外縁部編

第17話 孤独の探索

 ドンケルハイト大陸の海岸付近はあまり草木の生えない土地だが、少し進むと木々がまばらに生えている。さらに奥に進むと林が広がっている。

 冒険者が活動するのは見通しのいい林の手前まで。どこから襲われるか察知しにくい林に入るのは自殺行為。

 他の冒険者からも姿が隠れるので、ピンチでも助けてもらえなくなる。

 そんな林の中に天下は躊躇なく足を踏み入れる。


「かなり鬱陶しいな。魔物だけじゃなく、毒虫や植物にも気を配らないといけない。普通の冒険者には割に合わないんだろうな」


 天下は道なき道の草木を掻き分け、どんどん奥に進む。もし他の冒険者が見たら直ぐにでも引き返すよう説得するだろうが、天下は一人。誰も止めるものはいない。


「キシャァァ!」

「鬱陶しい、〈光線〉…………何っ!」


 木の上から突然降ってきた蛇が天下を噛むべく襲いかかる。単に上から降ってくる奇襲にやられる天下ではない。事前に察知して蛇の攻撃を避けて、反撃する。

 ここまでは天下の想定通りだったが、天下の反撃の〈光線〉魔法が避けられる。一切の手加減はしていない。ドラゴンをも殺す一撃が容易く避けられる。


「おいおい、さっきの一撃を避けられるとは想定外だ。侮れんなドンケルハイト大陸。確か蛇の魔物はーー」


 天下はドラゴン退治の際、ドラゴンの名前を知らなかった反省を活かし、船旅の最中にネセサティーズのメンバーからドンケルハイト大陸の魔物の情報を仕入れていた。

 情報は魔物の見た目と名前くらいで、どういった特徴を持っているかは聞いていない。

 魔物の強さや弱点を見抜く観察力を鍛えるためであったり、未知の強敵でも冷静に戦える精神力を手に入れるために、あえて魔物の詳しい情報は知らないままにしている。

 修行をするのに楽をしていては強くなれない。目標は最強の幼馴染みの横に立つこと。楽しているようでは一生夢は叶わない。


「ーーシャープスネークだったな。とりあえず、すばしっこいのは確定だな。まずは〈光線〉が通用するか確かめる」


 シュン、シュン、シュン、と林の中に光の帯が幾度も現れる。時には一本ではなく複数が同時に現れる。


「マジかよ。全部避けやがった。つーか普通の冒険者はどうやってこのすばしっこい蛇を倒すんだ?」


 天下の〈光線〉魔法はことごとくが避けられる。シャープスネークも〈光線〉魔法の弾幕に攻めあぐねている様子。

 攻撃が当たらない天下と攻撃を避けるしかないシャープスネークで膠着状態が形成される。


「……シャシャ」

「ああ、くそっ! できればすばしっこい奴より早さで上回って倒したかったが、諦めるしかない」


 天下の修行は始まったばかり。最初の魔物に時間をかけていられないのも事実。先に進むため一旦弱点を探る。

 一流の冒険者ネセサティーズが倒せる魔物なので、早さを封じる方法が必ずある。


「一般的に蛇は寒さに弱い。ここら一体の気温を下げれば活動は鈍る。だが、ネセサティーズにそんな芸当は不可能。別の方法だろうな」


 天下の魔法の腕前は地球でトップクラス。やろうと思えば天候を操作することも可能だ。

 たかが蛇の魔物に天候操作という大技を使用していては幸先が悪い。できる限り省エネで倒したい。


「観察する、しかないな。防御に集中して、お前の実力を丸裸にしてやる」

「キシャシャシャ!」


 攻撃が止むや否やシャープスネークが天下目掛けて真っ直ぐ飛びかかる。目にも止まらぬ早さだが、防御に集中している天下の目には容易く捉えられている。

 体を横にずらしてシャープスネークの攻撃を回避する。


「シャシャ!?」

「……早さは目を見張るが、精々リニアモーターカーとタメを張るくらいか」


 リニアモーターカーの最高時速はおよそ600キロメートル。秒速にするとおよそ160メートルである。視界の範囲内なら0.1秒で距離をゼロにする。

 普通の動体視力では小さな蛇を目で捉えることは不可能。天下がいかに人間離れしているかが垣間見える。

 ちなみに天下はシャープスネークの動きを完全に捉えているので、カウンターを入れたら楽に倒せる。あくまで、最善の方法を探すのが目的なので倒さない。


「シャシャ!」

「今度は上からか」


 シャープスネークは正面からの攻撃が当たらないと理解して、即座に攻撃方法を変える。知性があることは間違いない。

 木をするすると登ったシャープスネークは直ぐには飛びかからず、木から木へと真っ直ぐ飛び移って天下を撹乱する。

 自身の高速移動という特徴を活かした戦法のようである。


「シャ!」

「だから、見えてるんだって」


 シャープスネークは人間の死角である背後から真っ直ぐ襲いかかる。しかし、天下に死角はない。360度視界は確保しているし、なんなら木の裏や地中もカバーしている。

 蛇には申し訳ないが、全ての軌跡が丸見えだ。

 背後からの奇襲だろうと容易く看破して、避ける。


「なるほどね。シャープスネークは真っ直ぐにしか進めない」


 シャープスネークの行動を解析し、答えを導き出す。

 どうやらシャープスネークは真っ直ぐにしか進めないようで、途中で方向転換ができないらしい。

 真っ直ぐ来るのがわかっているなら罠を張るのも容易。高速移動に特化しているため、攻撃力や防御力は高くない。一度捕らえてしまえば怖くない。


「種が割れれば楽勝だな。よっと、シャープスネーク捕まえた」

「キシャシャ!?」


 捕まえられたシャープスネークは天下の手の中で暴れる。元々力の弱いシャープスネークは逃れるはずもなく、いたずらに暴れて体力を消耗する。


「お前はもう終わりだ〈鎌風〉」

「シャ……」


 鎌のように鋭い風が発生し、シャープスネークの首を断ち切る。

 ぼとり、と頭が落ちてシャープスネークは絶命するのであった。


「これで雑魚なんだよな。恐るべしドンケルハイト大陸」


 天下が調べた限り、ドンケルハイト大陸の外縁部に生息する魔物は雑魚である。大陸の中央に向かえば魔物は強くなる。

 修行にはもってこいなのは間違いない。


「ドンケルハイト大陸で記念すべき初の魔物、持って帰るか。星夜のお土産に……いや、女の子に蛇のお土産はないな」


 天下はシャープスネークの死骸を位相空間に放り込む。義妹にドラゴンに次ぐお土産候補として考えるが、即座に却下する。

 普通の女の子に蛇を渡しても悲鳴を上げられるに決まっている。喜ぶのは最強の幼馴染みくらいだ。

 魔物を倒すよりも女の子のご機嫌取りに頭を悩ます天下であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る