道すがら編

第10話 初めての港町

「お客さん、もうすぐ港町アンファンに着きやすぜ」

「やっとか、いい加減車の旅も飽きたところだ」


 天下は揺れる車内で愚痴をこぼす。

 天下が乗っているのは自動車。地球の自動車と違って異世界アウスビドンの車は主に魔力を燃料とする。見た目は普通の四輪車で内部機関を見なければ、地球産の旧車にしか見えない。

 何故、天下が乗車しているのかというと、異世界を満喫するためだ。自身の魔法を使って移動した方が圧倒的に早い。異世界に来た理由は修行だが、観光してはいけないルールはない。せっかくなので、港町に移動するために車を利用した。

 要はタクシー。町から町に移動するための交通手段。

 ただし観光気分も乗って数分の間だけだった。代わり映えしない景色、乗り心地が最悪な座席、遅い最高時速、などの不満が爆発した。


「お客さん、これでもうちは最新の魔動車を導入してますぜ。他より、段違いに早いんでさ」


 アウスビドンの産業は発展途上。車が登場して間もない。これからブラッシュアップされていくのだ。名前も自動車ではなく魔動車である。

 現段階では足りない機能が多すぎる。


「もう乗らなくていいや……」


 天下の気分は最底辺。

 自信で移動していたら、もっと早く着いていたし、揺れる車内に酔うこともなかった。異世界観光を楽しむより不快、不満、苦痛が大きく上回る。

 しかし、収穫がなかったわけではない。道中の暇な時間にアウスビドンの交通事情に詳しくなった。

 アウスビドンでは魔物が棲息しているため、鉄道が発展していない。レールを敷いても魔物に壊されてしまう。また、盗難の被害を防げない。

 広域の監視システムが開発されるまでは限定的にしか行われない。

 技術的には鉄道の大規模輸送は可能らしいが、監視システムが開発されるまでは小回りの効く魔動車が移動の中心になる。

 運転手は運送会社の従業員。鉄道をライバル視しているので主観が大いに含まれる可能性は捨てきれない。


「お客さん、着きやした。港町アンファンでさ」

「うーん、海だ。潮風が心地いい」


 魔動車を降りた天下は胸一杯に深呼吸する。初めての異世界の海に心が踊るのを隠せない。

 町の入口からでも港の喧騒が聞こえており、そこかしこから海産物を売る商人の客引きが聞こえる。屋台からは魚を焼く香ばしい匂いや、スープの出汁の香りも漂っていて、食欲がそそられる。

 通りを駆ける子供に、買い物途中の婦人、海産物を運ぶ商人などがいて、一目で賑わっていることが確認できる。


「あ、そうだ。これからドンケルハイト大陸に行くんだが、どこに行ったらいい?」

「お客さん、ドンケルハイトに行くんで? あんな未開地に行くなんてあっしには理解できやせんが、チケットの購入なら港湾局、あのでっかい建物行けばいいさ」


 天下の修行の目的地は海を越えた先、名をドンケルハイト大陸。

 ドンケルハイト大陸は人跡未踏の地。なぜなら、魔物が強すぎて人類では歯が立たないからだ。

 現在探索されているのは、大陸の外縁部のみ。一攫千金を夢見て数多の冒険者が大陸に渡っているが、帰らぬ存在になることも多い。

 帰ってきた冒険者もあまりの過酷さに二度と踏み入らないと誓うものが続出する。そんな大陸だからこそ、修行にはもってこいだ。

 冒険者さえ忌避することから、暗黒大陸の別名を持つ。


「では、お客さん、ご乗車ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。何卒、シュピニネッツ運送をよろしくお願いします」

「こちらこそ、愉快な気分だった。ありがとう」


 天下の本音は『もう二度と乗るか』だが、顔にも口にも出さない。旅の恥がかき捨てだろうと、守るべき常識は守る。

 それに値段も高い。距離は東京ー名古屋間くらいで最新の大型テレビが買えるくらい。魔物の脅威や魔動車の普及度合いを鑑みれば仕方ない。天下は自前の力で移動できるので、魔動車の利便性を実感できないのだった。



 魔動車の運転手の言葉に従って天下は港湾局の建物に入る。中には小麦色の筋骨隆々な海の男や海兵のような制服を着用している職員がいる。他にも武器を担いだ冒険者もいる。

 色々な人種がごった返して、煩雑な印象を受けるロビーが広がっている。


「ドンケルハイトに行きたいんだが?」


 手近な職員を捕まえて目的を訪ねると、職員は『あちらです』と人が極端に少ない窓口を示す。どうやらドンケルハイト行きは人気がないらしい。


「ドンケルハイト行きのチケットが欲しいんだが、ここでいいんだよな?」

「あっ、はい。ここでございます。それでは、こちらの資料に目を通して、書類にサインをお願いします」


 ドンケルハイト行きの作業は暇なようで、職員は別の仕事をしている。天下に気づいたのも声をかけられてからだ。

 天下は職員がどんな作業をしていようと関係ない。ドンケルハイト行きのチケットを手に入れられるなら問題ない。

 天下が資料に目を通すと職員は中断していた作業を再開する。ドンケルハイト行きがいかに熱心かがわかる光景だ。

 ともかく、天下は資料を読み漁る。

 内容を要約すると、ドンケルハイト大陸で何があっても責任は取らない。船やその他備品に損害を与えたら弁償しないといけない。帰ってこれなくても自己責任。などなど辛辣な内容がつらつらと書かれている。

 修行に来た天下に怖じ気ずく心はない。書類にサインをして職員に提出する。


「はい、かしこまりました。それではチケット代としてーー」


 チケット代は先程の魔動車で五往復してもお釣りがくる値段でした。

 かくして、天下は修行の目的地、ドンケルハイト大陸行きのチケットを手にした。


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