第4話 スウェック社と研三

 土曜日の朝、文夫は、新大阪駅の近くの大きなビルの前に立っていた。

ネットの情報によるとこのビルの6階にスウェック社、日本支社があるらしい。  そのビルの一階には、外国車の展示があって、外車販売のショールームになっていた。 またコーヒーショップも併設してあった。

文夫は、中央のエスカレーターを二階までのぼって、エレベーターの前に立った。 スウェック社は、ホームページどおり6階にあるようだ。 6階のネームプレートには、スウェック社とだけ書いてある。

文夫は、エレベーターに乗り込み、6階のボタンを押した。他には誰も乗らず、一人だった。 エレベーターのドアが開いて、文夫は、驚いた。 ダッチワイフの会社だから他人の目を忍んでひっそりとしているだろうと想像していたのである。  しかし、6階のフロアには、大きなスペースのショールームがあり、産業用ロボットからお掃除ロボット、やや小型の会話ロボットなどが、数多く展示してあった。  文夫は、少しほっとしていた。この程度のロボットを造ってる会社ならやっぱりユリエは人間だったんだと思ったのである。  アンドロイドみたいなロボットは、見当たらなかった。 受付らしきところに、女性がいたので近づいて話かけてみた。

「おはようございます。お宅に平原研三さんっていらっしゃいますか?」

受付の可愛い女性は、一瞬、上を見上げて、白目を見せたかと思うと再び、文夫を見つめて、

「研三は、一年前まで当社の開発部に所属しておりましたが、現在は、退職しております」

――やっぱりかぁ。

「今は、何処にいらっしゃるんですか?」

文夫は、すかさず尋ねた。

「それは、個人情報ですので、お答えしかねますし、当社でも把握しておりません。 研三がどうかいたしましたか?」

――ここでも下の名前で呼ぶんだ。

 文夫は、綺麗なこの女性の前で、ダッチワイフ詐欺にあったとは言えなかった。

「いえ、特にはないのですが、あのう、研三さんってすらっとした人で、ちょっとおでこのあたりの髪の毛が後退している人ですか?」

受付の女性は、今度は、さっきより素早く上を向いたかと思うと直ぐに文夫を見つめて言った。

「身長173センチ、体重71キロです。髪の毛は黒、後退しているかどうかは・・・・・・データがありません」

――それって、めちゃめちゃ個人情報では?

「はい、ちょうどそのくらいの体格です。 何処に行ったら会えますかね? ユリエという人と一緒にいますか?」

「それは、個人情報ですのでお答えできません」

――やっぱりかあ。

「どうしても会いたいんですよね。 研三さんとユリエさんに借りがあって、会って500万円返したいんですよ」

 文夫は、わらをも掴む思いで言ってみた。 研三から振り込み、戻された560万円は、ネット銀行で確認していたが、実際、返してもらった560万円は、元々無くなっても良いと諦めていたもので、ユリエにまた会えるなら改めて渡しても良いと思っていた。 500万円と言えば、びっくりして住所を教えてくれるんじゃないかとも期待していた。 しかし、受付の女性からの返答は、文夫の予想と反してあまりにも淡白だった。

「研三の退社後のデータはありません。 申し訳ありません。 ありがとうございました」

「そんなこと言わないでなんとかお願いしますよ。 データあるんでしょ? ほんの少しの手掛かりでも良いんですよ。 大阪のどのあたりにいらっしゃるとか」

文夫には、研三が大阪にいるのかどうかも定かではなかったがとっさに思いついてカマをかけてみた。

「分かりません。 データがありません」

カマをかけたつもりだったが返って来た答えは、なんとも無表情で、大阪にいるともいないともどちらとも判断できなかった。

 困った文夫は、彼女の扱っているパソコン端末の画面を見ようと体を斜め横から受付カウンターに乗り出して手元を盗み見たが、驚いたことにそこに、端末はなかった。 しかし、驚いたのはそれだけではなかった。

――あっ、下半身がない。 幽霊か? いや、ロボットか? 上半身だけの美人アンドロイドだったかぁ。 騙された。 別に騙したわけではなく、文夫が気づかなかっただけであったが、驚いて腰が抜けそうになった文夫は、ブツブツ念仏のように唱えながらフラフラと後ずさりにその場を離れた。

「アンドロイド、アンドロイド、レプリカント・・ロボット、ロボット、ダッチワイフ・・・下半身のないダッチワイフ・・??ユリエ、ユリエ、ユリエはロボット?」

すると背後から男性の声に呼び止められた。

「お客様、どうかなさいましたか。 大丈夫ですか?」 振り向くとそこには、スーツを着た四〇代くらいの男性が立っていた。

――あっ、こいつもロボット? いや、でもふけてるなあ。

「ご安心ください。 お客様。 私は人間です」

――良かった。 でも油断するな。 ユリエも研三もロボットだったか?

