第25話 この一撃に賭ける
「本番はこっからだよ、って自分で言っててなんだよ。体はズタボロ、長期戦は不利。短期決戦で決めるしかない」
身体中の至るところから出血している天下に長期戦は厳しい。騙し騙しでやってはいるが、肉体は損傷し大量に出血している。
刻一刻とタイムリミットが迫っている。それにスカーレットカウも棒立ちで待ってくれる親切心はない。隙を見ては攻撃を仕掛ける。
「ウンモォォォ!」
体力は温存しつつ、全力の一撃を叩き込むしか天下に勝ち目はない。最小限の動きで攻撃を避ける。逃げに徹すれば、体力の消耗も抑えられる。
悠長にスカーレットカウの疲弊を誘ったり、弱点を探し出す時間はない。
満身創痍の天下が隙をついてスカーレットカウに全力の一撃を叩き込む余裕はない。防御も補助も捨てて、攻撃に全降りした一撃でなければスカーレットカウにダメージを与えられない。
先程の〈鬼金棒〉の一撃は角を折るだけだった。生半可な攻撃は体力を無駄に消耗することが証明されている。
誰かがスカーレットカウを足止めして、そこに全力の一撃を叩き込むしか勝機はない。
天下だけでは成立しないので、スカーレットカウから逃げつつパートナーに〈念話〉魔法で連絡する。
『ファセット、聞こえるか?』
『ぅひゃい!?』
いきなり頭の中に響く天下の声にキテレツな反応を返すファセット。天下だって背中に突然氷を入れられたら似たような反応をする。
『なんかいきなり、天下の声が聞こえるんだけど?』
『ただの声を届ける魔法だ』
『大丈夫なの?』
『問題ない。〈念話〉は確かに魔法を垂れながすから盗聴されるリスクはある。それでもスカーレットカウが即席で盗聴できるような、柔な暗号化はしていない』
天下はあえてファセットの言葉の意味を間違えて解釈する。ファセットが聞きたかったのは天下のコンディションのこと。決して〈念話〉魔法のことではない。
『……まあ、いいわ。それで、何か用があるんでしょ』
『スカーレットカウの攻撃力も防御力も予想以上だ。攻撃を受けるわけにはいかないし、生半可な攻撃はかすり傷にもならない。だから協力無比な一撃が必要だ』
『……』
ファセットは無言ながらも雰囲気で続きを促す。
『だからファセットでスカーレットカウを足止めしてくれ、10秒でいい』
『無理よ。全力を出しても精々2秒が限界』
『欲を言ったようだ、9秒でお願いします』
『バカ言ってんじゃないわよ、取って置きのアイテムを使って3秒よ』
『いやいやいや、次の一撃で決めるから8秒はないと、こっちが間に合わない』
「ウンモォォォ!」
スカーレットカウは天下が何かを企んでいると気づく。そのために攻撃が激烈になる。スカーレットカウに詳細がわからないが、ドンケルハイト大陸で長らく生き抜いた勘が危険を知らせる。
このまま悠長にしていては一発逆転されてしまう、と本能で理解する。
「ちっ、勘のいい牛は嫌いだぜ。ぐっ!」
スカーレットカウの攻撃を避けるために大きく動いた天下の肉体に負担がかかる。激しい運動は天下の寿命を縮める。
『マジでどうにかならなんか? この際、欲は言わない6秒で構わない』
『……ねぇ、天下、本当に次の一撃で決めれるの?』
『それなら余裕だ。ただし、攻撃が当たればの話だが』
天下の頭の中にはスカーレットカウを倒せる魔法が準備されている。後ろ足を蹴った際の感触、〈鬼金棒〉魔法を当てた手応えから必要な威力の計算は済んでいる。
全身全霊、防御も補助もかなぐり捨てた攻撃力に全降りの一撃なら打倒し得ると試算している。
『わかったわ。なら、私も腹を括りましょう。後先考えない一撃で足止めするわ。まとに動けなくなるから、絶対に倒してよね』
『約束する。必ずスカーレットカウを倒す』
『ありがとう。でも、悲しいお知らせがあるわ、どんなに頑張っても足止めは5秒が限界。それ以上は今の実力じゃ到底叶わない』
『……そうか。こちらこそ、ありがとう。問題ない、5秒で決める』
天下とて、ファセットの足止めが10秒できるとは思ってない。そもそも4秒あれば許容範囲。5秒あれば十分。6秒なら余裕と考えていた。
交渉の基本は最初に吹っかけて、後から本命の要求を提示すること。ドア・イン・ザ・フェイスは交渉の基本テクニック。
このようなテクニックは異世界アウスビドンでは民間まで知れ渡っていない。文明の差が交渉の結末を左右した。
『すぅー、はぁー、準備はいい?』
『いつでもオーケーだ』
遠く離れた森の中でファセット・ミコレットは集中する。矢筒から特別に拵えた矢を手に取る。
矢尻は魔術と相性のいい素材であるミスリルを使用、矢の本体は生命の樹の枝から採れたしなやかな素材、羽根は不死鳥から取れる硬くて丈夫な素材を使った逸品。
この矢の一本でファセットの一ヶ月の稼ぎが失くなる高級品。ここぞの時に取っておいた隠し玉。
魔術を全力で発動すれば、ファセットの実力でもスカーレットカウを少しの間、足止めできる。
「〈フィジカルブースト〉……起動、〈ウインドパス〉……構築、〈アローライン〉……生成、〈アバターツール〉……設定、〈シューティングバインド〉…………付与。全準備完了」
天下がスカーレットカウを引き付けている間にファセットは準備を済ませる。
足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会、基本に忠実な動作で発射直前の状態に持ち込む。
