73.精霊術師、大いに沸く


「ようやく完成したな、エリス、ティータ!」


「だねー!」


「やったわね」


 俺を含めた三人の歓声が響き渡る。


 その視線の先には、出来立てホヤホヤの二階建ての邸宅――自分らのパーティー宿舎――があったからだ。


 食料とかも買い込んだので所持金はほとんどなくなってしまったが、あっという間にS級まで駆け上がった俺たち【名も無き者たち】なら維持するのは容易いはず。


 ちなみに、ルコに影追いのスカーフを作ってもらってから一カ月ほど経った。


 その間、俺たちは狂気が関係する事件を警戒しつつ、時折近場で簡単な依頼をこなして、宿舎が出来上がっていく過程を見守っていたんだ。


 何か事件が起きるんじゃないかと心配していたものの、平和は驚くほどにずっと続いている。とはいえ、逆にいえばこれから何が起きてもおかしくないということなので油断は禁物だろう。


「――レオン様、エリスさん、ティータさん、遂に完成したのですね……」


「「「あっ」」」


 俺たちが振り返ると、ソフィアが感動した様子で門の前に立っていた。どうやら忙しい仕事の合間にわざわざ来てくれたみたいだ。ここは都内の中心部に近いし、冒険者ギルドから徒歩で僅か3分程度で着くのでソフィアも気軽に来られるんだ。


「ここはソフィアさんの第二の家みたいなものだし、気楽に寄っていってくださいよ」


「そ、そんな。いいのでしょうか? 私はパーティーにも所属していないというのに……」


「俺と契約したんですから、当然ですよ」


「レオン様……」


「ソフィアさん……」


「「じー……」」


「「はっ」」


 エリスとティータに不満そうに覗き込まれて、俺たちは我に返った顔になる。楽の精霊である彼女の側にいると、楽の感情に引き摺られてほかのことはどうでもよくなる感じだ。心の底からリラックスできる反面、長引けば堕落しそうになってしまうし、ソフィアはそこに気を使ってパーティーに入ってくれないのかもしれない。


「――はぁ、はぁ、ここでありやしたか……」


 お、今度は鍛冶師のルコが弱り顔で舌を出しながら疲れた様子でやってきた。一応地図を渡しておいたのにここへ来るのにやたらと時間がかかったし、筋金入りの方向音痴っぽいな。


「待ってたぞ、ルコ」


「ルコ、おそーい」


「遅いわね」


「も、申し訳ありやせん、迷いやしたっ、レオンの旦那、エリス嬢、ティータ嬢、それにソフィア嬢……!」


「私は今来たばかりなので大丈夫ですよっ」


「そうだ。ルコ専用の工房も用意してあるから見てよ」


「お、おおっ! 燃えてきやしたあぁっ!」


 工房を見たルコがこれでもかと瞳を輝かせて、置かれた金敷に頬ずりまでし始めた。規模的には鍛冶師のオヤジのところとあまり変わらないんだが、そこまで喜ばれるとこっちまで嬉しくなってくるなあ。さすが喜の精霊……ん、馬車が近付いてきたかと思うと、宿舎前で止まった。誰だろう?


「――ここが例の宿舎か……」


「「「「「あっ……!」」」」」


 俺たちの驚きの声が被る。馬車から下りてきた人物は、豪華なドレスと仮面をつけた人物――第二王女マリアン――だったからだ。そういえば、彼女にもその使者を通して一応地図を渡してたんだ。スルーしたら色々と面倒なことになりそうだから。


 マリアンは相変わらず不遜な態度でこっちへ歩み寄ってきたかと思うと、仮面を優雅に取り外しつつ、俺と腕を組んできた。


「王宮に比べるといまいちすぎる家だが、まあいいだろう。余の婚約者のレオン殿と、、よろしく頼むぞっ!」


「ちょっ、おまけたちって……」


「むーっ! おまけだなんてひどーい!」


「いくら王女だからって酷い言い方ね」


「そ、そうですよね……」


「そりゃないっすよぉっ」


 いくら相手が王女様とはいえ、この言い分にはエリスたちも大いに気分を悪くした様子。こりゃ、を食らうのは確実だな……。


「――嗚呼ぁっ! 余の高貴な体が汚されるううぅっ!」


「「「「「どっ……!」」」」」


 豪華なドレスがまたたく間に消えたり元に戻ったりするに対し、俺まで含んだ笑い声が上がる。まあ本人も怒った顔をしている割りに満更でもなさそうだし、俺たちも盛り上がるしで問題ないな。王様に見られたら泡を吹きながら卒倒されそうだが。


「――ぐすっ……」


 あれ? たった今、どこからともなくが聞こえてきた気がして周囲を見渡したんだが、誰の姿も見当たらなかった。気のせいだろうか。

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