第24話 初めての格上戦
「よしっ!」
「うびゃあ」
天下を起こそうとそろりそろりと近づいていたファセットは、いきなり起き上がった天下に驚かされる。
咄嗟に口を押さえて声を漏らさないように気を遣う。
「何をしてんだ?」
「声が大きい。スカーレットカウに見つかるわよ」
ファセットが警告するが、その心配は無用である。現在進行形でエマの隠蔽効果が発揮されている。多少声を出しても見つかることはない。腹の底から大声を出さなければ、気配を察知されることはない。
しかし、エマが干渉していることを知らないファセットはスカーレットカウに気づかれないかヒヤヒヤしている。
「スカーレットカウから見つかる心配はないぞ。普通に喋って大丈夫だ」
「ホントに?」
戦闘服に引っ付いた木の葉を叩き落としながら、天下は普通に喋る。
ファセットは天下の言葉に懐疑的だが、当の天下が通常の声量で話している。目の前で見せつけられては信用するしかない。
「まあ、ともあれ大丈夫そうでよかった」
「お陰さまでな……」
無傷とは言えないが、魔法で痛み止めと筋力の補助をすれば活動に支障はない。戦闘服様様である。
「とりあえず動けるのならいいわ。今回は引きましょう。生きていれば、またチャンスは巡ってくる」
「いや、逃げない。今回で倒して肉をゲットする」
「バカ言わないで、さっきこっぴどくやられたのを忘れたの。次も生き残れるとは限らない。死にたいの?」
天下とスカーレットカウが互角の戦いでも繰り広げていたら、また違った感想かもしれない。実際は天下は一撃でやられている。ファセットには天下の自信と根拠が理解できない。
「なんてことはない。さっきまでの俺と、今の俺は違う。パワーアップした俺とファセットのコンビならスカーレットカウにも勝てる」
「私を数に入れないでよ。やるなら一人でやりなさい」
「そうか。なら、そのときは俺が一人で討伐して、得たお金は全てもらって、借金は踏み倒させてもらうから」
「卑怯者!」
堂々とクズな宣言をする天下。エンデの町から出られないファセットは天下に逃げられたら、借金を取り立てる手段がない。
借りた側の立場が強く、貸した側の立場が悪い構図。お金の貸し借りにおいて、貸した側が優位性を失ったらおしまいだ。逃げられるのも仕方ない。
「勝率はどれくらいよ?」
「100%……と言いたいところだが、おそらく7割から8割だ。さあ、ファセット・ミコレットよ、伸るか反るか決めてくれ」
「…………えーっい、わかったわよ! 私の命、天下に預ける。しっかり守って頂戴」
天下は勝率を7割から8割と算定したが、実際はもっと低い可能性がある。ファセットも気づいているし、一応計算もしている。
それでも勝算が高いと踏んで、賭けに出る。
「ホントに大丈夫よね?」
「ああ、大丈夫さ。大船に乗ったのは間違いない」
覚悟を決めても怖いものは怖い。ファセットが少しでも不安を払拭するように再三確かめる。
天下も大丈夫とは言ったものの、不安は残っている。しかし、相棒を不安にさせるわけにもいかない。多少のビッグマウスは仕方ない。
それに天下も思春期男子である。女の子に格好いい姿を見せたい欲がある。見栄を張るのも年相応の振る舞いだ。
「基本的には俺が前衛でスカーレットカウと戦う。ファセットには時おりでいいんで、スカーレットカウの気を引いてくれ。ダメージを与えようなんて考えなくていい。後ろには絶対に通さないから」
「随分とご立派な作戦だこと」
即席のパートナーでは小難しい連携など不可能。ならば、目的を明確にして、役割を決めた方が戦いやすい。
「準備はいいか?」
「腹は括ったわ。いつでも、構わない」
「よし、それじゃあ、第二ラウンドの始まりだ」
合図とともに天下が走り出す。一瞬でスカーレットカウとの距離を詰め背後に回る。天下から鋭い蹴りが放たれ、スカーレットカウの後ろ足を襲う。
油断していたスカーレットカウの後ろ足一本の骨を折る。
「モウッ!?」
「ぐっ……」
天下の魔法は確かに強くなっている。
