第4話 初めての戦闘

 イドリッシュに来て二日目の朝。

 天下は宿屋のベッドにて起床する。


「体が痛え」


 日本にいた頃は魔界の番人の実力を活かして荒稼ぎしていたので、お金に困る生活とは無縁だった。つまりベッドを含む家具は全て高級品で揃えられていた。

 ところが宿屋のベッドはよくも悪くも普通。高級品に慣れ親しんだ体は普通のベッドを受けつけなかった。


「始めて見つけた課題が、まさかベッドとは。修行に来たんだけどな」


 想定していた課題は主に戦闘面のこと。強大な魔物の攻略法で悩むのかと思いきや、生活面での苦労に直面した。

 何事も経験してみないとわからないものである。


「文化も技術も違うもんな。海外生活は苦労した覚えがないから油断してた」


 天下が海外で苦労しないのも当然。魔界の番人を一般的なホテルに泊めようものなら魔法界から極秘にバッシングを受けることになる。

 一流ホテルのサービスは隙がない。お客様の好みに合わせて食事や対応を変えるのは当たり前。快適に過ごせるように心配りに余念がない。

 一流ホテルのサービスと田舎の宿屋ではサービスが違うのは当たり前。家具や施設も当然違う。大都市の高級ホテルにでも泊まらなければ、今後も天下は苦労するだろう。


「とりあえず飯だ、飯」


 イドリッシュの町では比較的高級な宿屋なので朝食も出る。

 身支度を済ませて荷物を確認する。朝食を摂ったらそのままドラゴン退治に向かうので忘れ物がないかの確認だ。


「おばちゃん、朝食を頼む」

「あいよ」


 宿屋に併設された食堂で天下は恰幅のいい女将に注文を通す。この食堂は宿屋の客以外にも開放されている。一般客はお金を払って注文するが、宿屋の客は既に宿泊費に朝食代が含まれている。

 天下はイドリッシュでは見かけない顔立ちと、高級な身なりで一発で覚えられた。なので女将に宿泊客か確認はされない。

 運ばれてきたのはパンとタマゴとスープ。シンプルながらも美味しい朝食を摂る。幸いにしてイドリッシュの町の食事は天下の口に合うようで、食事の面での課題はないようである。


「イドリッシュに来てから食った飯はどれも美味かったな。長期保存できるものならエマのお土産にできるんだが……」


 残念ながら、保存の技術はあるものの、味を落とさず長期保存できる技術は開発されていない。いかに日本の食技術が進んでいたか実感する天下であった。


「おばちゃん、おばちゃん。がっつり冒険者セットを頂戴」

「あんたたち、ここに来るなんて珍しいね」


 天下の食事が終わった頃。四人組の冒険者パーティが入店してきた。

 女将とも知り合いのようで和気藹々と会話をしている。


「昨日さ、あの見つけるのが難しいビックリラビットを狩りに行ったんだ。運よく発見できて、討伐もできたんだ」

「そりゃよかった」

「まだ続きがあって、ビックリラビットの解体も終わって、イドリッシュに帰っている最中に、またまたビックリラビットに遭遇したんだ」

「あんたたちの実力でビックリラビット二体の討伐は厳しいだろ。獲物を捨てて逃げたのかい?」

「それがさ、二体目のビックリラビットは弱っていてさ、難なく倒せた。こうして臨時収入を得た俺たちは食事にやって来たのさ。ここの食事はイドリッシュで一番美味しいからさ。……高いけど」

