第20話 初めての辺境の町

「ちょっとあんた、加減ってものを知らないのかしら! ぜはぁぜはぁ!」


 ドンケルハイト大陸の森の上空を高速で飛行すること数分。目的の町が見えた天下は町の手前で大地に降りる。

 どうやらエルフは空の旅路がお気に召さなかったようで、到着一番不平を漏らす。


「何が不満だ? すぐに到着しただろ?」

「早すぎなのよ!? 空を飛んでいる間、ずっと生きた心地がしなかったわよ」

「またまた、ドンケルハイト大陸に住んでいるんだろ、あの程度で根を上げてたらやっていけないだろ」


 ドンケルハイト大陸で生活するには最低限の強さが必要になる。エルフも一人で森の中を探索し、コンバットコッコと戦闘していた。

 天下の飛行速度はドンケルハイト大陸の住人なら問題ない程度に抑えていた。


「あんな速度で飛ぶなんて、辺境ではないのよ。もっと常識ってものを…………あなた、外の冒険者だったわね」

「そういや、あなたあなたって名前を教えてなかったな。俺は天下。そっちは?」

「怒っている私がバカみたい。私はファセット、ファセット・ミコレットよ。そこの辺境の町エンデの出身よ」


 ファセット・ミコレット。

 見た目は天下と同世代に見える。耳は尖っていて、淡い金色の髪を腰の辺りまで伸ばしている。服装は森に溶け込むような緑を基調としたデザイン。

 しなやかな腕に括れた腰、背中に弓と矢筒を背負った美少女。

 天下は幼馴染みと義妹で美少女は見慣れている。さらにクラスメイトにも美少女がいるので、ファセットに見とれることはない。


「それにしても、でっかいな」

「……はっ!? まさか、私の胸のこと!」

「何を言ってるんだ? そんなわけないだろ」

「悪かったわね、どーせ私の胸はぺったんこですよ。……って、私は初対面の男子と何を話しているの!」


 ファセットが勝手に盛り上がっているのを横目に天下は町の外壁を眺める。町の外壁にしては巨大で厚みがあることを空にいるときから確認している。

 魔物の脅威から町を守るには必要な処置なのだろう。天下でも崩すとなると全力の一撃が必要になる堅固さが見てとれる。

 だが、問題がひとつ。入口が見当たらない。


「エンデの町の入口はどこだ? それらしきものが見当たらないぞ」

「そんなのないわよ。入口を作ったら、そこが狙われるでしょ。だから、あえて作ってない」

「つまり、わざわざ町の前に降りた意味はーー」

「ないわ」

「がーん」


 常識に縛られた天下の失態。

 エンデの町の住民は外に出たければ、巨大な外壁を越える実力がないとならない。ドンケルハイト大陸で生き抜くには必須の技術である。

 もちろん階段や手すりの類いはない。ツルツルの壁がそり立っている。


「はぁ、落ち込んでても仕方ない。気を取り直して入場させてもらう。入る場所が決まっているとかはあるか?」

「どこからでも問題ないわよ。侵入者を監視する人員と魔術が張り巡らされているだけで、何もしなければ無害よ」


 外壁だけに頼っていたら上空からの侵入を防げない。人の目による監視と魔術による監視のダブル体制で町を守護している。


「そうか。なら、早速。ほらっ」

「何よ、その手は?」

「空を飛ぶだろ」

「要らないわよっ! 私は一人で行けるわ」


 ファセットは天下の伸ばされた手を払い除けて一人で地面をかけて、そのまま外壁もかけ上がる。天下と違って空を飛ぶことはできない。

 外壁の高さは目算で100メートルオーバー。かけ上がるのも一苦労だ。


「壁を走るとは、なんとも効率の悪いことをしている」


 天下はその場で飛翔して、ファセットより先に外壁の上に立つ。外壁はそのまま通路になっている。幅的には車が余裕ですれ違えるので通路と呼ぶには相応しくない。

 町の端で戦うための防衛ラインでもあるため、このように距離を確保している。


「天下、上るの早すぎ! はぁはぁ」

「改めて見るとこの町はすごいな。今まで見た中で一番発展している。広さも尋常じゃない」


 天下が見たイドリッシュの町、港町アンファンは産業革命後の町並みをしていた。対して眼下に臨むエンデの町はさらに50年くらい先の技術で発展している。

 天気、ガス、水道のインフラは個人宅まで完備されている。