ドラゴン退治をする前より出力はおよそ二割増しになっている。それ以上に扱いずらさが五割増しになっている。
現状、上がった出力に振り回されて、満足に使えていない。
天下が魔法を完璧に制御できるようになって、ようやくスカーレットカウと互角になる。この戦いはいかに天下が魔法の制御をマスターするかにかかっている。
「モウ!」
「怒ったか。骨の一本持っていかれたら、そりゃ怒るか」
骨が折れようともスカーレットカウの動きに変わりない。天下が肉体を損傷しても魔法でカバーして問題なく動けるように、スカーレットカウも魔術を使って補助をする。
「モウウ!」
スカーレットカウの掛け声に呼応して天下を中心に土が盛り上がる。その土は天下目掛けて殺到する。
「たかが大量の土がなんだってんだ。全て消してやる〈位相〉」
大量の土が天下の〈位相〉魔法によって、どこか別の空間に送られる。大量の土が消えたことで、森の中に大きなクレーターが出来上がる。
「くそ、やりにくい。ただでさえ劣勢なのに、肉を傷つけたら価値が下がるなんて、どんな縛りプレイだよ」
天下とファセットがスカーレットカウを討伐するのはお金のため。強くなることが主目的ではない。なので、スカーレットカウを必要以上に傷つけて商品価値を落とすわけにはいかない。
「モー!」
土を動かしても意味ないと判断したスカーレットカウは天下に向かって突進する。しかも、圧縮した土を自分の身にまとって鎧にするおまけ付きだ。
「嬉しくないおまけだ」
シュン、と風を切る音がしてスカーレットカウの側面から鋼鉄のように硬い矢が高速で飛来する。
隙を窺っていたファセットの援護である。
残念なことにファセットの矢は土の鎧に阻まれて本体には到達しない。それでもスカーレットカウの気を一瞬だけそらす。
一瞬あれば十分。天下は刹那でカウンター準備を済ませる。
「これでも食らいやがれ、乾・坤・一・擲のぉぉぉ、〈鬼金棒〉っ!」
魔法によって作り出されたこの世に存在しない物質を金棒の形にしたのが〈鬼金棒〉魔法。その金棒を天下はあらんかぎりの力で投擲する。
「ゥモオオオッ!」
スカーレットカウと金棒が正面衝突する。
土をまとった牛と金棒が激突するシーンは傍から見ているとシュールである。しかし、当人には命をかけた戦い。笑いは不要である。
「……モ、モゥ」
「どうやらカウンターは効いたみたいだな」
牛と金棒の激突は金棒の勝利。
完全にスカーレットカウの突進を受けきって、足を止めることに成功する。
「牛さんよ、角、折れてるぜ」
「……ブモゥ」
ポロリとスカーレットカウの赤い角が片方だけ落ちる。角は折れたが、スカーレットカウにダメージらしいダメージはない。
スカーレットカウの角に重要な役割はない。たとえ折れても、いずれは生え変わる。天下の〈鬼金棒〉魔法に足止め以上の効果は上がらなかった。
「がはっ!」
天下の口から血が溢れる。
先の牛と金棒の激突、天下にダメージがないように見えるが、むしろダメージを受けたのは天下である。威力重視で魔法を行使したため、魔法の制御がうまくいかずにエネルギーが体内で暴れた。
暴走した魔法によって体内がズタボロにされた。戦闘服に隠れて見えないが、身体中の至るところから出血している。
「天下っ!」
突然の吐血にファセットが声をかけるが、天下は視線で制止をかける。ファセットの役割は援護。前に出てきて狙われたら、天下の負担が増える。
それに天下も〈鬼金棒〉魔法を使ったら、ダメージを受けることを理解していた。スカーレットカウの突進を止めるには全力で立ち向かうしかない。
暴走を恐れて力を抜いていたら、スカーレットカウの突進を止められなかった。そうなると余計にダメージを負っていた。
「俺は問題ない。まだ、戦いは始まったばかり。本番はこっからだよ」
天下は虚勢を張る。
魔法で痛みを誤魔化しても、痛いのは痛い。
虚勢を張らなければやっていられない。
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