第6話 ドラゴンが退治された町の様子
ティファ・ドールの朝は早くもなければ遅くもない。
しかし、その日は外からの歓声がひどく、いつもより早い時間に目が覚める。
「もう、なに」
ベッドの中で半分眼を開けるが、完全なる覚醒とはいかない。体はもっと眠りたいと主張し、シーツを頭から被って丸まる。
「……うおおお、これで俺たちはーー」
「ああ、もううるさい!」
二度寝の誘惑より外からの歓声が勝り、ティファは眠れない。仕方なく、いつもより早い時間に起床する。
まずはベッドで上半身を起こして体を伸ばしたところで、シーツの上に乗っていた何かが床に落ちる。
「もう、なんなのよ。今度は何」
ベッド周りに物を置かないティファは不審に思いながら落ちたものに目を向ける。どうせぬいぐるみか鏡が落ちたのだろう、と深く考えない。
「何よ、これ。こんなの知らない。お母さんの仕事道具かな?」
目を向けた先には湾曲した硬い何かがある。色は青色、大きさは手のひらをすっぽり覆うサイズ。
ティファにはそれが何か全く見当もつかない。どうして部屋の中にあるのか疑問が浮かぶ。
ティファの母親は仕立て屋で働いている。何度か仕事現場に行ったこともあるが、一度も目の前のものを見たことがない。
仮に母親の仕事道具だとしてもティファの部屋にある理由がわからない。母親とは部屋が別なので、置かれている理由がわからない。
「本当になんなのかしら。あっ、意外と重たい、見た目通りに硬い」
ベッドから出たティファは青い何かを拾ってまず重さを確かめる。次に手で叩いてみた。コンコンコン、と鈍い音が返ってくる。
手に取っても詳細は不明のまま。
「後で、お母さんに聞けばいいか。そういえば、外がうるさいな。お祭りはなんてあるはずもないし、誰か偉い人が来たのかな?」
ドラゴンの被害に悩まされいるイドリッシュの町に祭りをする余裕はない。貴族が慰問のために突然やって来て、町がてんやわんやしているのかもしれない。
そんな益体もない想像をしながら、ティファはリビングに向かう。
「お母さーー」
「ティファ聞いて! ドラゴンが討伐されたそうよ!」
「えっ……」
一瞬母親が何を言っているのか理解できなかったティファだが、時間が経つにつれ次第に理解していく。
「お母さん、本当にドラゴンが討伐されたの?」
「そうよ、町の広場にドラゴンの首が祀られてたそうなの」
なんでも、早朝になったら町の広場に忽然とドラゴンの生首が祀られていたらしい。朝から専門家チームが検分した結果、本物のドラゴンだと特定された。
色や形から、イドリッシュの町を悩ましていたインテンスドラゴンだと判明した。町の住人はドラゴン被害に頭を抱える必要がなくなったので、朝からどんちゃん騒ぎをしている。
「嘘、本当にドラゴンが討伐された」
「そうよ、お父さんも天から祝福してくれたに違いないわ」
「うわぁぁぁん、お母さぁぁぁん、もう、ドラゴンに怯えなくていいんだよね。町の人が死ぬこともないんだよね」
「そうよ、そうよ、もう苦しまなくていいの」
ティファは母親の胸の中で存分に泣く。大人びた態度をしていても中身は子供。張り詰めていた糸が切れてしまえば、年相応の顔を覗かせる。
「それじゃあ、お母さんはお店を見てくるから、ティファもいい子にしててね」
町は祝福ムード一色。働いているお店の営業があるかはわからない。一度顔を見せて、今後のことを確認するために母親は家を出る。
「あっ、お母さんにあれについて聞くの忘れた。後でいいよね、今日はインテンスドラゴンが討伐されて……祝福……されて…………えっ、待って、もしかしてあれって青色だよね」
ティファの頭にひとつの仮説が組上がる。
シーツの上に置いてあったのはドラゴンの鱗ではないかと。硬くて重いことと青色はドラゴンの特徴に合致している。
思い出すのは昨日出会った名も知らぬ冒険者。ドラゴン討伐にやって来たその冒険者が本当に討伐して、鱗を一枚置いていった。
「考えすぎかな。だって、もし、昨日のお兄さんがドラゴンの鱗を置いていったのなら、乙女の部屋に不法侵入した犯罪者だよ。ふふっ」
異世界に修行にやって来ていた男がこの時、くしゃみをしたとかしなかったとか。
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