第13話 海の伝説

「……ブルーファンタジー?」


 引き続き、ドンケルハイト大陸行きの船の甲板にて。

 天下とネセサティーズのメンバーが談笑していたのだが、天下は聞き馴染みのない言葉に遭遇する。


「天下はものを知らなさすぎないか。まあ、ともかく、ブルーファンタジーというのは一言で説明するなら海で語られる伝説のことさ」

「なるほど。つまり、フラグか」

「フラグ……? とやらはわからないが、船乗りの間にはいくつかの伝説が語り継がれている。それがブルーファンタジーさ」


 漫画やゲームなら唐突に語られる未知の存在はフラグになりやすい。とはいえ、天下は現実の人間である。実際にフラグになる可能性は低い。

 天下がアウスビドンにやって来てから、まだテンプレートな展開は起こっていない。

 冒険者は目の前でピンチにならないし、盗賊に襲われる令嬢もいない。ドラゴンも人型にならなければ、新人を見定める不良冒険者もいない。

 異世界アウスビドンには、どうやらテンプレートはないらしい。


「どうせ暇だし、詳しく語ってくれ、リーダー。おっさんは語るのが好きなんだろ」

「天下にリーダーともおっさんとも呼ばれる筋合いはないのだが……」

「堅いこと言わないの。後輩を導くのも先輩の務めでしょ、おっさん」

「ひひひ、違いないっす、おっさん」


 一流のベテラン冒険者のネセサティーズは年齢もそこそこだ。リーダーのコクッゴは若さよりも渋味がある。紅一点のリカは若作りしているが近くで見るとシワがある。罠師のサンスーも最近はお腹周りの脂肪に悩まされている。


「おっさん、おっさん言うな。俺の心はピチピチの17歳だ」

「キモッ」

「うわ、引くわ」

「それはないっす」


 おっさんのピチピチ主張、誰得である。つまり盛大に滑っていた。


「ごほん、気を取り直して」

「……後輩としておっさんの醜態は見なかったことにしてやるか」

「……そうっすね、触れないのが吉っす」

「……今すぐ記憶から消去しましょう」

「こらっ、そこ! 聞こえてるからな!」


 天下、リカ、サンスーが近寄ってこそこそ喋る。おっさんが笑いをとろうとして頑張っている姿は見ていられない。

 せめてもの情けとして天下たちは触れないことにした。


「それで、ブルーファンタジーにはどんな伝説があるんだ」

「有名なのは、セイレーン、マーメイド、ゴーストシップの三つだ」

「ああ、なるほど」


 ブルーファンタジーのラインナップを聞いて途端に興味を失う天下。何の捻りもない海の伝説に内容が想像できてしまった。期待した分、がっかり感が半端ない。


「つまんなさそうだから、さらっと説明してくれ、おっさん」

「また、おっさんって言った。……俺も海の専門家じゃないから、間違っていてもご愛敬だ」


 コクッゴによると、

 セイレーンは人間の女性と鳥を合わせた半人半鳥の怪物。どこからともなく空からやって来ては、美しい歌声で船乗りを魅了する。魅了された船乗りに船の航行はできず、難破や遭難する。最後にはセイレーンに食い殺されて骨しか残らない。

 地球のセイレーンは岩礁にいる。地球とアウスビドンの違いは登場の仕方くらいだ。

 マーメイドは上半身が人で下半身が魚の半人半魚。美しい女性の姿をしており、綺麗な歌声を持つ。セイレーンと似た特徴を持つが、マーメイドは人の肉は食べず、怒らせると船を沈没させる。

 また、人魚の肉を食べると不老不死になるとされる。海の泡になることはない。

 ゴーストシップは辺り一面が霧に覆われると現れる帆船。船体は痛みながらも問題なく航行し、甲板には骸骨の乗組員がいる。

 ゴーストシップはただすれ違うだけで害はない。ブルーファンタジーの中では遭遇しても実害はない伝説としても有名だそうだ。


「つまらん、予想通り過ぎる」


 海の伝説ブルーファンタジーを聞いた天下の感想は至ってシンプル。タイトルを聞いただけで、内容が予想できていたので新たな感動もない。


「せっかく話してやったのに、もうちょっとありがたがれ」

「つまらんものはつまらん。もっと会話を楽しませる話術を磨いてくれ」

「どうしてそこまでしなきゃならん。天下はわがままが過ぎる。これだから最近の若者は」

「ああ言えばこう言う、全く最近のおっさんは口答えが過ぎる」

「ぐぬぬ」


 低レベルの言い争いはコクッゴが言い返せず、天下の勝ち。勝ちを誇れるほどの戦いではないので、誰も褒め称えない。

 今まで天下の味方をしていたリカとサンスーも若干冷ややかな視線を送る。


「リーダー、ヤバイかもしれないっす。こっちにシャカアイが向かって来てるっす」


 和やかな雰囲気から一転、サンスーの声に緊張感が含まれる。


「そうか。なら、これから一波乱ありそうだな」

「どうした、残りのメンバーが来るだけだろ? 慌てる必要があるのか」


 シャカアイはネセサティーズの残りのメンバー。昨日の食堂では終始無口を貫いていたが、ヤバイ要素は一つもない。


「シャアカイは航海中は部屋に籠っているんだが、時おり部屋から出てくる。それはーー」

「危機が迫っている時っす」

「つまり、シャカアイが向かっているということはーー」

「この船に危機が迫っている。恐らく海の魔物」


 ことごとく台詞を取られているのにムキになれないコクッゴ。ただの海の魔物なら余裕だが、シャカアイが部屋を出るのは異常事態。

 これから待ち受ける魔物はベテラン冒険者でも苦戦が必至の魔物。それほどまでにシャカアイを信頼してる。


「シャカアイの強い魔物を察知する嗅覚は異常っす。百発百中っすよ、天下ちゃん」


 地球にも人知を越えた能力を発揮する異常者は存在する。天下も理屈では説明不可能な能力者の知り合いがいる。

 シャカアイもその類なのだろうと納得する。身近に最強の存在がいると、向こうから異常者が寄ってくる。類は友を呼ぶのだろう、天下も異常者には慣れている。


「天下、戦う準備はできているか? まだなら、すぐに用意しろ。この船は戦場になる」

「シャカアイよく来たっすね、それでどの方向からっすか?」

「……」


 シャカアイが甲板にやって来て、促されるまま無言で一つの方向を指差す。指の先には先程までと変わらない一面の海が広がっている。

 肉眼では異変らしい異変はない。穏やかな海が広がっている。

 サンスーが懐から望遠鏡を取り出し確認する。


「波が立ってるっす。これは大型っすね。厄介なのは確定っすけど、どの魔物かはわからないっす」

「わかった。サンスーはこのまま監視続行、シャカアイもいざとなったら盾になれ、リカは乗組員に情報共有、俺は冒険者の方に行く」

「了解っす」

「……(こくっ)」

「直ちに」


 一流冒険者の名は伊達ではない。一瞬で戦時体制へ切り替えて指示を出しから行動までが早い。


「天下、これから俺たちは冒険者をまとめることになると思う。天下の面倒は見れない。死ぬなよ」

「誰が死ぬか、おっさん。そっちこそ、下手こいてやられるなよ。俺は大丈夫だから気にせず、海の魔物とやらをぶっ飛ばせ」

「じゃあな」


 別れを済ませたコクッゴは背中を向けて走り出す。本当に余裕がないようで、天下の返事も聞いていない。


「やれやれ、これは本当にフラグ回収か!?」


 天下もまた、船の中を移動するのであった。


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