世界トップクラスの魔法使いの俺は世界最強の幼馴染みの横に立つために異世界で修行します

キャッシュレス

プロローグ

第1話 最強の幼馴染み

「とりあえず、これでも食らっとけ、〈火弾〉」


 天下が手をかざすと空中に無数の火の玉が現れる。

 空一面を覆う火の玉は見るものに幻想を与え、受けるものに絶望をもたらす圧巻の光景だ。

 その無数の火の玉が離れた場所にいるエマ目掛けて動き出す。

 ひとつひとつが高温にして高圧。とてつもない熱量を放っており、ひとつでも当たれば火傷では済まない。全身火だるまになる。


「はっはっは、天下もやるようになったな。火弾の数が多すぎて数えられないぞ。だが数が多いだけでは、あたしには通用せん」

「んなもん、百も承知だ。エマのことは俺が一番知っている。だから少し小細工をさせてもらった。〈岩隆盛〉」

「おっと」


 エマの足元の地面が隆起し、下半身を覆って拘束する。続いて動けないエマに無数の火の玉が殺到する。熱波だけで汗が吹き出る温度まで気温が上昇する。

 次々に火の玉がエマに当たって爆発し、黒煙を上げる。極めて殺傷能力の高い火の玉が当たっては無事では済まない。

 全身黒焦げの炭化した死体のできあがりだ。

 それはエマが普通の人間の場合なら。


「うむ。これは暑かった。サウナに入るくらい暑かった」

「無傷かよ。いや、予想通りと言えば予想通りなんだが」


 天下が火の玉を遠慮なくぶつけられるのは相手が憎いからではない。エマなら無傷でやり過ごせると確信していたからだ。

 超常の力、いわゆる魔法を天下とエマは行使しているが、肉体については至って一般的。

 殴られたら痛い。転んだら擦りむく。呼吸できなければ死ぬ。極々普通の肉体である。


「久々の試合だぞ。もっとあたしを楽しませてくれ」

「無茶言いやがる。自分が自他共に認める最強だと認識してるのか」

「そういう天下こそ、魔界の番人の一人じゃないか。魔法界随一の腕前は伊達でも酔狂でもないだろう」


 魔界の番人とは、魔法使いの中でも世界トップクラスの使い手に与えられる称号。

 歴史は古く、数百年の歴史ある称号だ。歴代の称号保持者は数々の魔法の功績を残している。

 魔法の新たな理論や画期的な理論を発表した。魔法界の発展には欠かせない存在である。

 天下は権威ある魔界の番人に高校生ながら、数多の魔法使いを差し置いて選ばれている。

 とはいえ、エマは自他共に認める最強。なぜ彼女が最強と呼ばれるかというと、魔界の番人が束になっても勝てない実力を有しているからだ。

 魔界の番人同士の戦いなら、勝った負けたは常だ。相性の問題や地の利で勝敗は左右される。しかし、エマはどんな相性も危機的な不利も覆す。

 故に最強。

 並ぶものがいないからこそ、最強なのである。


「とりあえず、これでも食らっとけ〈水鞭〉も〈水槍〉」

「その程度、あたしは水遊びを楽しみに来たのではない」

「わかってるよ。おまけだ〈重風〉と〈雷電〉」


 まず自由にしなる水の鞭が現れてエマを囲む。続いて水の槍が鞭の間隙を縫ってエマ目掛けて飛翔する。

 自由に動かれては逃げられてしまうので、上空から強風が吹き荒び埃を舞い上げ視界を奪う。最後に高速で飛来する無数の稲妻がエマに殺到する。


「はっ!」


 エマの気合いの一言で襲っていた全ての魔法が消し飛ぶ。

 天下が弱いのではない。エマが強すぎるのだ。

 魔法のひとつひとつが人を容易く殺傷するエネルギーを秘めているが、エマに通用しない。

 現に道路は陥没し、街路樹は切断され、ビルは抉られている。エマと天下の周囲だけ戦争後の町並みが広がっている。


「そろそろ、こっちからも行かせてもらう。ちゃんと防御しろよ」

「やべっ!」


 一瞬目を離した隙にエマの姿が消える。


「がはっ」


 天下が勢いよく吹き飛ばされる。

 エマが高速で移動して背中から蹴飛ばした。それだけで天下が何十メートルもの距離を地面と水平に飛ばされる。

 蹴りの衝撃で肺の空気は全て吐き出す。

 寸前で防御魔法が間に合っていなかったら、高所から落としたトマトのように爆裂四散していた。


「うむ。やはり器用だな」

「そりゃどうも。最強の横に立つにはこれくらいできなきゃ話にならんからな」

「あたしは力押ししか脳がないからな。その器用さは少し羨ましく思う」


 天下が起き上がるより早くエマが声をかける。

 天下の強さは努力や根性で培った強さだが、エマの強さは天性のもの。生まれたときから最強。努力する必要はなく、生まれ持った力を行使するだけでごり押しできる。


「早く続きをしよう天下。これしきで降参なぞ温いことは言わないよな」

「当たり前だ。男の子には意地ってもんがあるんだよ。十中八九負ける戦いでも最後まで死力を尽くす」

「よく言った。少しくらいギアを上げても構わないだろ」


 ただでさえ実力に隔たりがあり、手加減してもらっている状態。少しだろうとギアを上げられてはついていけなくなる。


「ちょっ待て、話し合おう」

「いや、待たん。男の子の意地を見せてもらう」


