76.精霊術師、衝撃を受ける


「「「「「――そこの人たち、大丈夫ですか!?」」」」」


 やってきたのは五人パーティーで、【彷徨う骸たち】に声をかけてきたかと思うと、あっという間にスタンプマンを倒してしまった。


 ざっと見た感じ、一人一人の威力はさほどでもないし、彼らも同じ下級パーティーっぽいが、連携攻撃が凄く上手なので感心する。


 とはいえ、もしかしたら助けにきた彼らが狂気を発動させてくるんじゃないかと思って警戒するも、このジョブはこう動くべきだとか、もっといい武器を買ったほうがいいとか、【彷徨う骸たち】に対して親切丁寧にアドバイスまで与えて、まもなくその場を立ち去っていった。なんだ、気のせいだったか。




 その後もゼカストの森の中では何も起きる気配がなく、時間だけが虚しく流れていった。俺たちの気分を表すかのように夕陽も木々の合間から射し込んできたし、どうやら今日は狂気が襲ってこない日のようだな。


「「「「――はあ……」」」」


【彷徨う骸たち】もがっかりした様子で溜息を重ねていた。疲労もあるだろうし、もうそろそろ帰り支度を始めそうだな。


「何よ……期待してたのに、ぜんっぜん事件とか起きないじゃない」


「た、確かに、そうですね。ところで、フィリアさん、もう夜になっちゃいそうですし、そろそろ帰ったほうがいいと思うんですけどぉ……」


「ふむ。帰るというがまだ夕方じゃろ? 臆病なレナは、事件が起きなかったから内心嬉しいんじゃろ?」


「そっ、そりゃそうですよ、モイザーさん。だって私たち、あんな弱いモンスターも倒せないのに、例の事件なんて解決できるわけないですよぉ……」


「おいおい、レナ、そんなの実際にやってみなきゃわかんねーじゃん」


「ウォーデンの言う通りよ、レナ。あの人たちにアドバイスを貰ってからあたしたちの動きもよくなってるし、以前とは全然違うわ。こうなったら、夜更けまで待ってやるんだから」


 まだやる気なのか……。このメンバーで唯一、冷静な判断ができてるのは弓術士のレナだけだな。正直、【彷徨う骸たち】パーティーの面々ではやられるのを待つだけだろう。そういう意味じゃ、助ける連中もいなくなるであろうこの時間帯からが一番危ないわけだが。


 ただ俺たちにしてみれば、このパーティーがそれだけ狂気に襲われるチャンスが増えるわけで都合がいいともいえる。


「「「「「――まだいたんですかっ!?」」」」」


 お、さっきのパーティーが近付いてきた。なんでまた? これは、いよいよ襲撃するつもりなのか……と思ったら、危険だから早く帰ったほうがいいと忠告したのち、引き返していった。どこまで優しいんだか。


 ん、これにはさすがに【彷徨う骸たち】も心を動かされたのか、例のパーティーに黙ってついていった。忠告に従って大人しく帰るつもりなんだろう。


 それにしても、狂気はこの森で下級パーティーを襲うとかいってたが、結局何も起こらなかったな。もしかしたら警戒して襲撃する場所自体を変えたのかもしれない。


「レオンー、だよー」


「そうね。近いうちにが起きそうだわ、レオン……」


「え……?」


 俺はエリスとティータの言葉にはっとなる。まさか、例のパーティーが親切な集団と見せかけて狂気を宿していたっていうのか? だが、そんな気配は微塵も感じないが――


「「「「――ウウゥゥッ……」」」」


「「「っ!?」」」


 なんてことだ。髑髏の仮面を被った四人組が、獣のような唸り声を上げ始めた。


 これはまさしく灯台下暗しというやつで、狂気を宿すことで事件を起こしていたのは、例のパーティーではなく【彷徨う骸たち】のほうだったってわけだ。


 でも、何度も例の依頼を受けていたなら怪しまれるはずじゃ?


 そうか、つまり、あのとき受付嬢は気を狂わされて彼らの蛮行に気が付かなかったんだな……って、いつまでも衝撃を受けている場合じゃない。こうして狂気が発現した以上、なんとかしなくては。


「って、どうやって影の中から出られるんだ?」


「レオン、こうだよー」


「上を見てジャンプね、レオン」


「あ、なるほど」


 揃って姿を消したエリスとティータがやった通り、俺も見上げつつ跳躍してみると、ちょうど【彷徨う骸たち】パーティーと親切パーティーの間に出ることになった。


 よーし、親切パーティーの姿も木陰に隠れて見えなくなったし、今こそ誰にも邪魔されずに狂気を追い出す絶好のタイミングだ。

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