第19話 初めてのエルフ
ドンケルハイト大陸の森の中。人も立ち寄らぬ場所で女性の悲鳴を聞き取った天下は、声のした方角に進む。
魔物が獲物をおびき寄せるための罠か何かと疑いながら。
進むこと数百メートル。現場に辿り着く。
「魔物と……魔物じゃない。…………耳が尖ってる、エルフなのか?」
天下の下調べでは異世界アウスビドンには魔物はいても、人間以外の種族がいるという情報はなかった。所謂、エルフやドワーフの類いは空想の産物。伝説に語られる存在だ。
そんなエルフがニワトリと戦いを繰り広げている。
エルフは女性のようで、よくある空想の通りに弓を主体にしている。女性だからなのかエルフだからかわからないが、筋肉らしい筋肉がないしなやかな体型。魔術は得意なようで、魔術を活かして戦いを進めている。
対してニワトリは高さが1メートルくらい。スマートながらも筋肉質で肉弾戦を得意としている。体の色が赤色で、鶏冠が白色。天下が知っているニワトリとは色が逆転している。
「って、見とれてる場合でもないか。手助けは必要か?」
天下は声をかけてから言葉が通じるのか不安に思う。彼女がドンケルハイト大陸の先住民なら言葉が通じない可能性もある。
「助けてくれるの? って、あなたは外の人ね。どうやってこのコンバットコッコと戦うのよ。外の冒険者が敵う魔物じゃないわよ」
「外ってのが他大陸のことを指すなら、確かに外の冒険者だが。俺は強い、そのニワトリに負けないくらいにな」
言葉は問題なく通じている。さらに目の前のニワトリがコンバットコッコという名前とも知れた。
天下の観察によるとコンバットコッコの強さは群れたコラボモンキーと同程度。連戦の疲れはあれど、負ける相手ではない。
「このニワトリ、もらっていいか? できれば一人で戦いたい」
「はぁ、何言ってるの? 死にたいの? 外の冒険者じゃ絶対に勝てっこない。援護だけしてくれたらいいから」
エルフからすると外の冒険者が弱いのは常識。天下の知っている一流の冒険者でも、コンバットコッコには逆立ちしても勝てない。
しかし、天下も引き下がるわけにはいかない。修行のためにわざわざドンケルハイト大陸までやって来た。みすみす絶好の機会を逃すこともない。
「まぁ、見てろって。よっと、おらっあああ!」
天下はエルフの忠告を無視して戦いに介入する。弓と魔術の合間を掻い潜ってコンバットコッコに近づき、横からボディを殴る。
ドラゴンの時の反省を活かして全力での一撃。ドラゴンなら鱗を貫いて肉を抉る衝撃を与える。
コンバットコッコは地面を横滑りする。うまく衝撃を逃がしたようで倒すには至らない。それでも横からの奇襲でいくらかのダメージを負っている。
「コケェエ!」
「……! 驚いた、あなた本当に強いのね」
「だから言ったろ、俺は強いって。だから、あんたは高みの見物をしててくれ。このコンバットコッコとやらは俺がもらう」
エルフは少なくとも天下がコンバットコッコと戦える実力があることを実感する。それでも完全に戦いを任せるわけにはいかないので、少し離れた位置でいつでも援護できるように待機する。
「コケッコケッ」
「おっ、お前もやる気みたいだな。どっちの肉体が強いか試してみるか?」
コンバットコッコの蹴撃が天下を襲う。逃がした衝撃で地面が陥没するがお構いなし。スピード、体勢、蹴りの形、どれを取っても一流の武芸家のコンバットコッコ。
天下は負けじと肉弾戦に応じる。
「あなた、バカなの? どうして肉弾戦が得意なコンバットコッコに格闘を挑むのよ。魔術の方が得意でしょ!?」
「魔術が得意か、と聞かれたら、その答えはノーだ。そして格闘を挑むのは修行が目的だからだ。相手の得意分野でねじ伏せてこそ、強くなれるのさ」
天下は決して肉弾戦が得意ではない。最強の幼馴染みとの模擬戦で人並みには戦えるようになっているだけ。誰かに師事した経験はない。
そして何より、天下は魔術を使えない。天下が使えるのは魔法。
魔法と魔術は完全なる別技術。アウスビドンの住人は魔術を使えるが、魔法を使えない。逆に地球の住人は魔法を使えるが、魔術を使えない。
一見同じに見えても発動までの行程は全く違う。知らない人からすると同じに見えてしまうのは仕方ない。
「これで、終わりだぁぁぁ!」
「コケッ、コココケェェェ!」
天下とコンバットコッコの渾身の一撃がぶつかり合う。
「……がはっ」
天下は衝撃をうまく逃せずダメージを負う。立つのも困難になり、膝を着く。
「コ、コケッエエエ!」
コンバットコッコが勝鬨を上げる。コンバットコッコも天下に負けず劣らずの満身創痍である。立っているのも一苦労。
コンバットコッコは天下に一礼をして離れていく。
少年漫画のように、河原で殴りあった少年同士が仲良くなるように、天下とコンバットコッコの間に友情が芽生える。
コンバットコッコも理解していた。天下が得意な魔法を使用していないことを。また、致命傷を与えようとするとエルフが邪魔することを理解していた。
故に決着がつけば、立ち去るのみ。
「ちょっと、コンバットコッコが逃げるわよ!」
「行かせてやってくれ、あのコンバットコッコは多分悪い奴じゃない」
「はぁ、何言ってるの? 助けてくれたことには感謝するけど、魔物を逃がすなんて、何を考えているのよ、あなた」
友情が芽生えたなど露とも思わないエルフは仕留めるべきと進言するが、天下が待ったをかける。
エルフは天下に救われた身、強く反論できなかった。
「ひとつ聞いていいか?」
「何かしら? 答えられることなら答えるわよ」
「あんたはドンケルハイト大陸に住んでいるのか?」
「ああ、そっか。外の冒険者は中に入らないから、知らないのよね。この大陸にはいくつもの町があるわよ。私はそこの出身よ」
「町が、あるのか……」
人跡未踏の地と聞いて天下はすっかり人の住まない大陸だと勘違いしていた。
単に冒険者が弱くて大陸を探索できていなかったにすぎない。
「その町ってのは俺でも入れるのか?」
「ええ、大丈夫よ。辺境の町だけど、たまに旅人がやって来るし」
「行ってみたい。案内を頼めるか?」
「構わないわよ。私も帰るから、ついでに案内してあげる。……収穫もないし」
よしっ、と思わぬ収穫にガッツポーズする天下。
まさかまさかである。ドンケルハイト大陸の住民なら会う価値がある。
ネセサティーズのようななんちゃって一流冒険者と違ってドンケルハイト大陸で生活基盤を築いているのなら、魔物に負けない力を持っている。
中には天下より強い住民がいる可能性が否定できない。
「なら、早速行こう。時間がもったいない。さあ、町はどっちだ」
「とりあえず、あっちよ」
「時間が惜しい、来い!」
天下はエルフの腕を掴んで示された方向に進む。
時間が惜しいので森を突っ切るのではなく、空を飛んで一直線に向かう。
「えっ、いきなり何よ、照れ……ちょっとぉぁぉぉ、そら、空、飛んでるるぅぅぅ!」
エルフの悲鳴に構わず、天下は大空を高速で飛翔する。
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