡は全然してないから、さっぱりだ」

「先生なんですよね。定期的に連絡しないのですか?」

「うーん、こっちから連絡を躊躇ってたのはあるかな」


 天下は過去に思いを馳せ、経緯を星夜に説明する。


「俺が先生に魔法を教わっていたのは幼稚園の頃。先生は優秀でいろんな魔法を教えてくれた。勝手に入ってきたエマと一緒にな」


 エマは勝手に授業に入ってきたが、先生は天下とエマを分け隔てなく指導した。


「まあ、星夜も知っての通りエマは天才でな。教えられたことは乾いたスポンジが水を吸うように、瞬く間に魔法を覚えていった」

「エマさんが魔法を嬉々として使う様子が目に浮かびます」

「俺だって男の子だ。エマに先を越されて嬉しいはずがない。死に物狂いで練習したものさ。懐かしい」


 昔からエマは魔法で天下の先を行く。天下はいつだってエマの背中を追いかけている。


「先生の教えが優秀なこともあって、俺も魔法をどんどん覚えていった。使える種類はもちろん、強い魔法も使えた。子供とは思えないほど、魔法の造詣が深くなったよ」

「努力家だったんですね、義兄さんは」

「そうだぞ。隣の最強に追い付くためには生半可な覚悟じゃ、すぐに置いていかれる。先生と俺とエマで切磋琢磨すること数年。とうとう俺たちは先生の実力を越えた」


 子供の成長は早いのは、よく言われる。しかし、数年で大人顔負けの実力を手に入れるのは異常だ。


「先生はもう教えることはない、と告げて家庭教師を辞めたよ。子供に実力を抜かされてプライドも傷ついただろうし」

「なるほど。身近でエマさんの実力を目の当たりにしたら、心が折れても仕方ありません」


 年齢が一桁の子供に実力を抜かされて心穏やかではいられない。凡人な自分と天才なエマを比べたら、自身の卑小さが浮き彫りになる。

 心が折れても仕方ない。

 星夜は生まれ持っての魔法使いではないので、魔法を絶対視しない。魔法がなくても生きていけるし、便利な道具くらいにしか思ってない。エマを見てもすごい人にしか思えない。

 魔法が全ての魔法使いはエマを見るとアイデンティティが崩壊する。


「久しぶりに先生に連絡してみて、旧交を暖めるのもいいな。星夜の魔法の練習を見てもらえば、アドバイスしてくれるかもだし」

「義兄さんのお好きにどうぞ。私は魔法が使えなくても構いませんので、私のことは気にしないでください。都合がつくならで構いません。義兄さんの都合を優先してください」

「あいわかった。とりあえず、連絡先を調べるとこから始めないとな」


 先生が指導していたのは当の昔。連絡先を調べないと、どうにもならない。一緒に指導を受けたエマや、先生に依頼した両親に確認する。

 先生との連絡が吉と出るか凶と出るかは今は不明。


「先生ってたしか生物学を研究をしてたんだっけ? まっ、会ったときに確認したらいっか」

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