第21話 散策と金策

「ここは、肉まんみたいなのが売ってるな。これも美味そうだ、すいませーん、これください」

「あいよ。すぐに準備する待ちな」

「ちょっと待ちなさいよ。誰が支払うと思っているのよ?」

「いや、ファセットだろ」


 無一文の天下に支払い能力は皆無。ファセットが支払うのは確定している。なぜ、誰が支払うのかの疑問を抱くのか不思議でならない。

 エンデの町の散策を続けている天下とファセット。

 天下は初めての散策に目につくやれやこれやを購入している。正確にはファセットが立て替えているのだが。


「おっ、これ美味い。お土産に10個くらい買っておくか」


 天下が食べているのはもっちりふわふわの生地にタケノコ、シイタケ、タマゴ、ギンナン、豚肉などが入った五目肉まん。

 肉まんと思って食べたら、いい意味で裏切られる。サクサクしたタケノコの食感、豚肉の甘味、食べるごとに違う味わいを見せてくれる肉まんは絶品である。

 サイズもちょうどいいのでお土産にぴったりだ。天下の〈位相〉魔法なら、空間を固定することで全く変化が起こらなくなる。つまり、お土産が買ったままの状態で提供できる。荷物になる心配や出来立てを提供できない心配とは無縁である。


「ちょっと待ちなさいよ。そのお金は払わないわよ」

「ケチくさいこと言うなよ。別に借りた金を返さないなんて思ってないぞ。一時的に立て替えてもらうだけだろ」

「あのね、ものには限度があるのよ。私のお財布がすっかり寂しくなっているのよ。これ以上は私もお金は出さないから」


 庶民のファセットにお金の余裕はない。ひとつひとつの商品は安くても、塵も積もれば山となるように、天下の買い物に際限はない。

 肉まん、おもちゃ、ステッカー、シール、糸、本、お菓子、天下は異世界ならではのものを目につく端から購入している。

 むしろ今まで黙っていたファセットを褒めるべきかもしれない。


「はぁ、わかった、わかりました。俺に譲歩しろってことだろ」

「どうして私がわがまま言ってるみたいなのよ! あなたが無計画に買い物するのがいけないんでしょ!」

「落ち着け、どうどう」


 異世界の女性おっかねぇ、と思いながら天下はファセットを宥めるのであった。


「それで、たくさん購入したわけだけど、お金の都合はつくのかしら?」


 落ち着きを取り戻したファセットの一番の悩みは貸したお金を踏み倒されること。助けてもらった義理はあるものの、義理以上の出費を強いられている。

 回収しないと明日の生活に響く。


「そんなもん、ないに決まってるだろ。俺はエンデの町初心者だぞ」

「威張って言うことかっ!」

「近くに金になりそうな魔物に心当たりはないか?」


 ドンケルハイト大陸もエンデの町も詳しくない天下は何がお金になるか知らない。そもそもお金を稼ぐためにやって来たわけではないので、下調べもしていない。


「それなら、ゴールデンシープの羊毛は高いわよ。エンデの町では飼えないし買えないから貴重よ。かなり高額で取引されてる。しなやかで強靭、保温効果も高い貴重な羊毛。私だって欲しいくらいよ。群れで生活しているから見つけたら一攫千金も夢じゃない魔物ね」