 エマの姿が消える。天下は死んでなるものか、と全神経を集中する。一瞬の油断が死に直結する試合が繰り広げられる。


 戦場では無数の火の玉が飛び、火の玉を越える大きさの火の塊も飛ぶ。水が舞い、水が踊る。雷鳴が轟き、各地に落ちては地面やビルを抉る。

 引っこ抜かれた街路樹が投げられたら、お返しに高層ビルが丸々投げ返される。

 サウナよりも高温の灼熱地獄が展開したかと思ったら、直後には視界がホワイトアウトする極寒地獄に様変わりする。

 巨大な隕石が降り注げば、次には地面からマグマが吹き出す。

 全てを飲み込むブラックホールが出現しては、辺り一面が瞬く間に更地になる。

 まさに地獄絵図。常人が一歩でも足を踏み入れたら、意識する間もなく肉体が消失する世界。

 そんな地獄絵図も長くは続かない。

 エマはどんな地獄でも飄々と立ち続けられる。天下は全ての力を使い果たしたら、ただの一般人。

 どんうしようもない圧倒的な差に天下は膝を屈する。


「……はぁはぁ、はぁはぁ、もう、無理……」


 死力を尽くして疲労困憊の天下は地面に横たわる。声を発することさえ億劫で、いつ爆発してもおかしくないくらいに心臓が稼働している。


「うむ、今日もあたしの勝ちだ。これで何連勝目になる」

「数えてねぇよ。そんなもん」


 天下は昔からことあるごとに勝負を挑んで来たが、一度たりともエマに白星を上げたことはない。

 全勝のエマと全敗の天下。


「天下も成長しているのてはないか。普段より世界が壊れている気がする」

「当たり前だ。どっかの最強幼馴染みの横に立つには成長が欠かせないんだよ」


 少年少女の視界に広がるのは都市がまるごと破壊された世界。荒涼とした世界はうすら寒く感じる。

 世界からくぐもった唸り声が聞こえてくる。


「さすがに位相空間に負荷をかけすぎたな。維持が難しくなってる」

「ちょうどいい、そろそろ家に帰ろうではないか」


 遠慮会釈もなく町を破壊できたのは、世界そのものが作り物だから。現実にあるものをそっくりそのままコピーする〈複製〉魔法と現世とは少しずれた場所の〈位相〉魔法を組み合わせて、世界を作り出す。

 〈複製〉魔法は簡単に習得できるが、複製できる範囲は大きくない。世界トップクラスの実力でもサイズは軽自動車くらいまで。町を丸々コピーするなど常識を逸脱している。

 〈位相〉魔法も本来の世界とは別の世界に干渉するので、難易度は押して知るべし。

 魔法の構築は器用な天下が行い、エマがエネルギー源として力を供給することで現実世界をコピーした位相空間が成立する。

 一流の魔法使いが一生をかけても辿り着けない技術が使われている。


 ミシミシミシ、と空間が割れる音と共に世界が崩落する。

 天下とエマは元いた現実世界の自宅の庭園に舞い戻る。模擬戦が始まったのは昼過ぎだったが、現在は西日が差し込む夕刻。


「ただいま、なんてね。今日は楽しかったね。また、やりたいね」

「当分は勘弁してくれ。まだまだ勝てそうにない」


 勝機すら見出だせていない現状に天下は遠い目をする。このままでは、いつまで経っても最強の幼馴染みの隣に立てない。


「あっ、あっ、あっーーー!」

「どうしたエマ!」

「こ、こ、こ、焦げてるぅぅぅ!」


 エマが服の端を掴んで叫ぶ。引き伸ばされた布地の部分が確かに黒茶色に焦げている。

 位相空間で地獄を繰り広げたら、焦げのひとつくらい服が痛むものだか、エマにとって服が痛むのは今回が初めての経験。

 ある意味天下の成長の記録だ。


「このワンピースお気に入りだったのに、どうしてくれるの天下!」

「だったらワンピースをまた買えばいいじゃないか」

「今月お小遣いがピンチなの。買う余裕なんてないの」


 元凶である天下の胸ぐらを掴み、前後左右に振る。


「わかったわかった、俺が買ってやるから。な、機嫌直せって」

「ホント?」

「ホントホント。俺、嘘吐かない」

「やったー、約束だからね。嘘だったら承知しないから」


 世界トップクラスの実力は伊達ではない。世界中から案件が舞い込むので、同世代に比べて何十倍もの稼ぎがある。服の十や二十で破産はしない。

 そもそも天下の服は軍隊も真っ青な防弾防刃繊維をたっぷり使い、魔法対策として一流の魔法付与を行っている。軽く自動車が買える戦闘服だ。

 エマの場合、力が強すぎるので案件は限定的で、かつ母親がお金の管理をしているので、同世代と同じ額で毎月生活している。

 ワンピースが焦げたらから新しく買い直す余裕はない。


「なあ、エマ。心して聞いてくれ」

「ん、何?」

「このままだと、エマの隣に立つのは難しい。だからーー」


「俺は異世界で修行することにした」


「あっ、うん、頑張ってね。後、お土産よろしく」


 天下の一世一代の発表は目の前の幼馴染みには全く響かなかった。


 時計天下、世界有数の魔法の実力を持つ。春から高校二年生になる、魔法以外は普通の思春期の男の子。

 灯火エマメリア、自他共に認める魔法界最強の少女。天下と同じく春から高校二年生の普通の女の子。

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