第11話 冒険者との出会い

「よう、あんちゃん。ドンケルハイトに行くんだってな。荷物は少ないようだが、大丈夫か? こんなギリギリに来て、準備を怠るとすぐに死ぬぞ」

「ん? なんだ。新人いびりか? 冒険者ってのは暇なのか、御愁傷様」


 天下が港湾局の建物から出ると大柄の男に話しかけられた。背中に二本の剣を背負っている姿から冒険者と予想される。


「んな、ダサい真似はしねぇよ。先輩冒険者として後輩が死ぬのは見たくないだけだ」


 どうやら心からの忠告らしい。素行の悪い冒険者が新人に絡んで逆にやられるというテンプレートではないらしい。これには内心、ちょっとつまらない、と思う天下であった。


「準備なら問題ない。俺は特殊でな、荷物はちゃんと用意している。忠告ありがとな、先輩冒険者」

「そうか、それはすまなかった。詫びと言っちゃなんだが、一杯奢るぜ。明日に残らない程度だがな」

「明日? 明日何かあるのか?」

「おいおい、準備は問題ないんじゃないのか? ドンケルハイト行きの船は明日出航だぞ」


 冒険者によると、ドンケルハイト行きの船は月に一度、それが明日だ。港湾局から渡された資料には船の出航日の記載はなく、壁の掲示板に出航日の予定が記載されている。

 もし気づかないままだったら、チケット代と優雅な船旅を無駄にするところだった。これには天下も素直に感謝する。


「あんちゃんはもう少し周囲に気を配るべきだな。ドンケルハイトじゃ、一瞬の気の緩みが死に直結するぞ」

「そのようだ。少々浮かれていたのは否めない」

「がっはっはっ、あんちゃんは若い。まだまだこれからさ。とと、そうだ、自己紹介がまだだったな、俺はコクッゴ・シザーズ、よろしくな」

「ああ、よろしく。俺は天下だ」


 異世界アウスビドンでも、よろしくする際には握手する。天下は大柄な男、コクッゴから差し出された手を握るのだった。


「天下はこれからどうする? さっき言ったように一杯奢るぜ。俺のパーティメンバーも紹介したいしな」

「それならご相伴に預からさせてもらおう。美味い飯を頼むぞ、先輩」

「任せとけ。アンファンは俺たちの拠点だ。腹一杯上手い飯を食わせてやる」


 天下はコクッゴに連れられて大通りから外れた食堂へ誘われるのだった。知らない人についていくのは自己責任だ。


「リーダー、こっちっす」


 天下とコクッゴが入店すると細身の男が手を上げて呼ぶ。既にコクッゴの仲間が食事の注文を済ませて、出来上がるのを待っている状態。先にテーブルに着いているのは三人だ。

 店内は年季が入った家具を使っており、長年店が愛されているのが人目でわかる。所々傷があるが、綺麗に補修されている。崩れ落ちたり倒壊するような雰囲気は感じられない。


「よさそうな店だ。地元の名店、これは美味そうだ」


 地元で長く愛されているお店ならハズレはない。天下は美味い飯に心を踊らせる。


「待たせたな。港湾局に行ったら、面白そうな人材がいたから連れてきた。俺たちと同じくドンケルハイト行きだ。仲良くしよう」

「港湾局を出たらいきなり知らないおっさんに声をかけられて、拉致されてきた。名前は天下だ。短い間だがよろしく頼む」

「リーダー、こんなかわいい子を誘拐したの。ダメだよ」

「ちゃんと同意ありだって」

「はいはい、わかってまーす。うちはリカ・クレヨン。ネセサティーズでは魔術師やってまーす」


 てへっ、とでも聞こえてきそうな調子で女性が挨拶する。少し幼い顔立ちをしており、白いローブを羽織っている。

 ローブの上からでもわかる胸の盛り上がりがわかる。天下も男なので、視線を奪われる。脳内で『ヘンタイ』とエマに罵られたのは気のせいだろうか。


