第12話 船上のバカンス
「ふぁー、退屈だな。そうだ、コクッゴでもからかって遊ぶか」
「こらっ天下、先輩冒険者を使って遊ぼうとするな」
天下がいるのはドンケルハイト行きの船の甲板。背もたれに体を預けて潮風を浴びている。船旅は順調そのもので、代わり映えしない空の青さと水平線の景色に辟易している。
船はかなりの大型で全長は200メートルを越えている。船体は鉄でできており、対魔物を想定している。各所に大砲が設置されている戦艦でもある。
複数のボイラーが常に稼働しており、ピストンエンジンが大型のスクリューを駆動させている。最大船速は30ノット近くにまでなる。
「本当に暇なんだか、いつになったらドンケルハイトに着くんだ?」
「半分を越えたくらいだな」
「マジか。まだ半分なのか」
ドンケルハイト大陸近海は海の魔物も危険である。そのため船も旅客船ではなく武装した戦艦。生きるか死ぬかの航海に娯楽の類いはない。
船室は最低限のものしかなく、船内は武装と補給物資で埋め尽くされているので、余白スペースがない。
体を動かそうにもスペースがない。テーブルゲームくらいならできるが、これから死地に向かう冒険者に遊びに興じる余裕があるものはいない。
「お前、わかってるのか。ドンケルハイトを舐めてたら死ぬぞ。他の冒険者は最後の準備に余念がないってのに」
「準備は済ませてるからな。今さら慌てることはないさ」
船内で余裕を保っているのはコクッゴを含むネセサティーズのメンバーのような一流冒険者くらいだ。
先日の食事の際に聞いた話では、ネセサティーズは何度もドンケルハイト大陸に行き、数々の魔物を倒しているベテラン冒険者。今さら新人のように慌てることはない。
「違いない。他の冒険者も天下を見習ってほしいものだ」
「そんなことより、暇潰しはないのか。ここまで暇だと想定してなかった。コクッゴはいつもこの時間どうやって過ごしているんだ?」
「死と隣り合わせの世界に踏み込む前の貴重な時間を堪能しているさ。ドンケルハイトから帰ったら、このなんでもない時間がどれほど大切か身に染みる。長閑な時間を満喫するだけで、勝手に時間は過ぎていくさ」
「ジジくさっ!」
高校二年生の天下にはわからない時間の過ごし方だ。平和のありがたみを理解するには若すぎるのかもしれない。
「少しは俺を敬え。あんまり舐めた真似をしていると冒険者から、そっぽを向かれるぞ」
「本人が気にしてないならいいさ。それに、その程度の上っ面でしか判断できない奴とつるむ気はない」
天下は誰でも彼でも舐めた態度は取らない。ちゃんと相手を選ぶ。
当人が納得していることに外野がツッコムのは野暮である。その程度のことが理解できないバカに時間を割く必要もない。わざわざ自分の時間を使って茶々を入れる暇人もいらない。
「あら、リーダーと天下君じゃない。二人して男の友情を育んでいたのかしら?」
甲板にやってきたのはネセサティーズの紅一点のリカである。
「気持ちの悪いことを言わないで下さい。誰が好き好んで、この大男と仲良くしなくちゃならんのです」
「そうね、天下君の言う通りね。私もリーダーと仲良くするのはごめんだわ」
「おいっ! 二人して俺をいじめて楽しいか!? 俺だって傷つくからな」
余談だが、ネセサティーズのメンバーは全員が独身。いつ帰ってこれなくなるかわからない冒険者という稼業のパートナーは簡単には見つからない。
「うっす、天下ちゃんとリカも風に当たりに来たっすか?」
「部屋にいてもすることないしね。そんなところよ」
「することがなくて暇を持て余しているだけだ」
リカに続いて甲板に現れたのはネセサティーズのメンバーのサンスー。
「おい、サンスー。俺もいるんだが、無視するな」
「ああっ、リーダーもいたんすか。全然見えなかったっす」
「嘘を吐くな。天下とリカが見えていたなら俺にも気づくだろ。わざと無視したな」
特に遮蔽物のない甲板で三人の内、二人を見つけられたら残りの一人も確実に視界に入る。つまり、サンスーはわざとコクッゴを無視した。
「どうどうリーダー。パーティメンバーのお茶目なジョークっすよ。目くじら立てないっす」
サンスーは職業柄耳がいい。その実力を遺憾なく発揮して、甲板に上がる前から三人の会話を聞いていた。
パーティメンバーとして乗り遅れるわけにはいかない、とリーダーいじめに加担した次第。
「仲がよろしいようで、何よりだ。ネセサティーズはもう一人いるはずだが、来ないのか?」
「シャカアイは部屋でじっとしているだろうな」
「あいつは部屋から出ないっす」
「陰険イケメンはセルフ監禁よ」
ネセサティーズの最後のメンバーのシャカアイはどうやら満場一致で部屋に籠っている、内容の言葉を頂く。
最後のミーティングを行ったり、武器の手入れをする冒険者が多い中、ネセサティーズは自由行動を許されているらしい。
「それじゃあ、コクッゴとチェンジで」
「勝手にチェンジするな。シャカアイが部屋から出ないのは精神統一のためだ。邪魔するなよ」
「コクッゴならともかく、精神統一している真面目ちゃんの邪魔するほど無粋じゃない」
「待てっ! 俺ならともかくってなんだ。俺なら邪魔していいのか」
聞き捨てならない、とコクッゴが叫ぶが天下はどこ吹く風。
「リーダー、あんまり怒鳴らないでよ、唾が飛んでいるわ。ホント汚いんだから」
「他の冒険者の迷惑っすよ。それに超一流の冒険者としてみっともない姿は見せないでほしいっす」
「皆して俺をいじめて楽しいか!?」
「あははは」
「うふふ」
「ひひひっ」
甲板に三人の笑い声と一人の喚き声が響くのであった。
期せずして当初の目的、コクッゴをからかって遊ぶという目的を果たす天下であった。
とうに退屈を感じていない天下だった。
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