75.精霊術師、低みの見物をする
「こ、これは……!」
【彷徨う骸たち】パーティーの影の中は、先の見えない極めて殺風景な空間だった。
てっきり闇に包まれるんじゃないかと思ったが、星のブレスレットがあるためか結構遠くまで見渡せるので、大きな部屋の中にいるような感覚だ。
それと、俺は思わず声を上げてしまって少し焦ったわけだが、よく考えたらパーティーの声もまったく聞こえてこないし、こっちの声も向こうに届いてない可能性が高い。
姿や気配を無効化した上でついていくという手もあるが、何もかもを捻じ曲げてしまうという狂気の前では通用しないかもしれないし、影という隠れ蓑の中にいるほうが潜伏手段としては確実だろう。
「レオン、見て見てっ」
「ほら、こっち見て、レオン……」
エリスとティータが走る動作をしてるが、その場で足踏みしているかのようだ。まさかと思って俺も走ってみたら、全然先に進めなかった。多分、前には進んでいるんだけど影の中が無限大なのでそうは見えないんじゃないか。
「あっ……」
ここからどうやってパーティーの様子を窺えるのかと思っていたら、天を見上げることでその答えが出た。
普段見ているものと変わらない景色がそこには広がっていたからだ。これこそ【彷徨う骸たち】パーティーが今見ている光景に違いない。しかも神視点で、彼らのすぐ背後から全体を俯瞰できる感じだ。お、会話する声まで聞こえてきたし、耳を傾けてみるか。
「フィ、フィリアさん、あ、あんな依頼受けてしまって、ほ、本当に大丈夫なんでしょうかあ……?」
「そんなにビビらないでよ、レナ。報酬は金貨5枚なんだし、一攫千金のチャンスなのよ」
「フィリアの言う通りじゃ。わしら下級パーティーにしてみたら、一生に一度あるかないかのチャンスなんじゃから。なぁ、ウォーデン?」
「うんうん、俺もフィリアとモイザー爺さんに全面同意っ! ちゃっちゃと片付けちまおうぜー!」
影の中で彼らの会話を聞くうち、色んなことがわかってきた。顔については髑髏の面で隠れているのでわからないが、声や服装、会話内容でなんとなく全体像を察することができる。
このパーティーのリーダーは、フィリアとかいう灰色のローブを着た召喚術師で、好戦的な性格の女性のようだ。それとは対照的なのが、矢筒と弓を背負った弓術士のレナで、気の弱さや慎重なところを覗かせている。
中でも年長者なのがしわがれた声のモイザー爺さんで、白いローブを纏っていることから白魔術師なのがわかる。一際ポジティブな面を披露しているのは、盾と斧を持った戦士姿のウォーデンという男だ。
都の近隣にあるゼカストの森を目指すということで、この四人組は馬車を使わずに徒歩で目的地へと進んでいった。
それにしても、一つ気になることがある。
どうして【彷徨う骸たち】なんていう奇妙な名前にしたんだろう。髑髏の面を被るのは、パーティー名を表すためだとしても、それ以外はなんか普通すぎるんだよな。周囲に自分たちが強いと思わせるためだろうか? あるいはただの個性付け? その辺の謎についても、彼らのあとを追っていけばいずれ解明されるかもしれない。
「「キャッキャ!」」
エリスとティータが歓声を上げてるから何をしているかと思ったら、鬼ごっこに夢中になっている様子だった。確かに影の中なら無限に走れるしな。
それからほどなくして、【彷徨う骸たち】パーティーはゼカストの森へと到着した。森の中で髑髏の面を被っている姿はやはり不気味だ。
『――キキキキキッ……』
「「「「来たっ!」」」」
少し進んだのち、切り株型モンスターのスタンプマンが現れ、四人組は戦闘態勢に入った。さて、弱いモンスター相手とはいえ、どれほどの腕を持った連中なのか見てみたいところ。下級パーティーといっても、この依頼を受けたってことは自信があるんだろうし、影の中から低みの見物といくとしよう。
「いい? ウォーデン、あたしが召喚術の詠唱を終わるまで、耐えなさいよねっ!」
「は、早くしてくれよっ、フィリアーッ! イテテッ! も、もうちょっとモンスターから離れてもいいよなっ!?」
「ヒールッ! 馬鹿者っ! ウォーデンよ、盾役なんじゃから、少しくらい耐えろ、耐えるんじゃ!」
「ウォーデンさんが耐えている間に、私が矢を目標に当ててみせますっ! こ、このぉっ……!」
「ちょっ、ちょっと、レナ! こっちに矢が飛んできたわよ!? あんたのせいで詠唱が途絶えて最初からやり直しじゃないの――って、ウォーデンッ、盾役の癖にどさくさに紛れて逃げないでっ!」
「「「……」」」
俺はエリスたちと呆れた顔を見合わせる。【彷徨う骸たち】は下級モンスターを相手にしているにもかかわらず、明らかに苦戦していたからだ。
やたらと詠唱の長い召喚術師フィリア、痛がりの盾役戦士ウォーデン、ヒールしかしない白魔術師モイザー、上空に向かって矢を放つ不器用すぎる弓術士レナ……。これじゃ簡単な依頼をこなすことさえ厳しいように見えるが、狙われるパーティーとしては相応しいのかもしれない。
お、誰かがこっちへ近付いてきている。それも複数だ。まさか、例の事件を起こしている狂気が、早速このパーティーに狙いを定めたのか?
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