第22話 ファセット・ミコレットの戦う理由

「(天下、嘘でしょ。私の援護する間もなくやられてるじゃない!)」


 天下とファセットは早速スカーレットカウ狩りにやって来ていた。

 天下としてはもっと町を散策したかったのだが、ファセットが金、金、金とうるさいので先に金策を済ませることにした。

 町の発展が戦いを中心に展開している考察をしたい天下であったが、一旦棚上げにしている。

 エンデの町から高速飛行でスカーレットカウの棲息地までやって来て、すぐに見つけたまでは順調に進んでいた。

 問題はその後である。天下とファセットは共に具体的な戦い方を知らない。連携を取ろうにも情報が足りない。軽く打ち合わせをしてからスカーレットカウに挑む予定で行動していた。

 しかし、運が良かったのか悪かったのか、スカーレットカウに即座に見つかってしまった。スカーレットカウは好戦的で縄張りの侵入者に容赦しない。

 天下が咄嗟に前に出たことでスカーレットカウの狙いは天下一択。ただでさえ格上の相手に準備不足で挑むのは愚策。天下はなすすべもなくやられてしまった。

 幸いにしてファセットは身を隠したので、スカーレットカウに見つかっていない。しかし、見つかるのも時間の問題。

 ファセットの実力では逆立ちしてもスカーレットカウには勝てない。見つかったら一巻の終わり。絶体絶命のピンチである。


「(もう、最悪。こんなことなら、借金を背負った方がマシじゃない)」


 死ぬことに比べたら多少の借金は一時的な足枷。長く続く未来の価値とは釣り合わない。

 ファセットは目の前のお金を優先したことを後悔する。天下の実力ならリスクの少ない手段も取れた。長期的な返済を考慮しなかった、ファセットの落ち度だ。


「(こんなはずじゃない。お母さん、お父さん、死にたくない)」


 ファセットの父親は出版社に勤務するサラリーマン。母親はレストランで料理人として働いている。

 母親は町の外に出ることを影ながら応援してくれているが、父親は娘に危険な真似をして欲しくないと心配している。

 夢を追いかけるファセットは父親とは折り合いが悪くなっている。


「(私はこんなところで、死なない。絶対に生き延びてやる。そのために努力しきたんだ)」


 ファセットは町でアルバイトをして、その給料で町の道場に通った。町の外で活動できるくらいに強くなると、町の外を散策して経験を積んだ。

 魔物を倒せるようになったし、お金になる素材の知識も豊富にある。その中にはスカーレットカウの知識もある。


「(こんなところで躓いていたら、一生かかっても外の探索なんて不可能。私だって、あの人のように大陸中を旅するんだ)」


 ファセットが町の外の世界に興味を持ったのは、町にやって来た旅人に外の世界の話を聞いたことから始まる。

 旅人はたくさんのことを語ってくれた。一年中雪が降り積もる極寒の土地、落差数千メートルの滝から見た絶景、誰が作ったのかわからない古代遺跡、特定の日に現れる空に浮かぶ島、などの嘘か真かわからない話に魅せられた。

 数々の冒険譚を自分の目で見るためにファセット・ミコレットは旅をする。

 夢を叶える前に死ぬわけにはいかない。何としても生き残る。


「(でも、どうする。一瞬でも気配を発したら即座に見つかる、私の実力じゃ絶対にスカーレットカウには敵わない)」


 戦うのは論外。コンバットコッコに苦戦するファセットではスカーレットカウと対峙しても瞬殺されるのがオチである。

 戦う選択肢は却下。戦う以外の手段を模索する。


「(戦えないなら、逃げるのが一番。隙を見て…………縄張りにいるから難しいか。縄張りの異常を見落とすおバカさんなら良かったのに)」


 ファセットが見つかっていないのは、スカーレットカウが侵入者(天下)を退治して油断していること、気配を圧し殺していること、二つが重なって奇跡的に難を逃れている。

 逃げようと少しでも行動に移した瞬間、ファセットは見つかる。残念ながら、ファセットはスカーレットカウに見つからずに逃げ出す技量はない。


「(もしかして、詰んだ?)」


 考えれば考えるほど、絶望に思えてしまう。危機的状況のためか、つい悪い方に思考が偏る。


「(いやいやいや、諦めるのはまだ早い。きっと何か方法があるはずよ。絶対に生き延びると宣言したでしょ)」


 自力でどうにかできないのなら、他力に頼るしかない。しかし、当の他力である天下は生死不明。スカーレットカウの一撃でどこに飛ばされたかも確認できない。

 ファセットはスカーレットカウに見つからないように慎重に視線を動かす。細心の注意を払って音を立てないように静かに天下の行方を探る。


「(いたっ、生きてる! っていうか、意外に元気そうじゃない。気絶してるけど、大怪我はしてなさそう。心配して損した)」


 天下が咄嗟に前に出てから吹き飛ばされたので、結果的にファセットの近くまで戻されていた。そのため発見できたのである。

 木に引っ掛かっている天下に外傷らしい外傷は見当たらない。ファセットは預かり知らぬことだが、天下の戦闘服は世界一。衝撃を吸収するだけでなく、攻撃力や防御力さらには速度も上げる効果が付与されている。

 戦闘服の助けもあって、天下は辛うじて生きている。戦闘服を着用していなければ、世界トップクラスの実力でも死んでいたのは間違いない。

 コンバットコッコの二倍の強さは誇張でもなんでもない。天下の実力を上回っているのも間違いない。


「(とりあえず、私一人じゃ勝てないから天下を起こさないと。絶対に生き延びる、天下を囮にしてでも)」


 ファセットは自分の命が惜しい。生き延びるためなら、出会って数時間の男子を見捨てられる。天下に情を抱くほどの交流はしていない。

 ファセット・ミコレットの一世一代のミッションがここに始まる。

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