第26話 閑話 レッツ焼き肉パーティー
「たっだいまぁ!」
スカーレットカウとの激闘を終えた天下は、解体された肉だけを確保するとそそくさと地球に帰ってきた。
これから焼き肉パーティーが開催されるので気分はウキウキである。
「……義兄さんですか、おかえりなさい。はぁ」
「あれぇ、どうして家に帰ってきただけで、溜め息吐かれるの?」
「義兄さんは、お土産の選択肢がお肉以外にないのですか? この前はドラゴンの肉を大量に持って帰ってきて、今回は牛肉」
天下は狙ってお土産に肉を選んでいるのではない。たまたま戦った魔物の肉が美味しいのだ。肉を狙って行動を決めているのではない。
「とりあえず、お肉を出してください。味付けと切り分けをしないといけませんから」
「あっ、はい」
食事で天下にできることはない。素直にスカーレットカウのお肉を取り出し、星夜に渡す。
星夜はエマから連絡を受けていたので、スカーレットカウ以外の準備は済ませている。ご飯を炊いたり、野菜をカットしたり、ドラゴンの肉を用意するのは終わっている。
残っていたのは天下の帰りとスカーレットカウの肉。
「あたしはお腹ペコペコだぞ。早く焼き肉しようよ」
リビングではエマが既にホットプレートの前に陣取っている。天下からスカーレットカウの情報を聞いてから気が気ではない。
スカーレットカウの回収から、町での解体までかなりの時間を要した。既に日は暮れている。晩御飯には遅い時間。
どうせならお腹を空かせた状態で食べたいと、エマはお昼から何も口にしていない。
「はいはい、切り終わりました。後は焼くだけです。義兄さんもボケッとしてないで、早く席に着いてください」
「やったー、肉ぅぅぅ!」
「焦らないでください、エマさん。生肉は食べないでください。お腹を壊し…………ませんね。とにかく焼きますので、もう少し待ってください」
星夜はホットプレートのスイッチを入れて鉄板が暖まるのを待つ。すぐに鉄板が熱々になり、星夜は肉を含む食材を焼いていく。
肉からはジュージューと食欲を刺激する音と、香ばしい肉の匂いに口の中に涎が溢れる。
ふつふつと溢れる肉汁もより一層食欲を刺激する。
「まだか、星夜。……ごくりっ」
「野菜は大丈夫ですよ」
「ダメだ。最初に食べるのは牛さんのお肉と決まっている。あたしの口は牛肉にアジャストされているの」
エマは焼けていく肉を片時も目を離さない。星夜の肉をひっくり返す所作を一瞬たりとも見逃さない。
「焼けましたよ。はい、どうぞエマさん。義兄さんも」
「ありがと、星夜」
「おお、これが、あの赤い牛の肉か。焼ける前のツヤツヤしたピンク色も美味しそうだったが、焼いたら一層美味しそうだ。それでは、いただきます。あむっ」
エマに続いて天下と星夜もスカーレットカウの肉を食す。楽しみにしていたのは何もエマだけじゃない。舌の肥えた天下も異世界の牛肉に興味津々。星夜も調理した際に肉質がスーパーの肉とは全然違うことに気づいていた。
「うーまーいーぞぉぉぉ! ドラゴンとはまた違った肉の甘さがあるな」
「そうですね。当然牧草で育ってますから、脂はくどくないですし、コクも強いです」
「美味っ! ちょっと弾力があるけど、これがまたいいな」
三者共にスカーレットカウの肉に満足する。スカーレットカウの肉は部位ごとに少量確保しているので、まだまだ違う味を楽しめる。
もちろん星夜の好きなタンも確保している。抜かりはない。
「これならご飯何杯でもいけるな、おかわり」
「最初から飛ばしすぎですよ。後からお腹が痛くなっても知りませんよ」
「そんなことにはならん。何故なら胃を拡張することくらいお茶の子さいさいだ」
「エマにかかれば、肉体を変化させるのは自由自在だぞ。およそ人が罹る病気とは無縁だ」
「はあ、そうですか」
「そんなことより、肉だ肉。星夜はじゃんじゃん焼いてくれ」
「そこで自分で焼くという発想はないんですね」
「適材適所だろ。あたしが焼くより星夜が焼いた方がうまい」
「違いない。俺とエマに料理関連は期待するな」
「はあ、そうですか。次のお肉焼けましたよ」
美味い美味い、と言いながら焼き肉パーティーは続く。時おり、肉ばっかり食べているエマに星夜が野菜も食べなさいと世話する場面もあったが、概ね和やかな食事は進む。
「ふぅ、食った食った。余は満足じゃ」
エマは膨らんだお腹をさすりながら余韻に浸る。食後のまったりした時間が天下とエマの間で過ぎている。
ちなみに星夜はキッチンで焼き肉パーティーの片付けをしている。天下とエマが手伝ったら余計に仕事を増やすことになる。必ずしも手伝うことが得策とは限らない。
「それは何より。苦労して狩った甲斐がある」
スカーレットカウとの激闘の傷は完全には癒えていない。日常生活を魔法の補助なしで送るくらいには回復している。正確には魔法で強制的に直したのが正しい。
「そうだ、エマ。今度の休みは空けとけよ」
「うむ、空けろと言われれば空けるが、何か用事でもあるのか?」
「ほら、初めて異世界に行く前の模擬戦で約束しただろ。新しいワンピースを買ってやるって」
「……はて、そんなことあったか? ……うーん、あっ、思い出した! そうだ、天下があたしのお気に入りのワンピースを焦がした事件」
事件と言えるほど大層なことではない。そもそも勝負の場にワンピースというラフな格好で来る方も悪い。
普通は汚れるのを嫌って、汚れてもいい服を選ぶ。天下の成長を甘く見たエマの自業自得でもある。
「それならいくらでも付き合ってやるぞ。楽しみだな、ちゃんとあたしが気に入るワンピースを選んでくれよ」
「それなら大丈夫だ。とっておきの店を見つけたからな」
自信満々に天下は答える。
買うとは言ったが選ぶとは言ってないな、とちょっぴり頭を抱える天下であった。ファッションセンスがあるとは自信を持って言えない。
変なプレッシャーに悩まされる。
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