77.精霊術師、戦慄する
「「「「コオオォォッ……」」」」
あれだけ弱かった【彷徨う骸たち】の雰囲気が一転していた。
髑髏の仮面を被っていることも相俟って、得体のしれない化け物と相対しているかのような緊迫感があった。これが狂気というものなのか……。
「エリス、ティータ、気をつけろ」
「はぁーい」
「わかったわ」
思わず精霊王に忠告してしまうほど、対峙している狂気には迫力があった。
「オオオオォッ!」
弓術士レナの放った弓矢が上空へ放たれたと思うと、物凄い勢いでこっちへ向かってきて、間一髪でかわしたら近くの木々をなぎ倒しながらまた舞い戻ってきた。
な、なんだよこれ。威力もスピードも尋常じゃないし、こんなのもし食らったら、いくら耐性がある俺たちでも無事じゃ済まない。これを止めるにはレナを倒すしか――
「――ウリャリャリャッ!」
そこに立ち塞がってきたのは、あの痛がりの戦士、ウォーデンだった。
「どけっ!」
「ギギギッ!」
「なっ……!?」
防御力を無効化しつつ杖で殴ったつもりが、普通に殴打する感じになってしまい、いつものような超威力はまったく見られない。それでもエリスやティータが相手のスピードや魔法防御力を無効化してくれたので、風刃で徐々に追い詰めていった。
レナの放つ矢が邪魔だから一気に畳みかけるとまではいかないが、このままいけばウォーデンを倒せるはず。
「フォオオオオオォッ!」
「えっ……」
だが、杖を掲げたモイザー爺さんの白魔術で、あっさり全回復されてしまう。なんてこった。ウォーデンの傷だけでなく、欠損した斧や盾まで元に戻っているし、異常すぎる回復力だ。
「――リョリョリョリョリョオォッ!」
「はっ……」
戦慄する、とはこのことだ。召喚術師のフィリアが高々と奇声を上げた瞬間、膨大な熱エネルギーが周辺を包み込むのがわかった。
こいつ、あんな短い詠唱でイフリートを召喚したのか。既に、ありえないほどの熱気で眩暈がするほどだった。
炎に関してはエリスが無効化しているはずで、しかも炎の鎧を着ているというのに、ダメだ……狂気のせいなのか、無効にできない異次元のレベルの熱量によってこのままじゃ体が蒸発してしまう――
「「「――ふう……」」」
俺たちは無事だった。というのも、連中の影の中に再び潜り込んだからだ。ただ、こうしていれば安全ではあるが倒すこともできない。
弓術士レナのありえない軌道からの超威力、白魔術師モイザーの化け物染みた回復力、戦士ウォーデンのタフすぎる肉壁、召喚術フィリアの迅速な詠唱という組み合わせは、俺たちにとって塔より高い障壁となっていた。
その上、こちらが得意な無効化も狂気によって薄められてしまうという有様。
このまま待機することで、狂気が元に戻った瞬間、【彷徨う骸たち】を倒すという手もあるだろうが、それだと狂気が別のパーティーに逃げ込むだけで根本的な解決にはならない。
いくら狂気とはいえ、弱点はあるはず。そこを突けば――
「――あっ……!」
「「レオン?」」
「わかった、エリス、ティータ。やつらの倒し方が……」
「「えぇーっ!?」」
おそらく、あれを狙えばいいんだ。そういえばずっと違和感があったし、それこそが連中を攻略するヒントになっているはず。
そんなわけで俺たちは荒野と化した外へ飛び出すと、盾役の戦士ウォーデンの顔を中心に狙うことに。
「ウゴオオオォォォッ!」
やはり、思った通りだ。ウォーデンが髑髏の仮面を殴られたときの反応がほかの箇所とは全然違うし、モイザーが回復しようとしても、治りが全然浅い。それこそが、やつらの弱点であるということの証左だ。
執拗に追跡してくるレナの誘導矢をかわしながら、俺はウォーデンの仮面を破壊すると、やつは顔を覆いながら悶絶するようにして倒れた。
盾役を片付けたあとは、一気にレナ、モイザー、フィリアの仮面をぶち壊してやった。
やつらは一様にぴくりとも動かなくなったわけだが、その顔を見て俺たちまで驚きのあまり動きを止めてしまった。全員、仮面の下にあるはずの顔がなかったのだ。こんなことってあるのか。
まもなく、彼らの周辺の空気が歪んだかと思うと、その姿が見覚えのあるものに変化していった。お、おいおい、マジか。
「――う……? ど、どこだよ、ここは……?」
「な、なんなの……?」
「どうしたのお……?」
それは間違いなく、ファゼル、レミリア、マールの三名であり、不思議そうに周りを見渡したあと、俺たちのほうを見てフリーズ状態となった。まさか、【彷徨う骸たち】の正体が【天翔ける翼】だったとは……。
それから、怯える彼らに対して何が起こったのか訊ねる格好になったわけだが、なんとマールが狂ったのが始まりで、それからほどなくしてファゼルとレミリアの意識も途絶えたんだそうだ。星のブレスレットもあるし、嘘をついているわけでもない。
狂気はここまで様々なものを変貌させるのか。人の姿だけでなく、名前、過去まで捻じ曲げてしまうんだな。しかも、三人パーティーが四人パーティーになっていたわけで、もう一人は狂気が作り出した幻想だったということになる。
「――おーい!」
「あ……」
誰かこっちへ走ってくると思ったら、第二王女のマリアンだった。俺たちの前まで来ると、肩で呼吸しつつ両膝に手を置いた。
「マリアン、よくここがわかったな」
「ふぅ、ふぅ……。暇ができたんで宿舎に寄ったら、いなかったからギルドでソフィアに聞いたのだ……って、そこにいるのは……ファ、ファゼルではないか……!」
「お、お前は……マ、マリアンじゃねえか……!」
マリアンとファゼルが驚愕した顔を見合わせている。そういや、この二人には因縁があるんだったな。
「まさか、レオンとも知り合いだったなんてな。あのときは色々あって連れていけなかったけど、今なら大丈夫だ。会いたかった、マリアン……これからは俺と一緒に王宮で暮らそうぜ!」
「え、ちょっ、ファゼル、あたしを裏切る気!?」
発狂するレミリアを尻目に、ファゼルがキリッとした顔でマリアンに猛アタックを始めた。さあ、これに対して王女様はどう出るのやら。
「ファゼル……余もそなたに会いたかった……」
「マリアン……ぐえっ!?」
マリアンを抱き寄せようとしたファゼルの凛々しい顔面に、高貴な拳がめり込んでしまった。まあ、そりゃそうか。
「ナイスアシストッ、あたしがとどめを刺すわっ!」
「ごがっ!?」
レミリアの背後からの蹴りがファゼルの股間に命中し、この上ない間抜け顔で失神してしまった。マールはどうしてるのかと思ったら笑顔で拍手してるし、相変わらず分裂してばかりだな、このパーティー。元々狂ってるから大した影響なんてなかったのかもしれない。
それにしても、こうして狂気を正常に戻したとはいえ、こいつら程度でこの強さだから、今後も狂気が相手だと厳しい戦いになりそうだ。
「…………」
そこで何故かふと、例の白魔術師のことが頭に浮かんだので首を横に振った。あいつはもう死んだはずだし、そう思いたい。
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