71.精霊術師、その元仲間が壊れる


「「「はあ……」」


 都の郊外の路上にて、闇の中で火を囲んだ三人の溜め息が重なる。


 彼らの髪はいずれもボサボサで、服装もこの上なく乱れ悪臭まで放っていた。


「畜生……あまりにも情けなさすぎるぜ。S級パーティーとしてブイブイ言わせていた俺たち【天翔ける翼】が、今じゃオンボロ宿舎の維持費まで払えなくなっちまったなんて……」


「……ひっく……これ以上惨めになりたくないし、それ以上言うのはもうやめてよ、ファゼル、しょうがないでしょ。あたしたち、F級まで降格したし食べ物を買うくらいのお金しか残ってないんだから……」


「その食べ物だって、もう3人分も買う余裕なんてもうないけどお……」


「「チッ……」」


 マールの発言に対し、ファゼルとレミリアが舌打ちしつつ睨み付ける。


「な、なんなのお、ファゼル、レミリア、その態度ぉ……。マールがいなくなったらなあんにもできない癖に……」


「い、言うじゃねえか、マール。俺は確かに左手がこんな状態だし、右手の指は二本しかないから簡単な依頼をこなすのすら難しい……けどよ、今まで身を粉にして頑張ってきたことについては無視するのかよ?」


「そうよ。マール、あんたね、ファゼルやあたしが今までどれだけパーティーに貢献してきたって思ってるの? マールはのんびりとあたしたちの後ろについてくるだけでその恩恵を受けてきたでしょ」


「むうぅ……」


「なんだよ、マール? 言いたいことがありそうだな?」


「マール、何よ、なんか文句あるわけ?」


「な、なんでもない……」


 マールがファゼルとレミリアに対して怒りを露にするも、不満を呑み込んだ様子で下を向く。【天翔ける翼】パーティーはまさに一触即発といった空気であった。


 それから彼らは一人分の食事を分け合ったのち、まもなく岩の下でボロの布団を纏って野宿することになるが、マールだけは眠れないのか目を開けたままだった。


(はあ……今思えば、レオンがいた頃はよかったなあ)


 マールは星空を見上げながら、昔のことを思い出していた。


(ファゼルとレミリアは偉そうに言うけど、もとはといえばこの二人がレオンに冷たくしたから、【天翔ける翼】パーティーはここまで落ちぶれたのであって、マールはなんにも悪くないのに。そのうえ、ドルファンさんまでいなくなって、挙句の果てには役立たずの二人組みの介護をさせられるなんて。こんなの耐えられないよお……)


 彼女が考え事をしながら目元に涙を溜めたとき、脳内にが響く。


『ふわあ……そこの黒魔術師に訊きたいんだけどさ、いい加減だりいって思わねえの?』


(そ、そりゃだるいよ……って、あなたは誰なのお……?)


『俺が誰かって? さあなあ。それより、手っ取り早く力が欲しいって思わねえ?』


(力ぁ?)


『そそ。何もかも手に入れることができるほど、凄まじい魔力よ』


(う、うん、それなら欲しい!)


『その代わり、正常な心を失うことになっちまうが、それでもいいなら協力してやるぞ……』


(……正常な心ぉ?)


『そうだ。余程のことがない限り元には戻れねえ。それでもいいなら、力を貸すぞ』


(うーん……)


 マールが迷った様子でレミリアとファゼルの寝顔を見やる。


「「マール……」」


「っ!?」


 二人が寝言で自身の名前を口にしたことで、はっとした顔になるマール。


(や、やっぱり正常心を失っちゃうなんて嫌。ファゼルやレミリアと、もう一度やり直したい――)


「――さっさと火を起こせっての、メスガキ。むにゃ……」


「そうよ。あんたはあたしたちの奴隷みたいなもんなんだから、しっかりやりなさい。ぐがー……」


「…………」


 見る見る顔を赤くするマール。その目は異様に吊り上がっていた。


『で、どうするのよ? 嫌ならやめておくが――』


(――お願い、マールに力を貸して……)


『わかった、お前に力をやるぜ。とっておきの能力を、よ……』


「は、はわわっ……ち、力が溢れてくる、あひゃひゃっ! 力が漲ってくるうう! 最高だよおお!」


「なんだ? おい、うるさくて寝れねえじゃねえか、マール!」


「そうよ、一体なんのつもり!?」


「あぁっ? んだとお?」


「「へっ……?」」


 ファゼルとレミリアが揃って呆然とした顔になる。彼らが見ていたのは、白目を剥いたマールだったからだ。


「これからはぁあ、ファゼルウゥッ、レミリアァァッ、おめえらがマールの奴隷になるんだよおおぉおっ! ……あ、。来ちゃう……来ちゃうよおおおおおおおおおおぉぉっ!」


「「ひっ……ひいいぃっ!?」」


 二人が震え上がるほど、マールの声色と表情は常軌を逸したものであった。

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