「都合のいい魔物だ。それで、そのゴールデンシープとやらはどこに棲息している」

「エンデの町から離れた場所に平原があって、そこに棲息している。でも、今は換毛期で毛が抜け落ちているから、行っても毛は取れないわね」

「ダメじゃん」


 いくら素材が高値で取引されようが入手する手段がなければどうしようもない。

 ちなみにゴールデンシープは繁殖力が低いので殺傷することは禁止されている。また、必要なのは羊毛なので、ゴールデンシープを足止めして的確に毛を刈る技術も必要になる。

 ゴールデンシープの強さはそこそこでも、素材を集めるのが大変な難易度の仕事でもある。


「他には?」

「スカーレットカウがいるわ。こっちは年間を通して狩っても大丈夫よ。とにかくお肉が上質で、とろけるような甘さのお肉だそうよ。……私は食べたことないけど」


 スカーレットカウのお肉は超がつく高級肉。庶民のファセットには縁がない。


「ミルクも絶品で、くどくない甘さとコクがあるそうよ。こっちも私は飲んだことない」

「なら、そのスカーレットカウとやらを狩るとするか」

「問題がひとつあってね。とにかく強いのよスカーレットカウは。ちなみに天下が戦ったコンバットコッコの二倍の強さと言われているわ」

「それはヤバイな」


 天下には独自の強さに対する指標がある。

 天下の強さを100とした場合。異世界に来て初めて討伐したドラゴンが20。

 ドンケルハイト大陸で初めて狩ったシャープスネークが30。

 コラボモンキーは単体なら35で群れなら50。コンバットコッコは60。

 単純計算でスカーレットカウの強さは120になる。これは天下の強さを越えている。


「だが、挑戦の甲斐がある」


 天下の目的は修行。

 異世界観光でも人助けがメインではない。自分より強い相手と戦って強くなることは理に叶っている。


「戦う気なの?」

「もちろん」

「勝てるの?」

「それはわからん。だってコンバットコッコの二倍強いなら、俺より強いことになる。勝てる保証はない」

「ダメじゃん」


 ファセットは堂々と敗北宣言する天下に呆れる。それに勝ってもらわないと貸したお金が返ってこない。

 今後の生活のためにも確実に稼げる仕事を斡旋しないといけない。


「勝てる保証がないなら却下よ。お金は返してもらわないと私の生活が立ち行かないのよ」

「ファセットは強くなりたいんだろ。なら、俺と一緒にスカーレットカウを討伐しよう。俺単体だと厳しくても、二人なら楽勝さ」


 天下はファセットの正確な実力を知らない。スカーレットカウの強さも知りようがない。なので二人で楽勝に倒せる確証はない。

 それでも強くなりたい二人がタッグを組めば活路を見出せる。


「私も行くの!?」

「道案内兼仲間として期待してる」

「他の魔物にしなさい。死んだら元も子もないのよ」

「なら、ここでお別れだ。俺は一人でスカーレットカウを倒す。そして、そのまま別の町に向かう」


 ドンケルハイト大陸に町があることを知った天下にエンデの町に留まる理由はない。

 スカーレットカウの換金もエンデの町で行う必要もない。そもそも町に入らなければお金を使わないので、工面する理由もなくなる。


「ちょっと待ちなさいよ。借金を踏み倒す気」

「そんなことはないさ、俺とファセットでスカーレットカウを討伐して換金したら、きちんと返すさ。それ以外の方法を提案されても俺は却下するだけさ」

「私に選択肢がないじゃない!」


 半分は脅しである。強くなるためにはリスクを取らないといけないこともある。安全マージンに気を配ることも大切だが、時には挑戦しないと前に進めない。


「そんなことはない。強くなりたいと言いながら、挑戦しないのならそこまでなんだろ。一生強者から目を逸らして、挑戦から逃げ続けたらいい」

「私だって強くなりたい。でも、私の実力はスカーレットカウに挑むには足りてない。挑戦じゃなくて、無謀で無鉄砲の自殺行為よ」


 コンバットコッコに苦戦していたファセット。対スカーレットカウでは下手したら足手まといになる。必ずしも参戦することが最善とは限らない。


「ファセットが戦えるとか戦えないとかは関係ない。一人より二人。俺もいるんだ、なんとかなる。いや、なんとかするんだ!」

「根拠がないのね。……でも、心惹かれる私がいる。強くなりたい思いが溢れてるのも事実。二人ならやれるんじゃないか、そういう思いがないと言ったら嘘になる」


 ファセット一人ならスカーレットカウに挑むとは天地がひっくり返っても思わない。しかし、コンバットコッコと手加減して互角以上に戦える天下がいるなら、勝機はある。

 援護に徹して前線に出なければ足を引っ張らない。


「あーもう、自分が嫌になる。私ってリスクを取るようなタイプじゃないのに乗せられてる」

「結局、スカーレットカウに挑むのか、挑まないのか?」

「やってやるわよ。やればいいんでしょ。これは天下に乗せられたんじゃない、借金を踏み倒されないようにするためなんだからね」

「……えっ、なんで最後ツンデレ?」


 唐突なファセットのツンデレが炸裂したが、二人はスカーレットカウ討伐を決めた。

 この選択が吉と出るか凶と出るかはまだわからない。

 蓋を開けてみてのお楽しみ。

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