第5話 本気になれない理由

「あー、痛ってぇ。戦闘中に考え事とか、アホの諸行だよ」


 頭を下にした逆さまの状態で木にもたれかかっている天下は反省する。実力に大きな隔たりがあろうと、戦闘中に油断しては勝てる勝負も勝てない。

 余裕をぶっこいて途中で昼寝したウサギがコツコツ歩んだカメに負けたように、勝負は最後までわからない。


「使っちまったな、魔法」


 天下はドラゴンの尻尾を躱せないと判断して咄嗟に防御魔法を展開した。そのためトラックとの正面衝突に匹敵する尻尾攻撃も、その後の地面を転がるダメージもほとんどない。

 もし魔法を使っていなければ無傷でやり過ごせなかった。死ぬことはなくても内蔵破裂や骨折、打ち身に打撲は免れない。


「そっか、そういうことか」


 天下は理解した。何故敵を目の前にしてずっと観光気分でいられたのか。それは本気を出せば一瞬で片がつくからだ。

 修行と言うのなら、どんな敵からでも学ぶ姿勢が大事だ。敵の強さは関係ない。

 本気を出せば倒せると言う思いが天下から真剣さを奪った。


「身が入ってなかったんだ。今まで弱い相手と戦ってこなかった。そもそも俺は弱い相手から学ぶのに向いてない」


 天下の相手はいつも最強の幼馴染み。常に死ぬ思いで戦いを繰り広げてきた。一歩間違えば死ぬ世界にどっぷり浸かっているので、自分より弱い相手から学ぶ経験がない。

 天下が格下と戦うのは稽古をつける場合か、仕事の依頼で敵を潰す場合のみ。格下から教わる下地がない。

 故に戦闘中に必死さが足りなかった。


「修行とは口ばかりの言葉だったかな。やめだやめ、自分に制限をかけても意味なし。さっさとドラゴンを退治して、俺が本気になれる場所に向かおう」


 起き上がった天下は遠すぎて見えないドラゴンに視線を送る。

 無駄な制限を取っ払ってドラゴンを殺すことに注力する。


「待たせたな。俺のつまらん遊びに付き合わせて悪かった。こっから先は全力でいかせてもらう」

「ガッ!」


 ドラゴンも先程とは様子の変わった天下に警戒を露にする。即座に距離を取るべく、今まで利用しなかった翼をはためかせて空に飛び上がる。

 先程までの天下なら空を飛ぶドラゴンに『やっぱり、ドラゴンは空を飛ばなくちゃな』と感動しただろう。

 本気でドラゴンと対峙することを決めた天下に感動はない。ただ、空を飛んだ事実をありのまま受け入れる。


「遅い」

「グギャバッ!」


 空を飛んだドラゴンのさらに上を取った天下はドラゴンに蹴りを入れて地面に叩き落とす。

 ドバゴーン、と大きな音を立ててドラゴンが地面に激突し、池と呼ぶには大きいサイズのクレーターができあがる。

 ドラゴンには天下が移動したのも蹴りを入れられたことも認識できていない。これこそ天下がドラゴンを肩慣らしと言い張った理由。


「グギャ、グギャ!」


 何が起こったか理解していないドラゴンは突然の痛みに喚き、何が起こったのか周囲を見回す。


「終わりだ〈光線〉」


 既に満身創痍のドラゴンに天下が魔法を放つ。

 昨日冒険者パーティを助けた際に使用した魔法と同じだが、威力は天と地ほどの差がある。

 光の筋はドラゴンの額を正確に貫き、脳を破壊する。いかに魔物でも脳を破壊されたら絶命する。

 制限をかけた天下との戦いがお遊びかと思うくらい呆気ない幕引きである。


「ふぅ、呆気ない」


 地面に降り立った天下はドラゴンの死骸に手を添える。異世界で初めてのまともな戦闘、しかし天下の思い違いで要らぬ苦労をかけた。

 結果として命をもてあそぶことになったと反省する。


「すまなかった、青いドラゴン。俺はお前を忘れない」

「ピュピュ」

「ん、なんだ?」


 天下の耳にどこからともなく弱々しい鳴き声が届く。鳴き声の主を探してドラゴンの周りを観察すると、仔犬くらいの大きさの青いドラゴンがいた。

 戦闘中は巣穴にいたが、決着がついたため巣穴から出てきた。


「そうかお前、親だったのか。最後まで空を飛ばなかったのは、子供から離れないため……だったのか?」


 天下には想像しかできないが、子育てのために親ドラゴンはイドリッシュの町の近くに越してきたのかもしれない。

 エサのためか、それとも子供に適した環境を求めていたのか、実際には何もわからない。


「ピュピュ!」


 天下が仔ドラゴンに近づくと、仔ドラゴンが天下を攻撃する。とても弱々しくて、ひとつもダメージは入らない。


「ちゃんと、俺が親の仇だと理解しているのか」


 天下は仔ドラゴンをひょいと掴む。もちろん仔ドラゴンは暴れるがお構いなしに胸に抱く。


「弱肉強食の世界。このまま殺しても誰も文句は言わない。それとも見なかったことにして放置しても、目撃者はいない。わかっているのか、小さなドラゴンちゃん?」


 生かすも殺すも生殺与奪の権利は天下にある。


「責任、というつもりはない。でも俺はお前を育てることにする。大きくなれ、俺が憎いというのなら強くなって自分の力で仇を討て。さえ、眠れ〈誘眠〉」


 もし、天下が戦う前にドラゴンに子供がいることに気づいていたら、別の可能性もあったかもしれない。

 しかし、考えても仕方ない。時計天下に時間を巻き戻す手段はない。

 親のドラゴンは死んだ、これは変えられない事実だ。


「さあ、帰ろうか」


 こうしてイドリッシュの町に災害を振り撒いてたドラゴンは人知れず討伐された。


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