「うっす。俺っちはネセサティーズで罠師をしてるサンスー・スコッチテープっす。その他の雑用も担当してるっす」


 飄々とした態度で小柄で細身の男が名乗る。人を食ったかの態度が何を考えているか悟らせない。

 服の下には小型の武器を上手く隠している。素人には見えないが、天下の目にはしっかりと捉えられている。態度は軽薄でも実力は本物のようである。


「……(こくっ)」

「こいつはシャカアイ・スターチ。見た通り無口でな。ネセサティーズでは盾として活躍してくれている」


 最後に紹介されたのは、スラッとした体型でモデル風のイケメン。ぶきっちょな態度で三割くらい損している印象だ。


「簡易的な紹介だが、ネセサティーズはこれで以上だ」

「リーダーのコクッゴ、罠師のサンスー、紅一点の魔術師リカ、無口の盾シャカアイの四人パーティか。バランスも取れててよさそうじゃないか。で、ネセサティーズとはなんなんだ?」

「天下ちゃん、冗談きちぃぜ」


 サンスーが軽く小突くが、知らないものは知らない。天下は異世界で活動するのは二回目。世間の流行や常識はほとんど知らない。


「我らネセサティーズは冒険者界隈ではかなり有名だが、天下は知らないのか?」

「ああ、全く知らない。聞いたこともない。その有名ってのも自称か?」

「ちゃうわ! ちゃんとギルドからもお墨付きをもらってる。正真正銘の超一流冒険者だ」

「ふーん」


 たまたま出会っただけの冒険者が有名でも天下には関係ない。自分より実力の劣っている相手に興味も湧かない。今の興味の矛先はこれから食べる昼食に向けられている。

 現在、天下の異世界での楽しみは観光と食事くらいしかない。有名な冒険者と触れ合うミーハーな心は持ち合わせていない。


「天下君は花より団子みたいね」

「そりゃそうさ、たまたま出会った冒険者が一杯奢ってくれるそうでな。有名自慢を聞く暇なんてないさ」

「リーダーはただの金蔓なのね」

「失敬な。前途有望な冒険者と既知なろうとしただけさ、決してたかられているーー」

「お待たせしました。今日のオススメセットになります」


 都合よく料理が運ばれてきてコクッゴの話が遮られる。運ばれてきたなのは四人分の食事。


「リーダーが天下ちゃんを連れてきたから、リーダーの分を天下ちゃんが食べるっす」

「そうだな、早速いただくとしよう」

「少しくらい分けてくれよな」

「リーダーと一緒のお皿で食べるのは嫌でーす」


 追加のオーダーが来るまでコクッゴの食事はお預け。天下を連れてきた責任を取って少しの間、ひもじい思いをする。

 ネセサティーズのリーダーは慕われているのは間違いないが、同時にいじられキャラでもあるようだ。

 運ばれてきた料理は港町らしく魚介をふんだんに使っている。エビやイカを炒めた海鮮焼き、タコの唐揚げ、アジフライ、サバの塩焼き、アサリの海鮮スープ、などなどだ。涎が垂れそうなくらい美味しい見た目に、食欲を刺激する香り、天下はすぐさま箸を取って食べる。


「美味い。スープは魚介の旨味がたっぷり出ているし、タコのコリコリした食感は最高。サクサクするアジフライは絶品、ソースがまた堪らん」


 天下は海鮮料理に舌鼓を打つ。目新しさはないが、どれもこれもが絶品で思わずおかわりするくらい。リーダーの財布が心配だが、自称超一流冒険者ならお金に困らないだろう。

 ただ残念なことに生食文化はなく、刺身に類するものはメニューに記載がない。また海藻も食卓に登場することはなかった。

 天下は総じて満足のいく食事をただで提供してもらったので、言うことなしである。

 この後、宿も紹介してくれたので至れり尽くせりであった。

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