 圧巻なのは町のスケール。港町アンファンの十倍以上の敷地を有している。その全てを巨大な外壁で囲っている。

 外壁が霞むくらい町が広いので、外壁による圧迫感はない。


「外の大陸は知らないけど、エンデの町はドンケルハイトでは田舎よ。中央の方がもっと発展している…………そうよ?」

「なんで、疑問系なん?」

「…………ないからよ」

「えっ、聞こないぞ」

「…………ことがないからよ」

「いや、だから聞こえない。もっとはっきり喋ってくれ」

「私が弱くて中央の町に行ったことがないからよっ! これで、いいかしら」


 ドンケルハイト大陸は中央に進むと魔物が強くなる。弱いともちろん殺される。町から町への移動は日を跨ぐので、魔物を振り切って逃げるのは得策ではない。魔物を倒せる実力がないと、町に着く前に力尽きる。

 旅をするには過酷な世界が待ち受けている。


「そうだよな。弱いってのは辛いよな」

「何よ、同情」

「違う。俺だって弱いから強くなるためにここに来た。幼馴染みが強すぎて、立場がないんだよ」


 生きていくだけの力があっても上には上がいる。天下が魔界の番人と呼ばれようが、幼馴染みには敵わない。

 最強の幼馴染みの横に立つには、世界トップクラスの実力は意味をなさない。


「そうなの、あなたも大変ね」

「だが、やり甲斐はある。目標があるから、頑張れる」

「ふふっ、そうね」


 同じ目標を持つもの同士、天下とファセットは少しだけ仲良くなる。



 天下とファセットは町を散策するのだが誤算があった。天下はドンケルハイト大陸に人が住んでいるとは微塵も思っていなかった。さらに文化を形成して町を作っているなど想定外。

 お金は持っていないし、換金できるものの持ち合わせもない。


「まさかの無一文。これまで倒した魔物とかないの?」

「シャープスネーク、コラボモンキーの死体なら少々」

「どちらも二束三文ね」


 エンデの町は農業も畜産も行っている。わざわざ町の外の魔物で食料を調達する必要がない。需要がないので魔物の肉は売れない。

 素材としての価値もないのでお店でも買い取ってくれない。

 町では生産できない珍しい魔物の素材か美味しい魔物の肉でもなければ需要はない。

 町から一歩出たら遭遇するノーマル魔物に価値はない。

 天下が逃がしたコンバットコッコなら肉が上質なので、買い取ってもらえたくらいだ。


「仕方ないわね。今日は助けてくれたお礼も兼ねて、私が出すわ。きっちり耳を揃えて返してもらうからね」

「安心しろ。利子つけて返す」


 魔界の番人と呼ばれ世界トップクラスの実力を持っていてもお金がなければ何もできない。


「おっ、あの店の揚げた肉が美味そうだ」

「って、言ったそばからぁぁぁ! 少しは遠慮しなさいっ」


 天下とファセットの金銭感覚はかなり違う。

 時計家は代々魔法使いを排出する名門。生まれたときからそこそこの暮らしをしていた。天下が稼ぐようになってからは贅沢三昧。

 対してファセットは庶民。エルフの生まれだろうが、それなりの強さを持っていようが、エンデの町では至って普通の家庭で育っている。

 お金に苦労したことがない天下と根っからの庶民のファセットの金銭感覚が違うのは当たり前。


「ちょっと、ホントに無駄遣いはやめてよね。私にも生活があるんだから」

「いいじゃないか、ちょっとくらい。初めての町なんだよ、少しくらい贅沢してもバチは当たらない。……って、おいおい、あのちっこい髭面のおっさんは、もしかしてドワーフか!?」


 よくよく町に目を凝らすと人間以外の種族を見かける。ずんぐりむっくり体型で髭を生やしたドワーフ。ファセットのように耳が尖っているエルフ。獣の耳や尻尾を生やした獣人。

 他の大陸では見かけなかったファンタジーな種族が当たり前のように闊歩している。

 この景色を見られるだけで異世界アウスビドンに来る価値がある。


「ファンタジー最高っ!」

「いきなり変なこと叫ばないでよ、私まで恥ずかしいじゃない」


 町の往来で突然叫び出した天下に住民の視線が集まる。ファセットがなんでないと誤解を解いたのですぐに視線は散ったが、いらぬ恥をかかされたと天下を睨む。


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