第3話

「キリソン君。少しいいかね。」


お昼ごろ。


45分の休憩が終わり、会社員が昼食からそれぞれ自分の席に着くころである。


ロッキーも15階のフロアの隅にある自分の席に座り、パソコンのスイッチを入れたその時に、係長のリュウ・ロンが声を掛けてきた。


また、何か仕事か。


それとも、昨日の提出書類にミスがあったのか。


だが、係長はその場でロッキーに何も言わず、こっちに来てくれという感じで彼の肩を押す。


そして、フロアの隣に設置してある、応接室に通されると2,3枚の書類を渡した。


「キミは、明日から別の所で働いてもらうことになった。」


やはりそうか。


ロッキーは、今まで何度かアズール会社の別の部署で働かされてきた。


こういう話は慣れている。


"クビ"の話ではなかっただけでもまだマシか。


「わかりました。また、この会社で働くつもりならばサインをして係長に渡せばいいのですね。」


「いや、キミが働く場所は、この会社ではない。」


「・・・えっ。」


「正確に言うと、"派遣会社のほうからキミを3カ月だけ別の会社で働かせたい"という申し出があったのだよ。

そして、私もキミが次に行く会社のことはまったく知らないんだ。ただ派遣会社のほうからは、この紙をキミに渡せばいいと聞いているだけだ。」


リュウ・ロンは、いつもは無表情だが今回は、しぶい顔をしている。


当然だろう。


普通は逆だがらだ。派遣してもらい会社のほうが、派遣会社のほうに派遣職員を派遣してほしいとか、もういらないとか言う立場であり、今回の場合、人事権をもっているのはアズール会社のほうだ。


それなのに、いったいなぜ・・・?


「私も、最初、この話を聞いた時は思わず腹が立ったが・・・。残念ながら、相談してみた課長もこの件に関しては、なぜか仕方がないという見方でね。

深い話は、聞けなかった。本当に理由はさっぱりわからん。

だがそういうことだからわかってくれ。それじゃ、キリソン君、次の職場でも頑張りなさい。応援しているぞ。」


リュウ・ロンは、ありきたりの別れのあいさつをして、最後はいかにも作ったような笑顔をロッキーに見せた。


夜の7時。


ロッキーは、久しぶりに早く家に帰ってきた。


こんなに早く家に帰れたのは、じつに数カ月ぶりであった。


ちなみに、普通の人ならあんな話を聞いたらヤケくそになり、居酒屋やバーで酒を飲んで夜遅く帰り自分が"クビ"になったことを忘れようとするかもしれない。


だが、彼は違った。悲しいことに、そこまでバカになれない男である。


酒を飲んでも自分が職がなくなったことに変わりはない。


それならば、遊んだり、外食するよりも、少しでもお金を使わず節約しよう。


だいたい、自分は、酒が飲めないし、たばこも吸わない。


それに、キャバクラやどこかの行きつけのママさんがいるバーなんかあるわけもない。


彼は、あくまでも真面目でかつ冷静で合理的な男であった。


しかし、・・・、である。そんな人間的につまらない彼でもココロは複雑だった。


上司のリュウ・ロンの話を要約すると、派遣会社が別の仕事を紹介するとか言ってはいるものの、つまり彼はアズール会社では"クビ"ということである。


毎朝、通う電車の中では、こんな会社は"クソ会社"と思い、辞めたいと考えていたものの、いざ解雇されると明日からどうしたらいいんだという気持ちになる。


俺にも、毎日の生活があるんだ。生活を保障してくれ。


リュウ・ロンの話を聞き終わった時そう感じ、一瞬、呆然としてしまった。


だが、一方で彼はしばらくよく冷静に考えてみる。


別に今、生活に困っているわけでもない。


ロッキーは、実家暮らしであるし、養うべき妻や子供がいるわけでもない。また、両親の家のローンや借金があるわけでもない。


困るといえば、帝国に払う毎年の税金にお金が必要なぐらいである。


無職か。


こんな派遣社員を大学を出てから送っていた時から覚悟はしていたが。


やっぱり、派遣会社に勧められた次の職場に行くべきか。


そんなことをいろいろ考えながら、ロッキーは、家に帰り、母親が作ってくれていた料理を食べながら、アズール会社を辞めさせらたことを話し、これからのことを相談する。


母親は、ロッキーの帰宅があまりにも早かったことに驚いてはいたが、理由を聞くと"なるほど"と納得したらしい。


そして、


「次の職場を派遣会社が紹介するんだがらいいんじゃないの。

私は、ロックが正規社員として勤めてくれるほうがうれしいけど、まずはあんたが、働いていることが重要なんだから。

男が、家で、ゴロゴロしていても・・・ね。」


「そこなんだよ。母さん。どうしても、俺は、働かないといけないのかねぇ。そこまで一生懸命働く目的が、俺にはないんだ。

自分の精神力が弱いのか、それともこの国で働くことがキツイのか、よくわからんが働き続けるのはつらいぜ。

1年ぐらい、ゆっくり家で休職したいよ。」


「なに、目的がないとか、働くのがキツイとか、弱気で寝ぼけたことを言っているの。たった3年ぐらい会社員として勤めたぐらいで。母さんなんてね、40年以上、仕事をしてきたんだから。

もっと前向きな気持ちで頑張りなさい。そんなんだがら・・・。」


母親が自分を励まそうとする気持ちはよくわかるが、そんなこと言われてもなあとロッキーは思う。


次の職場がどんなところかもわからんのに。


もし、俺がすぐに辞めるといっても知らないからな。


でもなあ、母さんの心配するように、確かにいつまでも無職でいるのもダメだし。


彼は、乗り気ではないが、自分の部屋に戻ると、カバンの中の奥のほうにしまっていた会社でもらった書類を読む。


あのあと少しショックで書類を見れなかったのだ。


今度はどこの会社に行けというんだ。


書類は契約書と会社概要のパンフレットの2種類だった。

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