第8話 閑話 帰ってきた地球

「お帰りなさい、義兄さん」


 ドラゴンを退治して、地球に帰ってきた天下に一番に声をかけたのは義妹の星夜だった。

 天下は異世界アウスビドンに旅立った場所に寸分狂わず戻ってきた。


「ただいま、星夜。こっちは何かあったか?」

「何もありませんよ。義兄さんが旅立ってから数日ですよ。何も起こりようがありません。むしろ、義兄さんの方に何かあったみたいですが」


 星夜の視線の先には、旅立ったときには絶対に存在しなかった生き物がいる。天下に抱えられた小さくて青い生き物。

 その生き物はピュピュと鳴いている。星夜の知識では地球に存在しない生き物だ。


「これか、うーん、拾った?」

「どうして疑問系なんですか? 聞きたいのはこっちです」

「経緯はどうあれ、育てることにした」


 天下には連れてきた責任がある。一人立ちするまでは育てる決意を固めている。


「そうですか。それで、誰が世話を見るのですか?」

「…………えっ!?」

「義兄さんが拾ったのなら、義兄さんが世話を見てくださいね。私はノータッチですよ」


 天下は育てる決意をしたが、具体的なプランは何も考えていない。


「そもそも、その生き物はなんなんですか? 異世界の生き物だと思うのですが、エサはどうするのですか? 地球のものを食べてお腹を壊しても知りませんよ」

「えっと、だな、とりあえず何とかする。助けてくれ」

「助けようにも、私も義兄さんも学校があります。日中は面倒を見れません」


 星夜は中学三年生。天下は高校二年生。平日は学校がある。

 学生の本分は勉強。生き物の世話できる時間は限られている。


「うおー、やべー、なんも考えてなかった。どうするどうすれば、どうしよう」

「義兄さんは、バカなんですか。もう少し思慮を持って行動してください」

「返す言葉もございません」


 考えなしの行動に出たと反省する天下。義兄の威厳は消え、どことなく小さく見える。

 魔界の番人などと呼ばれようとも所詮は高校生。至らない点は多々ある。


「それで、この青くて小さい生き物はなんですか。異世界の知識に見識のない私にも、ひとつだけ候補がありますが……」

「星夜よ、聞いて驚け、こいつはドラゴンの子供だ」

「……はぁ」

「なんで、溜め息!?」

「義兄さん、ドラゴンをどうやって育てるのですか。エサの問題もそうですが、気軽に散歩もできません。何より成長したサイズはどのくらいですか?」

「な、なんとかしますぅぅぅ! …………これから」


 土下座で誠意を表す天下を尻目に当のドラゴンは好奇心旺盛に室内を探検している。ツルツルするフローリングで滑ったり、鏡に写った自分の姿を攻撃したり、椅子や机に登って飛び降りたり、やりたい放題である。

 親を殺されて人間不審になるよりかは、面倒がかかろうが活発に動いてくれる方が万倍もいい。


「見た目はかわいいですね、ドラゴンちゃん。名前も決めないといけないですね」


 星夜は愛らしい仔ドラゴンに癒される。いずれは室内に入りきらない大きさに成長するが、今はまだ小さな子供。愛嬌があり、庇護欲をそそられる存在だ。

 保護者である天下は仔ドラゴンの世話をしてくれるペットシッターを探すために奔走する。

 ドラゴンという地球外の存在の秘密を守れる口の堅さ、ドラゴンが暴れてもコントロールできる実力、体調を管理するための魔法が使えることなど、条件は厳しい。

 今まで魔界の番人として培った人脈をフル活用しても簡単には見つからない。また、未知のウイルスを運んでいないかの検疫も必要である。逆にドラゴンが地球のウイルスにやられないかの確認も必要になる。

 ありとあらゆる人脈と資金を使って、担当者を決める頃には夜が明けていた。実に半日以上も奔走していたことになる。



「あっ、義兄さん、おはようございます」

「もう、朝か。長かった一日が終わろうとしている」

「何を言っているんですか。昨日から学校は始まっているんですよ、今日はこっちにいるんですから登校してください」

「ね、寝かせてくれ……」

「私に言われましても……」


 星夜からすれば追加で一日くらい休んでもいいと思うが、それを許さない存在がいる。


「おっはよー、天下。今日はいい天気だぞ。昨日入学式と始業式を休んだ分、今日は一緒に行くぞ」


 魔法を使ってリビングに突然現れた灯火エマメリアが明るく挨拶をする。

 どうやら天下にずる休みはできないようである。

 季節は春。暖かな陽気と徹夜した眠気で天下は夢の世界へ旅立つ準備は万全だっのだが、強制的に現実世界へと引き戻されるのであった。


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