現在のポジションはスカーレットカウ、天下、ファセットが一直線に並んでいる。これはスカーレットカウからファセットの身を隠すための位置取り。
ファセットの一矢は天下に当てずに、スカーレットカウに当てる必要がある。
「私なら余裕、問題ない。…………今っ!」
極限の集中状態のファセットは少しだけスカーレットカウの未来の動作が見える。確実に中る、確信を持つ。
身体強化で限界まで引かれた弦が引き戻す力を目一杯使って矢を放つ。事前に風の通り道を形成しているので、空気抵抗はほとんどない。
減速することなく、突き進む矢は魔術によって更なる加速を得る。音を置き去りにする矢が、天下の首の横スレスレを通り越す。
「っ!」
矢に仕掛けられたのは速度を上昇させるトリックだけではない。スカーレットカウに高速の矢を当てて突き刺しても、5秒の時間を稼ぐことはできない。
矢は事前に仕掛けられた魔術によって分裂する。一本が二本に、二本が四本に、四本が八本に、八本が十六本に、倍々ゲームで増えていく矢は、最終的に一〇二四本まで分裂する。
「モゥッ!」
スカーレットカウが高速で飛来する無数の矢に気づく。だが、既に時を失している。避けることは到底不可能。
無数の矢がスカーレットカウの表面にまとわりつくように殺到する。しかし、これで終わりではない。
ファセットが最後に仕込んだ魔術が発動する。
全ての矢から黒色の細い帯が現れる。ある帯はスカーレットカウにまとわりつく、ある帯は帯と結び付き、ある帯は地面と結び付く。
「後は、任せた…………」
成すべきことを成し遂げたファセットはスカーレットカウの顛末を見届けることなく、残心を取ることなく気を失う。
全身全霊、持てる全ての力を注ぎ込んだファセットに余力は残されていなかった。
「任されたっ!」
「ウモ!?」
スカーレットカウが暴れるが拘束は簡単には解けない。暴れる度に拘束する帯がブチブチ千切れるが、何せ数が多い。全てを千切るには時間がかかる。
逆に言えば時間をかければ拘束は無意味になる。天下はスカーレットカウが自由を取り戻す前に決着をつけなければならない。
「〈高周波聖剣〉起動っ!」
天下がスカーレットカウとの距離を詰める。〈高周波聖剣〉魔法は超高速で振動する剣を作り出す。およそ切れないものはない剣だが、剣であるが故に近距離でなければ効果は発揮しない。
天下は〈高周波聖剣〉に力を込めると同時に体の痛み止めや補助効果の魔法を解除していく。全てのリソースを〈高周波聖剣〉に集めて少しでも威力を高める。
「この一撃に今晩の焼き肉パーティーの是非がかかってる。エマと星夜の笑顔のためにも、死んでもらう。覚悟しろ、スカーレットカウ!」
「ウモオオオオオオッ!」
スカーレットカウも天下の魔法を受けきれないと理解している。拘束から逃れようと暴れているが、いかんせん数の暴力に屈する。
天下が大きく振りかぶる。既に〈高周波聖剣〉以外の魔法は切られている。傷口を覆っていた魔法も解除されているので、体の至るところから出血する。
痛みにもがき苦しむ暇はない。この一世一代のチャンスを逃したら、天下に勝ち目はない。痛む体を押し切って天下は光輝く聖剣を振り下ろす。
「ウモオオオオオオォォォッ!」
「知っているか牛よ、星夜はタンが好きなんだよっ。だから、美味しいタンのためにも肉はゲットさせて、もらうぞぉぉぉっ!」
振り下ろされた剣がスカーレットカウの首に当たる。高級な肉を傷つけては買取価格が落ちてしまう。細心の注意を払って狙いを定める。戦闘の最中、ちゃんとお金のことも忘れない。
天下の手にわずかな抵抗が返ってくる。スカーレットカウは逃げることを諦めて、守りを固める。
「甘い。〈高周波聖剣〉が切り裂くのは肉体だけじゃない、魔術も切り裂く」
高周波の部分が物質を切り裂き、聖剣の部分が魔術や魔法を切り裂く。
〈高周波聖剣〉の前では肉体の頑健さも魔術の才能も意味をなさない。最強の幼馴染みでもなければ、避ける以外の選択肢はない。
「……モゥ」
「また、首を切ってしまった」
スカーレットカウの首が綺麗さっぱり切断される。落ちた首からわずかに呼吸の音が漏れるが、意識しての行動ではない。生前の余力が残っていただけ。
首のない本体も暴れているが、ただの反射行動。次第に弱っていき、少しすれば動かなくなり、その場に倒れる。
「お肉、ゲットだぜ!」
天下の勝利。
スカーレットカウの命は尽きた。
後はファセットを起こして、スカーレットカウを回収。しかるべき所へ持っていき換金する。
しかし、天下も疲弊している。すぐに行動には移せない。
「ちょっと休憩」
その場に座り込む。激闘による疲労、何より大量出血が響いている。緊張の糸が切れてしまって、まとも動けない。
牛の死体の横で天下は寝転がる。
「でも、終わった。勝ててよかった、死ぬかと思ったぜ。ホント、よかった。美味しい肉もゲットしたし……あれ、俺って修行に来たんだよな。肉のためじゃないよな…………ま、いっか」
余計なことを考えながらも、しみじみと天下は勝利の余韻に浸る。視線の先には突き抜けるような青空が広がっている。
太陽の暖かさと心地のよい風を感じながら、もう少し一休みする天下であった。
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