第2話 異世界への旅立ち
「俺は異世界で修行することにした」
「あっ、うん、頑張ってね。後、お土産よろしく」
「軽くないっ!」
エマから返ってきた反応はちょっと旅行に行くと告げたのと同じようなもの。異世界を理解してないわけでない。
「だって知ってたもん」
「知ってたんかい!」
絶対にばれないように秘密にしていたこともないので、天下の部屋に入って探索すれば痕跡は見つかる。
「何で知ってんの。勝手に部屋に入った?」
「そんなことしないわよ。<望遠>魔法と<透視>魔法を組み合わせたら、天下の部屋を覗くのはお茶の子さいさいよ」
「魔法の才能を犯罪に使うなっ! 俺だからいいものの、他人に使うなよ」
「当たり前でしょ。天下以外は特に興味ないもの」
〈望遠〉魔法と〈透視〉魔法のどちらも難易度の高い魔法である。〈望遠〉魔法は文字通り遠くを見る魔法。難易度が高いので素直に望遠鏡を使用した方が楽である。
〈透視〉魔法も文字通りの魔法。物を透過して見ることができる。〈透視〉魔法の一番の問題は目の前の対象を透過するのは容易くても、距離が離れたら一気に難しくなること。
一流の魔法使いでも1メートル先を透視できればいい方である。わざわざ使う必要のない魔法だ。
「つーか知ってたのなら、言ってくれてもいいのに。恥ずかしいことした」
「隠していることを告げ口するほど、あたしの性格は悪くないわよ」
「それもそうか」
天下の発表はサプライズにならなかったが、自身の口から知らせるのが大事だ。
一悶着あったものの、天下は告げるべきを告げた。
後日。
天下の住むマンションの一室にて。
「それじゃあ、これから異世界に行ってくるよ」
「うむ、お土産を楽しみにしている。ピンチになったらいつでも呼んでいいぞ。天下のためなら撮り溜めたアニメを見てから駆けつけるからな」
「そこはアニメより優先してくれ」
準備を整えた天下はエマと別れの挨拶をする。
既に異世界の下調べは済んでいるので、持ち物や服装は異世界準拠になっている。
これから行く異世界の降り立つ惑星の名はアウスビドン。
どのような世界なのか大雑把に説明すると、地球で言う産業革命が起こった後の世界。移動手段に蒸気機関や自動車が登場した技術レベル。
地球と違って魔法(正確には地球の魔法と異世界の魔法は別物)があるので一概に地球と比較はできないが世界を旅することができるくらいには発展している。
「義兄さん、いきなり異世界に行くとか正気ですか?」
「悪いが以前から決めてたことだ。それこそ星夜が義妹になる前から準備していた」
時計星夜。
天下の義妹。血の繋がりはない。時計家に養子として引き取られたのは三ヶ月前の冬の日のこと。
交通事故で家族を亡くした星夜はとある製薬会社に極秘裏に引き取られ、魔法の実験体として監禁されていた。
中途半端に魔法の存在を知った製薬会社が魔法の理論を明らかにしようと非合法な実験を繰り返していたところ、魔法界に知れ渡り天下が製薬会社を潰すために行動した。
実験体にされた被験者は本来なら孤児院などに引き取られるのだが、星夜が天下の服を掴んで離さなかったので、天下は『来るか』と問うた。
星夜は自分の居場所を自分で掴み取ったのだ。
「つまり、あたしの方がイレギュラーだと言いたいのですか?」
「そうなるな」
「わかりました。所詮は妹歴が三ヶ月のペーペーです。これ以上言うことはありません」
天涯孤独の身となり、兄妹として絆を深めてきたのに、また一人になる。そのことがどうしようもなく寂しい星夜であった。
「定期的に帰ってくるから安心しろ。エマもいるんだ、今は一人じゃないだろ」
「その通りだ。星夜が寂しくならないように、泊まり込みで付き添ってあげよう。光栄に思いたまえ」
「結構です。エマさんがいると私の心が休まりません。今すぐお引き取りを」
「なんだとぉ!」
軽口を言い合えるくらいには打ち解けているので天下も安心して異世界に向かえる。
「仲がいいようで何よりだ」
「仲がいいんじゃない、天下が心配するから面倒を見るだけだ」
「別に仲良くありません。仕方ないから付き合って上げているだけです」
「ふんっ!」
「ぷいっ!」
同時にそっぽを向く様子は一見仲が悪いように見えるが、タイミングが同じなのは息が合っている証拠だ。
天下がいなくてもやっていけるに違いない。
「これ以上、ここに止まっていると行くに行けなくなりそうだよ。そろそろ異世界に行くよ」
天下が最後の準備に取りかかる。何度もチェックして問題がないことは確認しているが、異世界に渡るのは初めての試み。
実験では物質や生き物の異世界転移は成功しているが、自分の体で試みたことはない。細心の注意を払って最後のチェックを済ませる。
「それでは義兄さん、気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ちゃんと異世界で強くなってくるのだぞ。後、お土産を忘れたらお説教だからな」
心配する星夜とは対象にエマに不安がる様子はない。天下のことは幼馴染みのエマが一番知っている。
何よりエマは最強の魔法使い。天下に使える魔法はエマも使える。地球にいながら天下を監視するのは朝飯前。
「〈位相〉〈望遠〉〈座標〉〈防御〉、どれも問題なし。今度こそ全準備オッケー。それでは行ってくる」
〈位相〉魔法で異世界への扉を開き、〈望遠〉魔法で異世界の存在を確認する。たえず動いている異世界の座標を特定するために〈座標〉魔法を使う。
異世界の壁を越える際に世界と世界に潰されないように〈防御〉魔法を展開する。
その他にも細かな魔法を駆使している。
「天下、待ってるから」
「……」
天下はエマの言葉に頷く。
異世界で修行するのは地球での修行に限界を感じたからだ。異世界で修行して、最強の幼馴染みの横に立つ、そのために。
エマも知っている。天下が隣に並び立つために並々ならぬ努力を続けいていることを。
天下の姿が消え、地球から異世界へと渡る。
おそらく人類初の異世界転移の現場だ。
ただ、このときの天下は気づいていない。エマの言葉が比喩として、隣に立てる日を待っているという意味ではなく、本当に現地で待っているということを知る由もない。
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