「一言余計だけど、嬉しいこと言ってくれるね。でも冒険者は引き際が肝心だよ。今回はよかったけど、次も同じとは限らないからね」

「わかってまーす」


 天下はちらりと冒険者パーティを窺う。なんてことない普通の冒険者パーティだ。特徴と言えば全員が若いくらいだ。

 天下はすぐに興味を失って立ち上がる。既に宿屋での用事は済んだ。イドリッシュの町を苦しめるドラゴン退治に向かう。


「あっ、すいません」

「いえ、こちらこそ」

「ほら、道を開けて」


 出口に向かう天下と件の冒険者パーティがすれ違う。冒険者パーティは人数が四人なので通路を塞いでいた。

 いち早く気づいたローブの少女が仲間に注意した。なんてことない混雑した店内ではありふれた光景である。

 天下は冒険者のことを特に気にすることなく店を出る。


「ドラゴン退治としゃれこもうか」


 朝の早い時間。通りには仕事に向かう人々でごった返している。ここで空を飛ぼうものなら、見つかってしまう。変に注目を集めたくないので天下は路地裏に入る。

 姿を隠す魔法を使い、人々から認識されなくする。路地裏を歩く少年にばれていないことを確認すると、そのまま真上に飛び上がる。

 町を一望できる高度に達すると、イドリッシュの町を目に焼きつけて、ドラゴンがいる方角に進路を向ける。



 飛行を続けること数分。山奥までやって来た天下はドラゴンの気配を感じ取る。鬱蒼と繁った森のどこかにドラゴンがいるはずだ。


「やっとこさドラゴンとご対面か。そういえばドラゴンに個体名はあったのかな。全く情報収集してないから、基本的なことも抜け落ちてるな。現在地の名前くらいは調べておくべきだったか」


 天下の目的は修行。始めからドラゴンの弱点を知ってしまったら、敵の能力を見抜く力が養われない。そのためにあえて下調べをしていない。

 でも敵以外の情報なら調べても邪魔にならない。異世界初日はどうやら浮かれていたらしい。基本的なことさえも忘れていた。


「反省は次に活かすとして、今は目の前のドラゴンだ。ドラゴンは何色なんだろうな」


 天下に不安はない。天下の実力とドラゴンの強さは大人と子供。本気を出せば一瞬で片がつく。気負う必要のない魔物である。


「おっ、発っ見! ドラゴンの色は青色か。漫画だと青色は氷のブレスを吐くのが定番だぞ。君はイメージ通りなのかな」


 森の中を歩くとこ数分、天下は崖に穴を掘ってねぐらにしているドラゴンの巣を発見した。

 そこには青色のドラゴンが鎮座している。ドラゴンも天下に気づいている様子。巣から出てきて天下を迎撃するようである。


「ドラゴンってのは好戦的なのか。それともこの個体の特徴なのか。まあ、サンプル数が増えればわかることか」


 巣から出てきたドラゴンの全長は優に30メートルを越えている。重さは大型トラックに匹敵するだろう。目の前のドラゴンが一般的な特徴を持っているかは比較対象がないので現時点では不明である。


「これが本物のドラゴン、トカゲを二足歩行にして翼を生やしたタイプのドラゴン。初めて見ると感動するな。アウスビドンに来た甲斐がある」


 実は天下は偽物のドラゴンなら見たことがある。魔法には生物に影響を与えることもできる。鳥類の遺伝子を組み替えたなんちゃって恐竜や魔法で組み上げた疑似生命体のドラゴンなど、ファンタジーな経験は数知れない。

 対して目の前の本物ドラゴンからは息遣いや独特のプレッシャーを感じる。


「グアアアッ!」

「おっと、感動に浸ってる場合じゃないな。さて、イドリッシュの町のためにも死んでもらう。悪く思っても構わん、恨んでくれても構わん。俺は俺が強くなるためにお前の命を頂く」


 ドラゴンだって生きるためには食事をする必要がある。天下はドラゴンが一方的に悪だとは思わない。それでも食うか食われるかの世界、町に被害を出した以上、狩られる側に回っても文句は言えない。


