第9話 閑話 ドラゴンの肉が美味しい

「ふぁー、眠い」


 エマに連れられて天下は高校にやって来る。昨日から学校が始まっているが、天下は欠席のためどこのクラスに割り当てられたかも知らない。エマに連れられるままについて行って、教室に入る。

 席に着くも瞼は半分閉じている。昨日から仔ドラゴンの世話をしてくれシッター探しに奔走して徹夜状態。いつ寝落ちしてもおかしくない。


「おぅ、天下とエマさん、おはよう」

「おはようございます。エマさん、時計君」


 天下とエマに声をかけたのは高校からの友達。

 先に声をかけたのは男子生徒で、名前を扇矗(おうぎ のぶ)という。高身長ですらりとしたモデル体型。髪を金色に染めている。

 丁寧な物腰なのは女子生徒で、名前を氷河綺羅理(ひょうが きらり)という。扇とは対象の一際身長が低い。ながらも腰の位置まで艶やかな黒髪が伸びている。


「ああ、おはよう。二人も同じクラスなんだな」

「運良く今年も同じクラスさ」

「うるさい扇は別のクラスでよかったのだけど、金魚の糞みたいについてきたわね」


 友達の四人が同じクラスになるにはどの程度の確率だろうか。天下は偶然同じクラスになったとは思えない。

 どんな低確率でも引き寄せる知り合いに心当たりがある。


「ふふん(どやっ)」


 どうやら最強の幼馴染みは魔法を駆使してクラス替えに干渉したらしい。友達が同じクラスになれるように操作するのは朝飯前。

 天下は魔法を何に使っているんだ、と批判の視線を送る。

 何を勘違いしたのか、エマはサムズアップで返答する。やってやったぞ、と誇らしげな笑顔を添えて。


「まあ、いっか」


 天下は思考を放棄した。最強の幼馴染みの実力からすると、魔法を使った感覚さえない。もっと極悪なことに使われる可能性を考えたら、可愛いものである。

 それに何より、天下は眠い。幼馴染みが使った魔法の考察より、夢の世界に旅立つことが大事だ。

 声をかける友達や教師を無視して天下は夢の世界に程なく達する。



 キーンコーンカーンコーン。

 学期始めということもあり、授業はほとんどがこれからの内容をざっくり紹介するものばかり。教科書を使うような本格的な授業はなかった。その全てを寝て過ごした生徒がいた。

 そう、時計天下である。


「ふぁー、よく寝た」


 時刻は昼休み。

 朝からずっと寝ていた天下もすっかり眠気は吹き飛んだ。爽やかな目覚めを教室で味わう。

 やっと起きた天下に扇が呆れながら近づく。


「ずっと寝てたな。昨日まで家の用事で忙しかったんだろ。そんなに過酷だったのか?」

「いや、用事はそんなに疲れなかったんだけど、その後始末にちょっと手を焼いてな」


 天下の欠席理由は公には家の用事となっている。実際には個人の用事。単に異世界に行っていたのである。

 扇と氷河は一般人なので詳しく説明できない。故にはぐらかす感じになる。


「詳しくは聞かんが、寝不足になるのはよっぽどだろ」

「それは……言いづらいが、自業自得だから」


 仔ドラゴンを育てるのにどれだけ苦労するか想像しなかった天下の自業自得である。


「てーんーかー、お昼だぞ!」

「わかってる。叫ばんでも聞こえてるから」

「エマさん、時計君、お昼にしましょうか」

「俺はナチュラルにスルーっすか!」


 天下の元にエマが来れば、同時に氷河もついてくる。一年生の頃からの習慣だ。特に用事がなければお昼は四人で一緒に摂るのが当たり前。


「あっ、お弁当忘れた」


 朝、眠くて仕方なかった天下はお弁当のことをすっかり忘れていた。


「安心しろ。ちゃんとあたしが持ってきた」

「あー、うん、ありがと」


 天下が素直にお礼を言えないのは、エマが朝家に来たときにお弁当を確保したのでなく、たった今天下がお弁当を忘れたことに気づいた後に魔法で取り寄せたからだ。

 ちなみに時計兄妹の台所は完全に星夜のテリトリーとなっている。


「おっ、今日も相変わらず妹ちゃんの手作り弁当か」

「クラスメイトの妹に興奮する同級生がマジキモいんですけど」

「どうして氷河は俺にだけ冷たいのかな!?」

「ははっ、このやり取りも久々だな」


 春休みも連絡は取り合っていたが、四人で集まることはなかった。いつものやり取りに感動を覚える天下だった。


「お腹空いた。早く食べよう!」

「あー、はいはい。エマが我慢できないから、夫婦漫才もほどほどにな」


 誰が夫婦か、という息ぴったりなツッコミを華麗に無視して天下はお弁当を広げる。


「なんだ、その弁当は肉しかないじゃないか。豪勢なこって」

「星夜ちゃんだっけ? 朝から何があったの?」

「は、はは、ははは」


 肉、肉、肉、天下のお弁当は一面肉祭り。端の方にちょこんとご飯やサラダがあるくらいで、大半を肉が占領している。


「肉ー! あたしも食べていいか? いいよな、うん食べる」


 食欲旺盛な女子一人が天下の返答も聞かずに肉に箸を伸ばす。


「この肉、美味い美味すぎるぞっ!」

「へぇ、そんなに美味いのか俺ももらっていいか」

「ああ、どんどん食べてくれ。この肉、家に大量に余ってて困ってるんだ。消費してくれるとありがたい」


 扇は焼いた肉を一枚取り、氷河は遠慮がちに肉団子に箸を伸ばす。


「美味っ! 始めて食べた。この肉、何の肉だ?」

「確かに美味しい。脂の甘さもさることながら、タレも絶品ね」


 お弁当クオリティとは思えない味に感動する二人。始めて食べる味に正体が気になる様子。

 

「それは、ドラゴンの肉だよ」

「はっ、面白い冗談だぜ。いくら始めて食べた味でもドラゴンはないって」

「同じく。ドラゴンは子供も騙せない」


 本当にドラゴンなんだけどな、と内心ごちる天下であった。

 天下はドラゴンを討伐した後、首から上は諸事情で持ち帰らなかった。したし、胴体より下は全て持ち帰っている。

 主な理由は研究のためだが、全長が30メートルを越える巨体である。全てを研究に回すには量が多い。なので、可食部は食べることにした。

 革や骨を取り除いても元々が大きいので、食用肉の量も半端ない。部屋に放置するわけにはいかないので、冷凍するしかない。家の冷凍庫には大量のドラゴン肉が冷凍されている。

 昨日の仔ドラゴンのシッターを探している間に星夜にお土産としてドラゴン肉をプレゼントした。ただ、量が異常に多くて星夜も呆れていた。

 その結果が、お弁当の肉祭りだ。冷凍庫を占拠するドラゴン肉をどうにかしろというメッセージだ。

 知り合いにお裾分けしているが、量が量なので全然減らない。大変頭を抱える案件だ。

 夜食に星夜がドラゴン肉でサンドイッチを作ってくれたので、味が抜群なのは天下も知っている。


「ドラゴン肉、美味ー」


 天下の苦労など一切知らず、パクパクとドラゴン肉を食べ続けている女子高生が一人いた。


「貯蔵が十分だから、じゃんじゃん食ってくれよ。…………ホント、切実に」


 地球でも、ドラゴンというのは倒された後も頭を悩まさせるようである。


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