文夫は、恐る恐るその中年男性と話をしてみることにした。

「まさかロボットだとは思わずに話してました。 いろいろあって、ロボットだと分かったショックと驚きで倒れそうになりました。 すみません、もう大丈夫です」

「いろいろあってと申しますと?」

その中年男性は、優しく話しかけてきた。

――やっぱりロボットじゃなさそうだな。

「以前ここに勤めていらっしゃった平原研三さんを捜しているのです」

「研三?」

――ここも下の名前か。

「はい、技術部長の研三さんです」

「研三がどうかしたんですか?」

「研三さんを知ってるんですか? いや、お金を返さないといけないんですが、もう会社辞めてると言われて、今どこにいらっしゃるかご存知ないですか?」

「 お金? おいくらぐらいですか?」

「500万」

「500万」

「いや絶対返さないといけないという訳でもないんですけど、せめて半分ぐらいでも返して話をしたいなあと思っているんですよ」文夫は思っているまま話した。

「実は私、研三と同期でして、一緒にスウェーデンの本社に研修に行った仲なんですが分かりませんね。 彼は、天才科学者と言われてて、スウェック社を一流企業にした立役者なんですよ。 ダッチワイフのリアルスキンを開発したのも彼なんです。 とにかく研究に没頭するから友だちもいないんですよ。 誰も今の彼の行方を知ってるやつはいないでしようね。 なんでも大きなプロジェクトを会社に任されて大きな予算ももらっていたと聞いてたんですがうまくいかなかったんでしようね。 その責任をとる形で会社辞めちゃったみたいです」

「なるほど、だからお金に困ってたんですね」

――いや待てよ、ならなんでお金返してきたんだ?

「いや、お金には困ってないと思うんですけどね。 いくらプロジェクトに失敗したからと言っても彼のこの会社への貢献はこの会社そのものを支えていたと言っても過言ではありませんから、それなりに退職金は出たはずですよ」

「そうなんですか」

――じゃ、なんであんなことしたんだろう? そして、なんでお金返してきたんだろう?

「あいつのことだから失敗したプロジェクトの研究の続きを退職金はたいてやったとかあるかもしれないなあ。 いや、あるな、それ」

「どんなプロジェクトだったんですか? それ」

 文夫は、そんなの教えてもらえるはずないと思いながらも一応尋ねてみた。

「うーん、私にも全然分からないんですけどね、これまでのダッチワイフよりも更にリアルで人間的な人形というかロボット的要素も付け加えた物を目指していたみたいですよ」

――そんなに喋っていいの。 企業秘密では?

「歩くんですか?」

「いや、歩けないでしょう。 ダッチワイフに歩く機能は要らないし、二足歩行はそんなに簡単じゃないですからね。 出来てたらさっきのスミレも歩いてたと思いますよ」

――スミレ、さっきの子はスミレ。 彼女が歩いていたら、ロボットと気付かなかったかもしれない。  なんとも言えない不安が文夫の中に広がった。

「ああ、二足歩行目指してて失敗したのかな? 研三なら出来ると会社が思ったのかもしれないなあ」 男性は思い出したかのように言った。

「そんなに研三さんは凄い方だったんですか?」

――どうしよう? 研三が歩くロボット作ってたらどうしよう。 ユリエがロボットだったらどうしよう。  文夫は更に不安になってきた。

「研三なら出来たかもしれませんね。 そこまで会社が目指していたかどうかは分かりませんが」

文夫は、少しめまいがした。

「そうですか、あり得るんですね」

文夫は、もう一度スミレをみて会釈をした。 スミレは、とても可愛い笑顔で「ありがとうございました。」とおじぎをしてまたこちらを向いて笑顔を見せた。

――ユリエ? あの時のユリエみたいだ。

文夫は、ユリエが文夫の家にやって来た時の玄関から覗くユリエの顔を思い出していた。 似ているわけではないが、どことなく同じような雰囲気を感じていた。

「また出直してきます」

「そうですか、大丈夫ですか? 研三のこと分かったらご連絡いたしましようか?」

「ああ、そうですね、お願いします」

文夫は、郵便局長の名刺を渡すとその男性の名刺ももらった。 そこには営業統括部長、田原慎二とあった。

「郵便局長さんなんですか。 これは失礼いたしました。 何か分かれば必ず連絡さしあげます。 どうもありがとうございました」

「はい、よろしくお願いします」

文夫は、また急に顔を赤らめ、その場を逃げるようにエレベーターへ向かった。 二階まで降りるまでの間、また、めまいがしたが、それは、単にエレベーターの降下速度が速かったからか、高揚し過ぎたからか、ユリエがロボットかもしれない可能性が出てきたからかは、文夫にも分からなかった。

エレベーターが二階に着くまでほんのわずかな時間だったが文夫にはとても長く感じた。 ドアが開いてもしばらくは動きだせず、危うく閉じ込められそうになって慌てて二階フロアに出た。


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