「さあ、行くぜ、と言いたいが。これも修行。俺は攻撃魔法、防御魔法、補助魔法は使わない」

「グルル、グッガガガガ!」


 天下の信念はドラゴンには関係ない。邪魔物を排除するだけだ。

 ドラゴンは巨体とは思えない速度で突進して距離を詰めて腕を振るう。鉤爪で引っかかれたら、それだけで人は容易くズタボロになる。

 もちろん、当たればの話だ。


「よっと、案外素早いな」

「ガウッ」


 避けられたことを理解したドラゴンはすかさず追撃する。尻尾を振り回して、標的を吹き飛ばそうとする。

 天下はジャンプで尻尾攻撃を躱す。

 ドラゴンもバカではない。肉弾戦に勝機がないとわかると、すぐさまブレスを吐く準備をする。行きを吸い込み胸の辺りが膨らむ。


「きたきたきた! ドラゴンと言えばブレスだよな。さあ、どんなブレスを吐く。俺にたっぷりと見せてくれ」

「ガアアアッ!」


 ドラゴンの口からオレンジ色の炎が吹き出す。残念ながら青色だからと言って氷を吐くタイプではない。

 それでも天下は本物のドラゴンの生ブレスに感動を隠せない。


「すげーな。ありがとう異世界、ありがとうドラゴン、やっぱり最高……よっと、危ない危ない」


 天下の感動はドラゴンには関係ない。天下を黒焦げにしようとドラゴンは連続して炎のブレスを吐く。

 一通りの攻撃パターンを確認した天下は反撃に出る。ドラゴンの生態研究に興味が尽きないのは山々だが、本題は討伐すること。観察しているだけでは倒せない。


「とりあえず、殴る。俺の拳はちぃーとばかし痛いぜ。覚悟しな」


 ドバン、と肉体を殴ったとは思えない鈍い音が辺り一面に響く。

 天下は自身に攻撃魔法と防御魔法と補助魔法の使用制限の枷をかけている。そのため使っているのは自身の肉体を強化する魔法のみ。

 しかし、使い手が地球でも屈指の実力者なら肉体の強度は鉄の塊のように硬くなる。拳の威力はコンクリートの壁を木っ端微塵にできる。


「ガウッ!?」

「マジか!」


 炎のブレスを掻い潜って腹を殴った一撃はドラゴンにダメージを与えた。ただし微々たるものだ。

 あまりの肉体の固さに天下も驚きを隠せない。渾身の一撃だった。倒すことは無理だとしても、仰け反るくらいは期待していた。それがノーダメージなのは予想外でしかない。

 ドラゴンの肉体の固さは相当なもの。大陸最強の名をほしいままにしているのは伊達ではない。


「困ったな。打撃が効かないとなると、倒せないぞ」


 魔法に制限をかけている天下に取れる手段は少ない。肉体を強化してできるのは殴る蹴るの打撃と関節技の二種類。関節技はドラゴンが大きすぎるのでかけようにもかけられない。打撃はさっきの通り効かないことが証明された。

 何か手はないかと思考を巡らす天下にドラゴンは容赦なく追撃を加える。


「ガウ! ガウ! ガウ!」

「俺を食べても美味しいくないぞ」


 突進、鉤爪、尻尾、ブレス、ドラゴンの攻撃に休みはない。

 天下は有効打を見つけられないままドラゴンの攻撃を捌き続ける。


「どうしたものか。なあドラゴンさんよ、どうしたらいいと思う」

「ゴアッ!」


 そんなの知るか、とばかりにドラゴンがブレスを吐く。

 敵に塩を送る真似はドラゴンはしないようである。またひとつ天下はドラゴンに関する知識を手に入れる。


「嬉しくないな。……ホントどうしよ。同じ箇所を殴り続けてみるか。関節に焦点を絞って攻撃する。それとも顔面辺りにするか、悩むな」

「グギャアアア!」


 とりあえず膝関節を狙って殴る。腹の時よりは痛みを感じているようだが、有効打にはほど遠い。むしろ痛みを与えたことでドラゴンの闘争心に火が着いた。

 与えたダメージより攻撃が激しくなった弊害が大きいので、プラスマイナスの収支はマイナス寄りだ。


「これはやっちゃたかな。反省反省。そういえば、このドラゴン、翼があるのにどうして飛ばない。それとも飛べない理由……がはっ」


 ドラゴンの考察で一瞬気が逸れた天下は背後から振り回された尻尾に気づくのが遅れて、避けれなかった。尻尾の一撃は速度を出したトラックに正面衝突されるくらいの威力はある。

 ドラゴンに比べて体重が軽い天下の体は何十メートルも吹き飛ばされ、地面に落ちても勢いは衰えない。地面を何度もバウンドし、木を数本へし折ってようやく止まる。

 常人なら木っ端微塵に砕けて、原型を留めていない一撃だ。やはり、大陸最強の名は本物のようである。


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